2.「……あんたが、町長?」
くるりと振り向いた拍子に、ふわりと踊ったのは派手な金色の巻き髪。
その髪に負けない豪奢な赤いドレスを着た少女が、明るい茶色の瞳でイクサを射抜いていた。
「……あんたが、町長?」
イクサは思わずぽかんと口を開けて問いかける。
そこには、イクサが思い描いたどんな町長とも違う姿があった。
十代半ばだろうか。イクサとそう年の変わらない少女が勝気な笑顔を浮かべている。
「ええ、そうよ。私が新町長のエリスアレス・サンフラウアよ」
威厳あふれる椅子から立ち上がった彼女はかつん、とヒールを鳴らして机を回り込んでくる。
ドレスのスカートは前面にたっぷりのレースを幾重にも重ねており、腰から後ろにかけては鮮やかな赤色に染められた布が贅沢にひだをつくっている。
布を惜しげもなく使った衣服だけでなく、エリスアレスの出るところは出て引っ込むところは引っ込んだメリハリのある身体つきや、髪の艶やかさからも彼女の暮らしの豊かさがうかがえた。
「……新?」
町長っていうのは儲かるもんなんだな、と思いながらイクサは首をかしげる。
それに答えたのは扉のところに立ったままの男だった。
「エリスアレスお嬢さまは、一週間前に町長に就任されました。町の歴史を紐解いても十六歳の町長というのは史上最年少でございますから、エリスアレスお嬢さまの優秀さがうかがえます。それだけでなく女性の町長というのは我が町はじまって以来の快挙ですから、エリスアレスお嬢さまが只者ではないということはあなたのような凡百の徒であっても理解できるでしょう」
澄ました顔のまま胸を張った男は、よどみなくすらすらとお嬢さまとやらを誉めたたえた。
流れるようなことばの洪水はイクサの右の耳から入り、左の耳へと抜けていく。
それでもイクサは一応の礼儀として「はあ」とため息のような声をこぼした。
「もう、ランタナったら。私を褒めてくれるのはうれしいけれど、相手によって態度を変えるのはあなたの悪いところよ。すべての者を平等に、という私のスローガンを忘れたの?」
ぷくりと頬をふくらませるエリスアレスに男、ランタナが頭を下げた。
「申し訳ございません、お嬢さま」
美しく一礼をしてみせたランタナだったが、すっと背筋を伸ばしてイクサに向ける視線は冷たい。
「ごめんなさいね。それであなた、何でも屋さん。それともイクサと呼んだほうが良いかしら?」
「あー。別に、どっちでも」
イクサは少女の謝罪を受けるまでもなく、そもそもランタナの態度を気にしてなどいなかった。
金持ちが偉そうなのはいつものことで、貧乏人が見下されるのもいつものことだからだ。
むしろなぜこの少女町長はイクサに親しげな態度をとるのか。そちらのほうが不思議だ。
エリスアレスの態度のせいでついいつも通りに受け答えをしたイクサに、ランタナが怖い顔をする。
「問われたことにはっきりと答えるように。よもやエリスアレスお嬢さまが寛容だからと、舐めているのでは無いでしょうね」
「おやめなさい、ランタナ」
イクサが何をいうよりも早く、お嬢さまが声をあげた。
途端にころりと表情を変えたランタナは、黙って引き下がる。
そもそも町長の代替わりを知らないほどに興味のなかったイクサとしては、舐めるも何もない。
本来であれば、交わることのない相手という認識でしかなかった。
「それじゃあ、イクサと呼ばせてもらうわね。それでお仕事の話なのだけれど」
どうしたものか、とイクサが考えているあいだにお嬢さまのほうで話が進められていく。
「あなた、荒事も得意なのかしら」
そう言ったエリスアレスの視線が自分の腰に向けられているのに気がついて、イクサは肩をすくめた。
「いいや。頼まれればなんでもするけど、見ての通り俺は弱い。『これ』は飾りだ」
これ、とイクサが叩いてみせた彼の腰には一丁の回転式拳銃。
蒸気式銃が主流の昨今では骨董品とからかわれることはあれど、とくべつ珍しいものでも無い。しかし、ボロを着て貧相ななりをした彼には不釣り合いな武器だ。
黒光りする銃を見て、エリスアレスは首をかしげた。
「その割にきれいにしているのね」
「ハッタリきかすには、見た目も大事なんでね」
「そう。まあ、仕事そのものは荒事ではないから構わないわ。それじゃあイクサ、動物は好きかしら」
「動物……」
問われて、イクサの頭に浮かんだのは小生意気な少年だ。けれどすぐに意識を切り替えた。
「可もなく不可もなく、だな。逃げ出した愛玩動物の捕獲依頼なら、何度か受けてる」
「捕獲方法は?」
お嬢さまに答えたのに、さらなる質問はイクサの背後から飛んできた。振り向けば、扉の脇に立つランタナがやけに真剣な表情で答えを待っている。
「ええと、だいたいはエサでおびき寄せて、かごに入れる。それで捕まらない場合は、待つ」
「ほう?」
眉をあげたランタナが、詳しく語れと視線で伝えてくるのでイクサはしぶしぶ口を開いた。
「ただ、待つんだよ。エサに寄ってこないやつは、慣れて近いてくるまで待ってから捕まえるんだ」
時間もかかるうえに手間もかかる方法で、そのうえあまりにも地味なものだからイクサとしては胸を張れるやり方ではない。
けれど、部屋にいるふたりの金持ちたちにとっては違ったらしい。
「素晴らしいわ。理想的ね」
「お嬢さま、彼にしましょう。いささかやる気の無さが気にかかりますが……」
エリスアレスがぱっと目を輝かせたかと思えば、ランタナもまたうなずいた。
歯切れ悪く続いたランタナのことばは、笑顔のエリスアレスによってさえぎられる。
「それくらいのほうが、怯えさせなくて良いかもしれないじゃない」
「おっしゃる通りでございます」
深くうなずくランタナとエリスアレスのやり取りから、イクサは察した。
「あー……つまり、愛玩動物を捕まえる仕事なわけ?」
「愛玩動物などと、気安く呼べるようなものでは!」
すかさず声を荒らげたランタナに、エリスアレスがパンパンと手を叩く。
「そうなの。私の愛玩動物ではないのだけれど、預かりものでね。ここに連れてくる途中で逃げ出してしまったらしくて、困っていたのよ」
「……それ、ほんとに動物だよな?」
ふたりのやり取りの怪しさに、イクサは思わず問いかけた。
即座に反応するのはランタナだ。
「ええ、しかし動物という枠になど収まらない高貴な」
「ええ! もちろん動物よ! 四つ脚でふわふわの毛皮で、とても愛らしいそうよ。昼間活動すると聞いたから、危険も少ないわ」
またもやかぶせるエリスアレス。
不審さに変わりはないが、彼女の視線の真っ直ぐさを見れば愛玩動物が奴隷を指すのではなさそうで、イクサはこっそりと安心した。
「俺より、そこの執事のほうがよっぽど探しに行きたそうだけど」
安心しつつも、イクサはランタナに視線を向けて言う。
視線の先ではランタナがぶつぶつとつぶやいている。
「とても愛らしいなどということばでは語れないでしょう。その毛並みはつややかでかつ美しく、つぶらな瞳はどこまでも純真。まだ知らぬ鳴き声は聞くものの心を震わせると言われておりますから、それはそれは素晴らしい四つ脚界の至宝とも言える存在であろうことは想像に難くありません!」
真顔ながらも早口でつぶやく彼の口調には、真に迫るものがある。
イクサの視線に気がついたのか、ランタナがかっと目を見開いた。
「叶うことならば私自身が捜し出して差し上げたいところであります。が! まことに、まことに残念ながら! 私はお嬢さまのおそばを離れるわけには参りませんッ」
心の底から悔しそうに言うランタナに、依頼がやばいというよりもこいつがやばいやつだな、とイクサは確信した。




