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怠惰な何でも屋の少年は美少女町長にロックオンされたようです〜食べるためにあくせく働くくらいなら、お腹をすかせたままでいいから寝ていたい〜  作者: exa(疋田あたる)
何でも屋と子守り

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18.「荒事は苦手って言ったろ……」

「おーっと、それはもういいや」


 ナナンのくちから音が出るより速く、背後から伸びた手がナナンの頭をわし掴む。


「ァッ⁉︎」

「やめろ!」


 慌てて振り向いたイクサが奪い返そうと伸ばした手は、宙を切った。

 

 ガラの悪い男にくちを覆われたナナンが暴れるが、男は意に介さない。ナナンのくちに手早く布を巻きつけて口輪のようにしたかと思うと、布の端をナナンの首の後ろで結んで固定してしまう。


 あっというまに顔が隠れてしまったナナンの四つ脚も布でまとめて縛った男は、ナナンを手近な草の茂みに転がした。


「ンーッ! ンーッ」


 くぐもった声をあげてナナンが暴れているが、必死の抵抗はせいぜい草の茂みを揺するだけ。


「ナナン怪我する、暴れるな! いま助けるから!」


 叫んで駆け寄ろうとしたイクサの前に立ちはだかったのは、ガラの悪い男だ。


「助けてみろよ。自分のことも守れないくせに、よおっ!」

「ぐうっ!」


 へらへらと笑いながら繰り出された男の蹴りが、イクサの腹にもろに入る。

 呆気なく吹き飛ばされ、腹を押さえてうめくイクサの耳元でじゃり、と土を踏む音がした。


「そこの珍獣のこと、大地主ランドロードが話してたのを聞いたんだよ。いつかその珍獣の歌声を聞いてみたいものだ、って」


 イクサの顔の横にしゃがんで、にこにこと話しているのは嗜虐趣味の男だ。

 一見するとやさしげな笑みを浮かべながら、男は倒れたイクサの左手の中指を強く握る。そして、刃こぼれした短剣ナイフでイクサの手の甲を撫でた。


「いっ!」


 切れない刃物が手の甲の皮を裂く痛みに声をもらせば、男はますます顔を輝かせて刃をすべらせる。

 逃げ出そうにも、イクサの中指をぎちりと握りしめる男の手の力が強すぎて抜け出せない。


「なんでも、そこの珍獣は特別な力を持ってるらしいな? その力を歌に乗せて不思議なことを起こすんだと。たとえば、ひとを眠らせたりだとか、な」

「ぁぎっ! ぃい……!」


 ことばを紡ぎながら男はさも楽しげに刃先を踊らせた。

 短剣が踊っているのは、イクサの皮膚のうえ。ようやく包帯が取れるようになった犬に噛まれた傷口を開くように、男の短剣がイクサの服を裂き皮膚を突き破って腕を登っていく。


 なめくじが這うように、じわりじわりと蛇行しながら腕に傷がつけられていく。

 手の甲からひじにかけて、イクサの服はすでにずたずたで血と土とに汚れていた。


 ―――まったく着古してないのにもったいない。


 そんな場違いな考えが頭をよぎる。

 けれど現実に余裕などまったくなく、ただただ腕を這いのぼる短剣の痛みにもだえ苦鳴をもらすことしかできない。

 イクサの肩まで血まみれにした男は、ふと刃先を止めてまじまじとイクサの顔を覗き込んできた。


「お前、良い声で鳴くなぁ。その必死で抑えてるのに抑えきれない悲鳴、おれ好きだよ。これならひと晩じゅうでも楽しめそうだ」


 舌なめずりをしながら言う男に、イクサは叫びたかった。


 ―――冗談じゃない。


 けれどくちを開ければ情けない悲鳴があがるだけだとわかっていたから、イクサは歯をくいしばることしかできない。

 

「冗談じゃねえや」


 イクサのことばを代わりにくちにしたのは、ガラの悪い男だ。ナナンのそばを離れてずかずか歩いてきた男は、イライラとした声で続ける。


「おれはさっさとこんなところからおさらばして、どっかで一杯やりてえんだよ。こんなガキにひと晩も構ってられねえ。ひと思いにやっちまって、あの坊ちゃんから金せしめようぜ」


 腰のホルスターから抜き取られた銃が、何気ないしぐさでイクサに向けられる。男の指が引き金をひけばこの苦痛も終わる。

 思わずほっと安堵のこもった息を吐いたところで、イクサの指を握りしめていた手が不意に離れた。


「おいおい、お前だって憂さ晴らししたいって言ってだだろう? こいつは憂さ晴らしに最高なんだよ。弱いくせに我慢強くて女子どもほどもろくもない。こんな素晴らしいおもちゃはそうそう無いんだよ」

「ああ、そりゃあ憂さ晴らしはしたいさ。だけどな、そりゃあ一発ぶち込んでこいつを黙らせれば終わりだ。お前みたいにねちっこくいびり倒すのが好きなわけじゃねえ。おれはすかっとしてえだけなんだ」


 火傷した手のひらがもろに地に落ちた衝撃で声もなくもだえるイクサをよそに、男たちがにらみ合う。

 このすきに、どうにかナナンだけでも逃がしてやれないだろうか、とイクサはもだえながら視線を向けた。


 ナナンは暴れるのをやめず、もがき続けている。そのおかげで草の茂みから転げ落ちて、土のうえに移動したらしい。けれどそれだけ移動するのにずいぶんと体力を消耗したようで、もがく動作がにぶくなってきている。


 早くしなければ、走って逃げる力さえなくなってしまうだろう。

 ずり、とイクサは地を這った。

 血まみれの左腕は燃えるようで、両手のひらはじくじくと痛む。けれど、自分の命は諦められてもナナンの命は諦められない。


 ―――お前のことを待ってるひとがいるんだ。お前のことを大切にしてくれるひとがいるんだ。だったら、お前は帰らなけりゃ。


 起き上がろうと痛む身体に力を込めて、わずかに起き上がったところをしたから掬うように蹴り上げられた。


「があっ」


 防御もなにもなく、蹴り飛ばされたイクサは宙に浮き地に叩きつけられて転がる。無理に押し出された空気を吸い込んだ痛みに、転げた先の地面でもだえ咳き込んだ。

 視界のすみで、ナナンが「ンーッ! ンーッ!」とくぐもった声をあげてもがいているのは、イクサの情けない声が聞こえたせいだろう。蹴り転がされたことでずいぶんと近づいたその身体を解放しようと、震える手を伸ばした。


「ほらな、こいつはまだ諦めてない。まだ自分があの獣を助けられると思ってる。そういう気持ちをへし折るのが最高に楽しいんだって、わからないかなあ、お前には」

「わかんねえよ。そんなことより、さっさと殺っちまおうぜ。そのガキはお前に譲るから、おれはこっちの獣を―――」


 男が言いかけた、そのとき。

 かすかな地鳴りが寝そべるイクサのほほを揺らした。続いて聞こえるせわしい蒸気の音。

 シュオッ、シュオッ! シュオッ‼


「なんだ? なんの音だ」


 明らかに近づいてきているその音を探すまでもなく、男たちの視線はまばらな家の向こうにくぎ付けになった。

 どう見ても限界速度を超えて突っ込んでくるのは、蒸気三輪車(トライク)だ。遠目にも異常な量の蒸気を噴きこぼしている蒸気三輪車は、家のすき間を縫うというよりは空いている空間に車体をねじ込んで突き進み、倒れているイクサのすぐそばを駆け抜ける。


 後輪がイクサの真横を抜ける、その瞬間。

 蒸気三輪車の運転席からひらりと跳んだ人影がひとつ。


「またひどくやられたものだな、何でも屋。すこしは体を鍛えたらどうだ」


 さっそく冷たいことばを吐くランタナに、イクサは痛みに歪む顔で苦く笑う。


「荒事は苦手って言ったろ……」


 駆け抜けていく蒸気三輪車の音をバックに、ランタナが乱れてもいない上着の裾をぴしりと直して降り立った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ランタナーっ! 待ってた!! おいしいとこ持って行っても変態でもいいから、なんとかしてー!!(TДT)ココロの叫び
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