15.「それって、けっこういい待遇なんじゃ……」
銃口をマイケルに向けたまま、イクサはゆっくりと撃鉄を引き上げた。
「リサを追うな。このまま隣町に帰れ。でないと、撃つ」
残段数は六発。エリスアレスに手配してもらった一発はすでに入れてある。貰い物のジャンクガン(サタデーナイトスペシャル)だけれど、手入れは怠っていない。この距離で両手で構えたなら、外しようもない。
脅しでなく、撃てばマイケルの命を奪えるだろう。
マイケルは地面に尻をついたまま、夜闇のなかでもわかるほど脂汗をかきながらも、にやりと笑ってみせた。
「ぼ、僕を撃つ気か? そんなことしてみろ。お前だけじゃなくて、お前の家族も保安官に捕まるからな!」
悪あがきのような男のことばにイクサは、墓守の家に住むみんなの顔を思い浮かべた。
けれどそれは一瞬。
浮かんだ顔はすぐに消え去る。
「幸いなことに、俺に家族はいない。心置きなくあんたを撃てる、ってわけ」
「ナナン……?」
肩でおとなしくしていたナナンが弱弱しく鳴くが、イクサの言ったことは真実だ。
ランタナが調べたところ、町に住むひとについて記した書類にイクサの名はなかったらしい。イクサだけでなく、墓守の家に住む誰の名前もなかった。
つまり、イクサたちは公には存在しない者とされているということだ。
それを知った町長の優秀な従者はすぐさまイクサたちの名前、性別、年齢を聞き取って書類を作り上げた。その際に「それぞれの関係をどうする。親子でも養子でも、それぞれ無関係な個人でも今なら好きに選べる」と言われたイクサはすこし悩んで「無関係にしといてくれ。ほかのやつは、保留で」と答えたのだった。
そう答えた自分を称賛したくなる日がくるとは。
「くそっ、助けろ! おい、お前ら、僕を助けろ!」
イクサの発言に絶望的な表情を見せたマイケルは、背後の暗がりに向かって叫び声をあげた。悲壮なのに高圧的という器用なことをするマイケルに、イクサは感心する。
「坊ちゃん、ようやくおれらの出番か? ん? その青い獣は……」
「そこのガキをひねればいいわけだな……って、お前!」
マイケルの呼び声に答えて姿を現したのは、ふたりの男たちだった。
明らかにならず者、という恰好をした男のひとりがイクサを見て、声を荒らげる。
暗がりのなか、ぼんやりと見えるその顔をぼうっと眺めていたイクサは、ややあって「ああ」とうなずいた。
「回転草禿げに金もらってナナン狙ってたひとたちだ」
「やっぱりお前だな!? おれたちを縛り上げて町長に突き出したのは!」
「ガキだと思ってやさしくしてやったってえのに、今度こそ許さねえぞ!」
イクサのもらしたことばで、ならず者たちが怒鳴りだす。
どうやら二人を捕まえたのが誰なのか、知らなかったらしい。そういえば二人とも、なぜか急に寝てしまっていたんだった、と思い出したところでもう遅い。
「お前のせいでおれたちは、大地主のところでさんざんこき使われて!」
「そうだそうだ。朝は早くから起こされて、飯食ったら陽が暮れるまで働かされて、酒も飲めずに飯食って寝るだけなんだぞ! それもこれもお前のせいだ!」
恨みがましい男たちのことばに、イクサは「うん?」と首をかしげた。
「それって、けっこういい待遇なんじゃ……」
つぶやきかけたくちは、向けられた銃口を目にして引き結ばれた。
マイケルの頭ごしに、イクサに向けられる拳銃がふたつ。
「馬といっしょに拳銃もかっぱらってきてよかったよ」
「これでこの前のうさが晴らせるぜ。スミスの坊ちゃんよ、こいつを消せば追加報酬って話、忘れてねえよな?」
「あ、ああ。もちろん」
にやにやと嫌な笑みを浮かべた男たちからは、ひとの命を奪うことへのためらいなど感じられない。
今はただ、確実に仕留められる獲物をいたぶって遊んでいるだけなのだろう。ついでに金も手に入るときては、男たちにためらう理由などなかった。
「わお、大ピンチ」
冷たい銃身が暗く光るのを眺めながら、イクサは心にもないことを言ってみた。
途端に、男たちの顔が険しさを増したので、きっとくち先だけの怖がりだとばれてしまったのだろう。けれどイクサは死ぬのなんて怖くない。銃を向けられたところで怯える心は持っていない。だからと言って死にたいわけでもないので、面倒だけれど足掻かなければならない。
「俺、荒事は無理だって言ったはずなのに……」
ふたりの男からの怒りの視線と、マイケルからの異様なものを見るような視線を受けながらイクサはため息をついた。
そして、構えていた銃でマイケルの頭を叩きざま、ならず者ふたりの間に向けて引き金を引く。
ダンッ!
頑丈さだけが取り柄の固定式をしたイクサの銃は、すこし金を稼げば誰でも買えるようなジャンクガン(サタデーナイトスペシャル)だ。
ひとの頭を殴った程度で壊れることもなく、無事に弾を射出してくれた。
「ナナン、走るぞ! 落ちるなよ!」
「ナンっ!」
通りの固く踏みしめられた土をえぐった弾丸がどこへ行ったのか、見送る暇もなくイクサはマイケルの横をすり抜けて男たちの背後へと駆けだした。
「あっ、くそ、まてこのガキ!」
「おとなしくおれたちに殺されてろ!」
一瞬、反応の遅れた男たちが振り向いたときには、イクサはもうすぐそこに見えていた建物のすき間の暗がりに滑り込んでいた。
「あ、待て! ぼ、僕を置いていくな!」
マイケルの情けない声を背中で聞きながら、イクサは入り組んだ建物のすき間を駆け抜ける。
足の速さと持久力には自信がないが、町の地理にはそこそこ詳しい。加えて男たちは怒鳴りながら追いかけてくるものだから、位置を特定するのは難しくない。
「なんかこういうこと、ちょっと前にもしたような気がする……」
「ナンナーン!」
遠い目をしながら夜の町を走るイクサの肩で、ナナンが「真面目に走るの!」とでも言いたげに前脚を振り上げていた。




