信用してもらうには
「アルベルト!しかし!」
「黙れ」
やめろ、と口にした男がゆっくりと立ち上がる。人ならざる者の力を目の当たりにした恐怖から、そして恐らくはこの国の王であろう男が近付いてくる、その事実に今にも足元から崩れ落ちてしまいそうになる。
「女」
「……はい」
歩数にして3歩。そこで足を止めた男は、低く響く声で陽子に声を掛けた。
「私はお前が何者であろうが、何を企んでいようがどうでも良いのだ」
「え?」
「お前に限った話ではない。耳なしなどどうでも良い。視界に入れたくもない。お前の瞳が黒でなければ、カールが話を聞くなどと言い出さなければ、お前など今生きてはいない」
「!」
告げられた言葉に目を見開く。物騒な事を話しているにも拘わらず、何の感情も籠っていない、道端の石ころを見るような目。
(本気だわ、この人……)
本気でどうでもいいのだ。人の命など、陽子の生き死になど。
「この国は今喪に服している。下界の耳なしとも毛色が違うようだが……お前がどこから来て、どのようにしてユフタールに紛れ込んだのかは知らぬが、さっさと帰るが良い。死にたくないのならな」
「…………」
もう話す事はない、というように扉に向かって歩く男。半ば呆然としながらその背を見送っていると、近くで空気の動く気配がした。
(そうだ、もう一人いたんだわ。カミナリ男が……)
ハッとして顔を戻すと、先程までの剣幕が嘘のように情けない顔をした男が陽子を見詰めていた。
「あの……?」
「……アルベルトはああ言ったが、素性の知れぬお前を簡単に帰すわけにはいかん。お前が何者なのか、何の目的があってユフタールに入り込んだのか、洗いざらい話してもらうぞ」
着いてこい、と言うように顎で示された先には、陽子が入ってきてアルベルトと呼ばれる男が出ていったのとは別の、小さな扉があった。
(どうしたらいいのかしら……素性も何も、私にも何も分からないのに)
気付いたらこの世界に来ていた。元いた世界とは明らかに違うはずなのに、なぜか言葉が分かる。そしてなぜか若返っている。
(……そのままの事実を話すしかないわね。何が良くて何が悪いのか、何も分からないのにヘタな誤魔化しなんて出来ないわ)
暗い気分になりながら小さく息を吐くと、扉から出ていった男に遅れぬよう歩き出す。
扉を出てすぐの場所で待っていた男は、陽子の腕を掴むと何事か呟いた。
「えっ?」
ふわりとした一瞬の浮遊感の後、陽子は最初にいた場所、つまり牢屋の中にいた。
「え?え?なんで?どうやってここに!?」
男は状況が理解出来ずにいる陽子の手を引いて、ベッドに座らせる。自分は部屋の隅に置かれた椅子に腰掛け、改めて陽子に視線を向けた。
「……それは演技なのか?それともそれが素の反応なのか?」
「演技!?違います、私がいた場所ではこんな便利な事はできませんでした!」
慌てて言う陽子に、男は何も言わず眉間に皺を寄せた。
「これが演技でないとすると……やはり下界の耳なしではない?いや、そもそも耳なしではないのか?」
ブツブツと独り言を呟きながら考え込む男は、明らかに最初に会った時よりは態度が柔らかくなっている。その姿を見て、陽子も覚悟を決めた。
「あの、信じてもらえるかは分かりませんが……私の話を聞いていただけますか?」
震える手を握りしめながら言うと、男は驚いたように目を見開いた。
「あ、あぁ……聞いてみないと何とも言えないが……そもそも話を聞きたいのはこちらなのだ。お前の言葉で話すといい」
まだ何も話していないのに、目頭が熱くなる。いい歳して恥ずかしい。泣きたくない。
一度ギュッと目を瞑り、生まれかけていた涙を追い払う。そうして顔を上げて男を見る。
(うん、大丈夫だ。話せる)
「私にも何がなんだか分かっていないのですが……」
こうして話し出した長いようで短い、荒唐無稽な話。
聞いてくれた彼は後々陽子の良き理解者となるのだが、それはまだ先の話である。