そして歯車は回り出す
初めて小説を投稿します。お目汚しになるかと思いますが、よろしくお願いします。
陽子が凍えるような寒さに目を覚ますと、なぜか辺り一面雪景色だった。今は夏。これはありえない景色だ。
目覚めたばかりで働かない頭を必死に動かして考える。なぜ自分はこんな場所にいるのか。そうだ、たしか仕事を終えて帰る途中おかしな人に会った。あの人は何と言っていた?
「うん、無事に転生できたみたいだね」
突然の声にハッとして振り返ると、この寒さに合わない、シーツを巻き付けただけのような姿の男が立っていた。
「記憶は大丈夫かな?体に不具合はない?」
「あ、あの……え?」
「ふむ。転生による一時的な記憶の欠如、それに伴う混乱ってとこかな。とりあえずは大丈夫そうだね」
ひとり納得したようにブツブツと呟いていた男は、しかし次の瞬間には輝かんばかりの笑顔で衝撃の事実を告げてきた。
「キミはね、一度死んでるんだ。ボクがちょっとミスしちゃってね〜。色々と辻褄が合わなくなっちゃうのは困るからさ、この世界に転生させたってわけ!キミがいた世界では魂の総数が割とシビアに管理されててね。アッチじゃもう無理だから、コッチってわけ」
「………………」
この男は何を言っているのだ。いや、言語として理解はできる。しかしありえない事を話している。
(……そうだ、たしかこの人……)
仕事を終え、さぁスーパーに寄って帰宅しようと歩みを進める陽子の前に、いきなりこの人が現れたのだ。そう、言葉の通りいきなり。
何も無かった、誰もいなかった場所にパッと現れた彼は、私を見るなりイタズラが見付かった子どものような顔をして……。
「あちゃー、見られちゃった。ん――。人間かぁ、ちょっと面倒だな」
「な、……な、に……」
「いいや面倒だな。やり直ししよう!」
……そこからの記憶がない。自分に何が起こっているのか分からない。いや、何か理解の範疇外の事が起こっているという事は分かる。
混乱する思考の中で、男が言った言葉について考える。
(一度死んでいる?やり直し?)
男の言葉の通りだとすると、私は既に死んでいるらしい。いや、今自分は生きている。どういう事だ?分からない。分からない、分からない……。
「おーい、聞こえてる?言葉は分かるよね?」
思考の渦の中に沈みそうになっていた意識が、男の声に引き戻された。
「……は、い。聞こえてます」
「よし成功だね!じゃあボクはもう行くから!キミも新しい人生楽しんでね!」
「え!?」
何がなんだか分からない状況の中、男が立ち去ろうとする気配を感じて慌てて顔を上げる、と……。
そこには人がいた痕跡などなく、聞こえていた声も夢であったかのように、人気のない静かな森が広がるばかりであった。
「……何が起こっているの……?」
小野寺陽子、40歳。中学時代に両親を事故で亡くし、高校を卒業するまで児童養護施設で過ごした。
卒業後は市役所職員として就職し、今まで真面目に働いてきた。この年齢になるまで色気のある話も一切なく、趣味といえば所属する聖歌隊で歌うくらい。
「だめ、寒い……」
肌を刺すような気温の低さに、指先の感覚はとっくになくなっていた。
服装も仕事帰りに相応しく、麻のジャケットを羽織ってはいるものの中に着ているのは半袖のシャツに膝丈のスカートだ。
考えなければならない事は沢山あるはずだ。どこか暖を取れる場所に移動もしなければならない。しかし、周囲を見回しても目に映るのは雪、雪、雪……。
途方に暮れながらも歩き始めた陽子は、さっきの男が言っていた”アッチ”と”コッチ”について考える。
(アッチの世界、コッチの世界、と言ってたわよね。少なくともここは地球ではない、という事かしら……。とすると、人間がいるのかも分からないわね)
思考に耽りながらも歩みを進める陽子だったが、なんの装備もなしに、ましてや夏服のままで雪の中を過ごせるはずもなく。
ついにその意識はなくなり、転生したばかりにも関わらずその命を散らそうとしていた。