出会い
「ん……」
ここはどこだろう。目を開けた陽子の視界に飛び込んできたのは、無機質な石造りの壁。横になっている寝台も、少し動くと軋むような簡素なものだった。
「生きてる……よ、ね」
とりあえず、命の危機的状況からは脱しているようだ。ここがどこなのか、誰が助けてくれたのかが分からない以上は安心はできないのだが。
キョロキョロと部屋の中を見回す。寝台と同じように簡素な机に椅子。鉄格子がはめられた窓。そして……
「え!?何これ……」
腕を動かそうとするとチャリッという音と硬い感触。手枷だ。
ご丁寧に裸足にされた足には足枷、さらに伸びた鎖の先には鉄球がついている。
「……牢屋?」
呟いた瞬間、鍵がかかっていたのであろう、部屋の扉の鍵を開ける音が響く。扉を開けて部屋に入ってきた男に、陽子は目を見開いた。
瞳が赤い。いや、そんな事はこの際些細な事だ。長い。耳が長いのだ。男は鋭い視線で陽子を一瞥すると、眉間に寄せた皺はそのままにベッドに歩み寄ってきた。
「目覚めたか。我らが王がお前と会うそうだ。ついてこい」
「きゃっ……」
手枷の付いた手を引っ張られ、陽子はバランスを崩して倒れ込んだ。それを忌々しそうに見た男は、盛大に舌打ちをして陽子の腕を掴んで助け起こす。
そのまま半ば引き摺られるようにして部屋から出ると、そこはやはり牢屋のようだった。石畳の廊下に沿って等間隔に存在する部屋は、どれも陽子がいた部屋のように鉄格子の窓が設置され、兵士のような格好の男達が廊下を巡回している。
そしてやはり、すれ違う男達は皆一様に瞳は赤く、耳が長かった。
「なぜ耳なしのお前がユフタールにいるのかは知らんが、妙な事は考えるなよ。王はまだお許しになっていない」
「耳なし?ユフタール……?」
(耳なし……?って私の事よね?耳はあるけど……え、ここではこの耳はおかしいの?ユフタールって何?)
次々に入ってくる情報に、脳の処理が追いつかない。そして変わらず引っ張られている腕が痛い。足の鉄球もそのままに歩いているせいで足首も痛い。
(ここでも私は平穏に過ごせはしないのね……あの男が誰かは知らないけど、なぜ私ばかりがこんな目に合わなきゃならないの……!)
前の世界でも苦労に苦労を重ねて生きてきた。社会人になって生活基盤ができて、自分の力で生きていく事ができていた。
それが今の状況はなんだ。いきなり死んだと言われ、見知らぬ土地に連れてこられて牢屋に入れられて。
(もう、やだ……)
しばらく引き摺られながら歩くと、長い階段に差し掛かった。階段を上がった先は、今まで陽子がいた場所とは切り離されたような、とても美しい城のようだった。
「では頼む」
「はっ」
陽子が周囲を見渡している間に、別の兵士に身柄を移されたようだ。先程とは違う男についていくと、しばらくして豪奢な扉の前に辿り着いた。
「この先には我らが王がいらっしゃる。耳なしがお目通りするなど本来ならばあってはならぬ事だ。粗相のないようにな」
そう言って扉に目を向けた男に対して口を開こうとした時。
「来たか」
突如響いた声に反応したかのように、目の前の扉が大きく開いた。
兵士に背中を押され、開いた扉の内に身を滑らせる。陽子を連れてきた兵士は、一礼するとそのまま来た道を戻って行った。
広い部屋の中では、やたら存在感のある美しい男が豪奢な椅子に腰掛けていた。そしてその脇に控えるように立つ、これまた美しい男。
二人からの遠慮のない視線に、どうしたらいいのか分からない状況も相まって居心地の悪さに目を伏せると、
「顔を上げろ。こちらへ来い」
命令する事に慣れた、有無を言わさぬ声が部屋に響いた。
慌てて顔を上げて、恐る恐る足を進める。二人からさほど距離のない場所で足を止めると、立っている方の男が口を開いた。
「さて、聞こうか。お前は何者だ?その瞳と髪色、それは下界の者共には無い色だ。ただの耳なしではないな」
「あ、の……耳なしって何ですか?下界とは……あの、私も何がなんだか分からないんです。いきなりこの世界に連れて来られて……」
「何を言っている?あまりおかしな事を言うのならば子どもだとて容赦はせぬぞ」
「え?子ども?」
「お前は精々20歳そこそこだろう。耳なしは成熟が早いからな。見た目は我らとさほど変わらずとも、我らにとっては子どもと同じようなものだ」
「……え?」
陽子は40歳だ。どれだけ贔屓目に見ても20歳と間違われるような見た目はしていない。
慌てて手を、足を見る。混乱のせいか先程まではまったく気付かなかったが、皺が……ない。遠い昔、まだ学生だった頃のようなハリのある肌。
「若返った……?」
呆然としていると、けたたましい轟音と共に陽子が立つすぐ横に雷が落ちた。そう、雷が落ちたのだ。
「ひゃっ……!」
「女、質問に答えろ」
苛立ちを表すように表情を険しくした男が、陽子を睨み付ける。
「やめろ」
……とその時、それまで黙ってこちらを見ているだけだった男が口を開いた。