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怠惰な何でも屋の少年は美少女町長にロックオンされたようです〜食べるためにあくせく働くくらいなら、お腹をすかせたままでいいから寝ていたい〜  作者: exa(疋田あたる)
何でも屋と東国の使者

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3.「言ったところで治るものでもなし」

 道なき道を蒸気三輪車トライクが走っていく。平坦な道ではないが、岩だらけでも深い(わだち)があるでもないのが幸いして蒸気三輪車はごとごとと音を鳴らしながら進んでいく。

 すこし前に家屋の合間をすり抜けて爆走していた蒸気三輪車だ。

 運転席にはあのときと同じようにランタナが乗っているが、その運転はあのときよりもよほどゆっくりと安全性の高い速度を保っている。


「私とて、いつでもエンジンをフルスロットルさせるわけではない」

「いや、俺なにも言ってないから」


 助手席におとなしく座っていたイクサは、不意にランタナから釘を刺されて顔をしかめた。

 ついでに、地面の凹凸をもろに受けてがたがたと揺れた車に声をあげる。


「アネモネ! 体ぶつけてないか?」

「平気! 速くて、がたがたしていてなんだか楽しい!」


 車の後部にあるちいさな荷台に収まったアネモネは、楽しげな返事をよこした。


「ひとの心配よりも自分の体を心配しろ。負傷者はお前だ」


 すかさず飛んできたランタナの小言に、イクサは出発前の出来事を思い出してしまう。


 アネモネ殿を墓守の家まで送る、お前も付いて来いとランタナが蒸気三輪車を持ち出してきたとき、イクサは当然、荷台に乗ろうとした。

 そして怒られた。


 その日の朝に、太ももの傷の痛みを我慢していることがばれていたのだ。


 東国からの手紙が来て以来、郵便物の運搬がイクサの日課となり今朝も回収した手紙を手にランタナを探していたのだが。足元を横切ったナナンを避けるため、急な体重移動をした際に痛みが走った。


「っくぅ……」


 殺しきれなかった声を聞き咎めたランタナに傷が痛むことがばれて、それはもう怒られた。


「なぜ痛むのを黙っていた。早急に医者の手配をする、お前はそこで座って待っていろ!」

「いや、いいよ。放っとけばおさまるし。血は出てないから服も汚れてないし」


 すぐさま駆け出そうとするランタナを引き留めるためにかけた声は、むしろ彼の怒りに火をつけたらしい。

 走り出していた足で駆け戻ってきたランタナは、ずるずると壁伝いに座り込むイクサの目の前に立って眦をつりあげる。


「無理をして脚を切り落とすことになったらどうする! お前自身がお前を大切にしないで、誰がお前を守ると思っているんだ!」

「うーん、脚がなくなるのは困るなあ。何でも屋の仕事もできなくなったら、いよいよただの役立たずだ」


 珍しいランタナの大声に申し訳ない気持ちになりながらも、イクサはへらりと笑うことしかできない。

 せっかくエリスアレスがイクサを使ってくれているのに、働けなくなったなら彼女は代わりを探さなければならない。イクサの代わりはいくらでも見つかるだろうけれど、そのための労力を割かせることが申し訳なかった。


「お前は……!」


 ことばを重ねようとしたランタナは、イクサの足元でおろおろしているナナンに気が付いて声を飲み込んだ。胸にくすぶる怒りを押しつぶしてため息と共に細く吐き出すと「昼過ぎに出かけるから、それまで部屋でおとなしくしていろ」とイクサに背を向けた。


 そして昼過ぎ、貸し与えられた部屋でうとうとしていたイクサをたずねてきたランタナは、アネモネを連れていたのだ。

 急なアネモネの来訪に驚くイクサは、説明もなしにランタナに荷物のように運ばれて蒸気三輪車に放り込まれ、道なき道を揺られていまに至る。


「それにしてもナオの世話するばあさん、復活するの早かったな」

「ああ。赤ん坊を見ていると気持ちが若返るとおっしゃっていた。アネモネ殿もあまり長く家を空けられないと言っていたから、こちらとしても助かる」


 イクサの前にリサの息子の面倒を見ていた老婆が回復したらしい。そして、回復するなり「はやく赤ん坊と触れ合いたい!」と張り切っているという。


 墓守の家にはタイムとデイジーを残しているため、アネモネとしてもはやく帰れるのはありがたいということで本日の昼付けでナオの世話係を終えた。

 そして、すぐにも家に帰るというアネモネを送るべく、ランタナがどこからか出してきたのがこの蒸気三輪車だ。


「それにしても、なんで俺もいっしょに乗せられてるんだ? アネモネとふたりなら、席も足りるのに」

「放っておくとお前は何をするかわからないからな。それに、怪我の具合がよくなったのを育ての親に見せて安心させるべきだろう」

「はあ……」


 そんなものなのだろうか。

 想像してみたが、イクサの怪我が治りつつあるのを見せたところで、ウォルフが格別な反応を見せるとは思えなかった。


 それをそのまま伝えても、ランタナが困るだけだろう。

 かと言ってどうことばを返したところでランタナを満足させられる気がしなくて、イクサはおとなしくくちをつぐんだ。


 –––こんなとき、ナナンがいれば気の利いたことなんて言えなくても場が持つのに。


 このところいつもそばにいる青い毛皮の獣を思うけれど、ナナンがいるチロックの町は遠くなってしまった。

 万にひとつもナナンさまが車から落ちるようなことがあったらどうする! と心配するランタナによって、エリスアレスの仕事部屋に入れられてしまったのだ。

 

 ナナンとしても、足元をうろついているときにイクサが呻き声があげたことに思うところがあったらしい。

 イクサが何度「ナナンのせいじゃない、元々痛みはあったし傷口が開いたわけでもない」と伝えたところでだめだった。

 ナナンは垂れ耳をますますしょんぼりと垂らし、用意された極上のクッションのうえに丸まって動かなかった。


 そして、イクサはランタナに叱られた。

 てっきりナナンを落ち込ませたことについて「従者たるもの–––!」と長々と語り出すかと思いきや、彼の怒りの矛先はイクサが黙っていたことだった。


「痛むならすぐに言え!」

「いやでも、言ったところで治るものでもなし」

「だからと言って放っておくやつがあるか! そのうえ歩き回るなど……!」


 歩き回っていたのは現状、イクサが役に立てるのが郵便物の運搬だけだからだ。

 それさえもできなくなるならば、イクサはただの邪魔な荷物でしかない。


「やっぱり俺、部屋に戻るよ。ここにいるとあんたを怒らせてばっかりだし」

「却下だ」


 イクサなりに考えた結果の発言は、ランタナのひとことで切り捨てられた。

 それ以降、話題に出そうとするたび即座に「却下だ」「お前の意見は受け付けない」と言われてしまうので、イクサはおとなしく黙って蒸気三輪車に揺られていることにしたのだった。

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