オレたちが手伝ってやる!
「何だ、お前ら! どこから入ってきた!?」
鰭の付け根の部分に入り口を見つけ、鯨の船の中にどうにか入り込み、灯りの少ない通路をソロソロと歩いているときだった。背後からの怒鳴り声に、二人仲良く飛び上がった。振り向くとそこには、西洋の中世の甲冑がいた。
「勝手に入って来る者は、子供と言えども泥棒と見なす! 成敗してくれる!!」
そう叫ぶと甲冑は、持ち手の長い斧を二人に向かって振り上げた。
「うわーーーーっ!!」
「待ってください! 僕たちは見学の者です!!」
タケルは咄嗟に口からでまかせを言った。甲冑は斧を振り上げたまま固まる。
「何? 見学だと?」
「そうです、そうです」
ノリアキは相手が興味を持ってくれたことに『チャンスだ!』と思い、頭を勢いよく上下にぶんぶんと振って答えた。甲冑は、ゆっくりと斧を持った手を下げながら言った。
「お客人だったのか、こりゃ失礼したわい。それにしても、もう何年も見学者などは来てはいなかったが」
甲冑が首を傾げたので、二人は『マズい!』と焦った。が、
「……嬉しいもんだわい」
甲冑は肩を震わせてぽつり呟いた。その後ろでノリアキとタケルは顔を見合わせ、思惑が上手くいったことに小さくタッチをした。
ガシャンと音を立てて、甲冑は兜を外した。その下には、細見でしわくちゃな顔と、真っ白でモジャモジャな頭、同じく真っ白で逆さまに書いたUの字のような髯があった。
「はじめまして、お客人。我が名はナイトハルト・レオポルト・ヨナス・ホーヘンドルプ・ガーデルマンと申す。そなたらの名前を聞いてもよいかな?」
「ノリアキです」
「タケルです、ガーデルマンさん」
名前を呼ばれるとガーデルマンは、愉快そうにカッカッと笑った。
「うむ。どれ、船内を案内してやろう。……と言っても故障中でな、どこもかしこもボロくてかなわんわい。それでも良ければ、だがな」
三人は連れだって歩き出した。
「この鯨の船ってなんなのですか?」
船内を歩いて回っているとき、ノリアキが言った。いつもは口の悪いノリアキであるが、さすがに普段とは違う言い方だった。
「……お客人たち、産業革命のことは知っておるかな?」
とガーデルマン。それにタケルが答える。
「イギリスから始まったやつですよね? えっと、1700年の終わり頃くらいだったかな。最初は紡績関係のことだったとかなんとか……」
「さよう。タケルはよく勉強しておるな」
ガーデルマンは先程と同じように、カッカと笑った。その嬉しそうな様子に、小学校の図書室のマンガで得た知識だとは言えないタケルだった。
「1770年代から始まったとされる産業革命は、イギリスを筆頭として世界に広まったのじゃ。生産技術が急速に向上・発展したお陰で、社会や経済といったものが大改革された。工業の主要部門に機械が導入されて、大規模な工場生産が可能になり、資本主義体制が確立されたんじゃ。というのは、まあ大人の事情か……。この船に関しては、だな。1780年のなかばに世の中に蒸気機関が導入され,更にある発明者により、回転式蒸気機関が産まれた。それは工場や鉱山、鉄道や汽船など、様々な分野に普及したのじゃよ。そこで、だ。我が国では飛行できる乗り物を作ろう、ということになった。……つまりそれがこの船、というわけなのじゃ」
話の半分はチンプンカンプンな二人だっが、空気を読むのは長けている。驚いた顔をして声を合わせ、「おおーーぅ!」と言った。その反応に、ドヤ顔で満足そうに頷くガーデルマン。
「ってことは、蒸気機関船ってこと?」
「さよう」
ガーデルマンはタケルの質問に答えた。
「じゃあ、あの黒い雲は煙だったのか!」
「そうじゃ。世界に先駆けて空飛ぶ乗り物を作ってると分かるとの、いろいろ面倒くさいことが起きるでの。船体を隠せるように、上手い具合に煙を排出してるのじゃよ」
食い込むようにノリアキが聞くと、ガーデルマンは片手の人差し指を立てて唇に当て、バチンとウィンクした。
「なあ、ひょっとして、梅雨が長いのって、この船のせいじゃないか?」
ノリアキは内心『もうとっくに、飛行機は世界中を飛び回っているのに』と思いつつ、こそこそとタケルにささやいた。
「やっぱりそう思う? 故障してるって言ってたよね。つまり直らない限り、ずっとお天気にならないんじゃないの?」
タケルも小声で返事をしたが、それを聞いたノリアキは叫んだ。
「それは困るーーーーっ!!」
「な、なんじゃ、突然どうしたんじゃ!?」
「この船どこが壊れてるの? オレたち、修理を手伝うよ!」
ノリアキは必死になって言い、隣でタケルもぶんぶん頷く。
「いや、手伝ってくれるのは嬉しいんじゃが、ちっとばかり骨が折れるぞ?」
「構わないよ! なあ!?」
「うん! 壊れてて、困ってるんでしょ?」
「そりゃ、そうじゃが。……ほんなら、頼めるかの?」
こうしてノリアキとタケルは船の修理をすることになったのだった。
通路をしばらく歩いて、右方向への曲がり角で立ち止まる。
「はて、ここだった筈じゃが?」
ガーデルマンは首をかしげなから両手で壁を軽く叩いて、何かを探している。すると叩いた場所によって、微妙に音が変わる。
「おっ、ここじゃ、ここじゃ」
見ると壁に小さな凹みがあり、ガーデルマンは「よっ」の掛け声とともに壁を外した。とたんにあの「キュイーーン」という音が大きく聞こえてきた。
中を覗くと薄暗く、狭そうだ。ガーデルマンは身をよじって中に入っていく。ノリアキとタケルもその後に続いた。
ガーデルマンは突然、「おっと、いかんわい」と言うと、壁際に垂れ下がった紐を引っ張った。すると辺りが明るくなった。
「電気があるなら最初から点ければよかったのに」
「でんき? そりゃ何じゃ? これは太陽や月の光を、幾つもの鏡に反射させておるのじゃ」
ガーデルマンの言葉に二人はびっくりした。電気を知らないなんて! しかも鏡!? 二人は光が鏡を何度も反射しているところを想像して興奮した。
「凄いな! 理科の実験みたいだ」
「うん!」
「何をしている、こっちじゃぞ」
見るとガーデルマンが少し先で回っている、歯車の前に立っていた。歯車は大小様々で、幾つも複雑に組み合っている。ただ、それらが正常に動いていないことは、見てすぐに分かった。
「ここがの、上手く回らんのじゃ」
ガーデルマンが指したのは、たった一つの小さな歯車だった。見ていると他の歯車との回転に上手く噛み合っていない。「こんな小さな部品じゃが、とても大切なものなのじゃ」とガーデルマンが神妙に言った。
「これくらいなら何とかなるかも」
そう言うとノリアキは、尻ポケットに手を突っ込んだ。自転車用ではあるが、修理キットを入れっぱなしにしていたのだ。
いつも自分で自転車を修理しているノリアキは、慣れた手つきで歯車を留めているネジを外すと、その歯車をゴム糊で薄くコーティングしていった。口をすぼめて息を吹きかけ乾かすと、歯車を元に戻した。
すると全ての歯車が、滑るように動き出したのだった。
「凄いぞ! ノリアキどの!!」
感激したガーデルマンはノリアキをぎゅうぎゅうと抱きしめた。最初は面食らったノリアキだったが、父親に抱きしめられるのって、こんな感じかな? と思い、黙って顔を赤くしたのだった。