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怠惰な何でも屋の少年は美少女町長にロックオンされたようです〜食べるためにあくせく働くくらいなら、お腹をすかせたままでいいから寝ていたい〜  作者: exa(疋田あたる)
何でも屋と東国の使者

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1.「早いとこ治さないと」

 引き攣れた腕の傷がうっすらとした痕になるころ。

 与えられた客間でベッドに腰掛けていたイクサは、入室してきたランタナに声をかけた。


「俺、そろそろ部屋に戻る」


 どうにかひとりで立ち上がれるようになったのを確認したイクサがそう言うと、返ってきたのは新品のイクサの服。


「客室は数多い。なかでも最も質素な部屋であるから、客が来たところで泊まることはない」


 服を手渡してきたランタナにイクサは首をかしげた。なぜまた新品の服を渡されたのか。これでもう三着目だ。皮膚と一緒に切り裂かれたぶんはすでに受け取ったはず。


 そして、この従者は一体なんの話をしているのか。

 イクサの発言を聞いていなかったのか、ともう一度くちにする。


「んー? うん。それでも俺にはじゅうぶん立派だから、そろそろ町で借りてる部屋に……」

「ねえイクサ。あなたが借りてるのって、蒸気スチーム技師のシガール翁の家の物置きだったわよね」

「あー、そうそう。そんな名前」


 話している途中、ノックもなしにひょいと入ってきたエリスアレスにランタナが「お嬢さま、相手が誰であろうと入室の際のノックはきちんと–––」とぶつぶつ言っているが、エリスアレスは聞いていない。


「このあいだ会ったときにあなたのこと聞かれたから、怪我して預かってる、って話したらしっかり治すまでよろしく頼む、って言ってたわよ」

「え?」


 なぜ一介の蒸気技師が町長とばったり会って話すのか。

 不思議に思ったのが伝わったのか、エリスアレスへの小言を切り上げたランタナがくちを開く。


「この建物全体の蒸気機関の点検は、町の蒸気スチーム技師組合ユニオンに依頼している。所属している技師の誰が来るかは、組合の任意だ」

「あー、それでじいさんが来て、エリスアレスと喋ったってこと」

「そうよ。家賃がわりの工具磨きは弟子にやらせるから、あなたはしっかり怪我を治しなさいって。ついでにすこし太らせて返すよう言われたわ」


 くすくす笑うエリスアレスに、イクサはなんとも言えない気持ちになった。

 この町にはお節介でむやみと親切なひとが多すぎる。イクサはどうにも、その気安さに慣れないでいた。


「そういうことだから、もうしばらく泊まっていってね。なんならここをあなたの部屋にしてしまってもいいのよ?」

「……落ち着かないから、遠慮しとく」

「あら、そう。気が変わったらいつでも言ってね」


 残念そうに肩をすくめたエリスアレスが部屋を出ていった。イクサはよいせ、とベッドから立ち上がる。


「この服、もう新しいの二着もあるからじゅうぶんなんだけど」


 差し出した服にちらりと視線を寄越して、ランタナは受け取らずイクサを素通りし、ナナンのそばにひざまずいた。


「お前は洗い替えという言葉を覚えるべきだな。ナナンさまを見ろ。いつでも麗しいお姿を保たれている。ナナンさまのおそばにある者として、お前もすこしは見習うがいい」


 言いながら、ランタナは懐から取り出したくしでナナンの毛皮を丁寧に梳いていく。


 –––ナナンのは服でなく毛皮だし、その毛皮がつやつやに輝いているのはナナンの努力ではなくてあんたが手入れしているからじゃ……。


 思っても言わないのが利口なやり方だと、イクサは学んでいる。黙って押し付けられた服をベッドに置いて、ふらふらと扉に向かった。


「どこへ行く気だ」

「散歩。脚が萎えるから、適度に歩けって医者が言ってた。建物からは出ない」


 背中にかけられた声にひらひらと手を振って答えれば、ぴょいとベッドを飛び降りたナナンがイクサの前に立った。


「ナーン」

「ナナンさまのお供をして散歩だと……⁉︎ なんて、うらやましい……!」


 がたり、とよろめいたランタナは放っておいてイクサはのろのろと部屋を出た。先を行くナナンもさっさと歩き出しているのだから、構わないだろう。


 と思いきや、早足で追いかけてきたランタナにすぐ追いつかれた。現状は、イクサの歩みが遅いということもある。

 懐に手を入れたランタナは、紙の束を手渡してくる。


「なんだ?」

「手紙だ。一階にあるポスト脇の箱に入れておけば、郵便屋が定期回収に来る。廊下の途中にあるダイヤルロックがついた壁だ。ついでにポストの中身も持って戻るように。散歩に目的を持たせてやるのだから、せいぜい励め」


 言うなり、ランタナは返事も聞かずに鍵の数字を読み上げる。


「あー……俺にその鍵の番号教えるのはどうなんだ」

「今さら言っても、もう遅い。任せたぞ」


 しれっと言ってランタナは部屋を出て行ってしまう。聞いてしまった鍵の番号は返しようがなく、ゆるく息を吐いたイクサは今度こそナナンの後をついていく。


「ナァ〜ンナンナン〜」


 機嫌よく前を行くナナンはイクサを気づかってかときおり立ち止まり、振り向いてはまた進む。

 追いかけるイクサの足取りは遅い。しかし、幸いなことに足を動かすための筋には傷がつかなかったらしい。

 ただ出血が多かったことと、イクサの日頃の不摂生が重なってまともに起きあがれるまでに時間がかかってしまった。


「早いとこ治さないと、いよいよただの要らないものだなあ」


 ぼやいているうちに脚の傷がじわりと痛みはじめたけれど、無視をする。血がにじめば服を汚したと怒られそうだが、そうでないならいまのイクサには仕事がある。


「ナンナン!」

「おー、これか」


 廊下を歩いて蒸気昇降機に乗り一階に降り、またしばらく歩いているとダイヤルロックのかかった金具を見つけた。

 言われた通りの番号に合わせれば、鍵はするりと開く。


「ほんとうに開いちゃったよ……あいつ、なに考えてんだ」


 ぼやきながら入っていた郵便物を手に取り、渡された書類を箱に放り込む。

 

「ナンナンナァーン」


 ごきげんなナナンの後を付いてゆっくり移動し、見つけたランタナに郵便物を渡した。

 イクサにそばの椅子で座っているよう言いつけたランタナは、郵便物をひとつひとつ確かめていく。そのうちのひとつを手にして眉間にしわを寄せた彼は、ぱたりと手紙を閉じると息を吐いて言った。

 

「何でも屋、新しい依頼だ。食事のマナーを覚えてもらう」

「んん?」


 珍妙な依頼にイクサは思わず首をひねった。

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