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11.「とにかくゆっくり寝かせてくれ」

 転がった蒸気燈に照らされたエリスアレスが、にっこり微笑む。

 笑顔の美少女に見下ろされたタンブリンは、腹の肉をぶるりと揺すって怯えているようだったが、それでも地面に尻もちをついたままわめいた。


「わわわ、わしになにかあったら、大地主ランドロードさまがお出ましに―――」

「ならないわよ」


 つばを飛ばすタンブリンをさえぎって、エリスアレスが鈴を鳴らすような声で告げる。

 ぴたりと動きを止めたタンブリンに向けて、ランタナがどこからか封筒を取りだした。


「それは、大地主さまの……!」


 封蝋に押された刻印を見たタンブリンがうなる。その反応を見るに、すでに剥がされた封蝋に刻まれた模様は、大地主の印なのだろう。

 ランタナが差し出した封筒を受け取ったエリスアレスは、中身の便箋を取りだしてはらりと広げる。

 

「大地主のおじいさまに連絡をとったら、あなたのことなんて知らないとおっしゃっているわ。それよりも、雇ったばかりの使用人が急に来た回転草(タンブル・ウィドー)と名乗るひとに飼い犬を貸してしまったので、見つけたら連れて帰ってほしいというお返事が届いたのよ」


 ランタナのことばを引き継いだエリスアレスが肩をすくめる。

 タンブリンはきょどきょどしながらくちを開いた。


「わっ、わしをお忘れに……? いや、しかし、そこの珍獣を連れて行けばきっと大地主さまはわしを重宝して、町長の座に推してくれるに違いないんだな!」


 はじめは戸惑いながら、しだいに自分の言葉に勇気付けられたのかタンブリンの声が大きくなる。

 そして、言い終えると同時に立ち上がり、太さの割に俊敏な動きを見せてエリスアレスに飛びかかった。


 しかし。


「ぎえっ」


 タンブリンの指の先がエリスアレスに届くよりはやく、空を切ったのはランタナの脚。

 風切り音を立てて振られた彼の長い脚はあやまたずタンブリンの体をとらえて、蹴り飛ばした。

 ランタナのすらりと細い体のどこにそれほどの力があるのか、タンブリンのたるのような体が宙に舞い、落下して二度三度と地面で跳ねて、遠ざかる。

 

 タンブリンは勢いよく飛んだが、蹴った側のランタナは微動だにしていない。

 大したことはしていない、と言いたげなその立ち姿を見たイクサは、蒸気三輪車を転がしたのもランタナなのではないかと疑った。走っている車を蹴り転がすなど想像もつかないが、彼なら可能な気がする。


 見事に蹴飛ばされていったタンブリンはそれでももがき、起き上がろうとしていた。けれど起き上がるよりもはやく、地面に転がるタンブリンの顔の横でぱしん! と鞭が小石を跳ねあげる。


「それとね、大地主のおじいさまに『もしも誰かが癒やしの力を持つ獣を盗んできたらどうしますか』って聞いてみたの。そしたら、ひとの物を盗み取ってまで安楽な余生を望まないのですって」


 エリスアレスが告げたことばに、タンブリンの肉に埋もれたちいさな目が見開かれた。くちをぱくぱくさせたタンブリンは、膨らませた革袋から空気が抜けるように声をもらす。


「では、ではわしの計画は……大地主さまに珍獣をお持ちして、ふたたび町長になるというわしの計画は……」

「大地主さまに相手にされないでしょうから、はじめからとん挫していたわけですね」


 タンブリンが途切れさせたことばの先をランタナが引き継げば、肥え太った前町長の腕がだらりと地面に落ちた。


「ナナンさまが狙われた折、タンブリン・ウィドーさまの動向を調べさせていただきました。大地主さまから謝礼を受け取ったら金を払う、と公言してひとを集めていたことが確認されました。しかし、大地主さまはそのような約束はしていない、と」

「つまりあなたは、自分の勝手な妄想のために異国から贈られた貴重な珍獣を奪い、なんの罪もない町の少年を痛めつけたということになるのよ」

「勝手な……妄想……」


 ランタナが告げたあと、だめ押しのようにエリスアレスがことばを重ねる。

 それらを遮る元気もなくなったタンブリンは、起き上がろうとしていた体をふたたび地面にどさりと座らせた。

 すっかり意気消沈したタンブリンをランタナがどこからか取りだした縄で縛りあげる。タンブリンはもはや、されるがままだ。ランタナはついでのように側にいた大型犬も捕まえて、首に縄をかけている。


「あら、まだまだ聞きたいことがあったのに、もうしょげかえってしまったの? ねえ、あなたが雇ったごろつきさんのことだけでも話してからしょげてちょうだいな」


 呆然としているタンブリンを鞭の柄でつつきながら、エリスアレスがぷうっとほほをふくれさせた。姿だけを見ればかわいらしいが、やっていることと言っていることの理不尽さにイクサはあきれながらくちを開く。


「あー……それだったらたぶん、縛って転がしてある。町の裏の丘を登ってすぐのところ」

「まあ! 助かるわ、イクサ。あなた、荒事は苦手と言っていたわりに強いのかしら」


 ひとみをきらりと輝かせたエリスアレスに答えたのは、ランタナだった。


「お嬢さま。何でも屋は見た目通り、自己申告通りの貧弱な少年です。この犬に噛まれた傷のほかにも、打撲痕や擦過傷などがいたるところに確認されました」


 淡々と告げながら、ランタナの手は大型犬の喉元を素早い動きで撫でまわしている。さきほどは獰猛だと思った大型犬だが、撫でまわされて舌を垂らした犬の姿はひどく気の抜けるものだった。

 

「まあ、まあ! 大変な思いをしてナナンを守ってくれたのね。ありがとう。報酬は、はじめに提示した額に治療費を上乗せさせていただくわ。ほかにも何か今回の依頼で不都合があったら、わたしのほうで補填させてもらいます」

「キューキュー!」


 エリスアレスがきりりと顔を引き締めて言えば、イクサのひざに収まったナナンが「そうだそうだ」とでもいうように鳴き声を上げる。

 ちょっとした預かりものが実は異国からの贈り物であったり、ただの愛玩動物(ペット)捕獲がかなり荒っぽい仕事であったことなど気になる点はいろいろとあったイクサだが、いまはもう早く帰って眠りたかった。

 

「それじゃあ、弾を一発。あとは、とにかくゆっくり寝かせて、くれ……」


 言いながら、イクサの意識はすでに眠りの底に向かって沈んでいく。

 最後まで伝えられたかわからないうちに、イクサの身体は地面にぱったりと倒れていた。

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