7pつづき
お邪魔しまーす・・・
入っていいと言われたし、遠慮しつつ鳥山を引きずりながらおそるおそるその「魔女の家」の重苦しい扉を開けるためドアノブをひねった。いくらこんな怪しい家とはいっても、自分と同い年程度に見える女性の家に入るというのはやはりというか、緊張するもんだな。
中はというと、高めのテーブルに物が積み重ねられていて、ところどころに本が散乱している。天井にはどうにもこの木製のログハウスには似合わない豪華なシャンデリアが垂れ下がっており、タンスに並べられているカラフルな液体が入ったガラス製の入れ物たちを照らしていた。
「そういえば、名前をまだ聞いてなかったわね。」
彼女は何やらカチャカチャと皿を洗いながら話しかけてきた。
こいつはたしかステラトリッシュで、俺は日辻長政です。
「ふーん。トリッシュと・・・なに?」
日辻です。
「羊?言っちゃ悪いけど変な名前ねぇ。」
彼女は首を傾けて不思議そうな顔をした。
東洋出身ですから。
「そういえばそう言ってた。そっか羊ね。」
羊じゃなくて日辻なんですけど・・・。
もふもふの動物のように呼ばないでいただきたい
「あぁ失礼。ヒツジね。」
イントネーションの確認をとってから彼女はテレサ・グローという自らの名を口にした。
「これからよろしくね。東洋の魔術師君。」
え?
今なんて言いました?
「ここに入ってきたってことは、やっぱり行く当てないんでしょう?」
確かにそれは図星であったが、それでも・・・この人今いま「これからよろしくね」とまるであたかもこれからここで暮らすことになるかのように話したよな・・
「てことで。」
「仕方ないから当てが見つかるまでここにいていいわよ。まぁいつ私の拠点が変わるかわからないけど、その時はついてきてもいいわよ。」
この人ほんと何言ってんの?頭がクエスチョンマークで埋まって破裂しそうであったので、なんとかその頭痛を収めようと頭を抑える。
えー。なんて?
「何?まだわかんないの?我が家に住まわせてあげるって言ってるのよ。」
彼女は少し眉をひそめると、「あ、」と何か気付いたような様子を見せると。
「もしかして遠慮してるの?」
と一言。その通りです。
「それなら心配無用よ。私が泊めてあげるのはあなたが魔術師だからよ。同情してなんかじゃないし、それに先客もいるのよ。」
それはそれで、俺は魔術師でもなんでもないし良い気はしないが・・・
先客?
「ええ。今は・・・」
女性は、11時ジャストをさしている壁に掛けられた振り子時計に目を向けた。
「結構遅いし、寝てるかもね。」
そういわれると眠い気もしてきたが、そんなことよりも先客というものが気になる。彼女のほかに誰かここに住居人がいるのだろうか。
その人って、魔術師なんですか?
「いいえ。2年くらい前なんだけど、私が教会の任務でけっこう遠くに行っててね。そのとき拾ったのよ。こんくらいのちっちゃい女の子よ。最初は不愛想だったけどね。けっこうかわいいんだから。」
彼女は自分の胸のあたりを右手でトントンと叩いてから、話を続ける。
教会?任務?また頭痛がしてきた・・・まるで常識だとでもいうかのようによくわからない単語を並べやがって。
「仕事を見られてね、放っとくわけにもいかないでしょ?幸い家族もいないみたいだったから連れてきたのよ」
家族がいない?
「うん。そこなんだけど、俗にいうスラムってやつだったのよ。まぁその町では、よくある話らしいわ。問い詰めることもできないし、詳しい事情は分からないんだけどね。」
やはり世界は広く、いろんなところがあるらしい。急に訳の分からん世界に放たれる奴もここにいるのだし、俺よりも不幸なやつだって案外たくさんいるもんだろう。
「テル・・・おかえり」
どうやら件の住居人らしき声が聞こえてくるほうをふりむくと、そこには小学校中学年くらいだろうか。まっ白い肌をした金髪の少女が目をこすりながら立っていた。会ったことはないはずのこの少女になに既視感を覚える。いや、「この少女に」ではなくなにか遠い昔こんな少女にあった気がする。金色の長髪で・・・目の色がたしか
「・・その人たち・・だれ?」
少女がおびえたような様子でテレサさんに返答を求める。と、のどまで出かかっていた記憶がいっきにつまさきあたりまで帰ってしまった。
「ああ、新しい家族よ。このお兄ちゃんは日辻くんで、あそこで眠ってるのがステラさん。」
紹介されている当の本人だが、地面に倒れてピクリともしない。あいつもしや死んでるんじゃなかろうか。
「おにい・・・ちゃん?」
・・・・ん?
彼女は大きな目で不思議そうにこちらを眺めると、逃げるようにすたこらさっさと玄関からむかって右の通路へ消えていった。
あれ・・・もしかして嫌われた?
「照れてるだけよ。・・・ふーん。あの娘こういう普通の男が好きなのかな。」
あんまりまじまじと顔を眺めないでください。
「あははっ、ごめんなさい。もしかしてあなたも照れちゃった?」
ともあれ、嫌われていないようでなによりだ。
「そろそろ寝たらどうかしら。話し合いはまた明日ね。空き部屋はあったっけ。」
食器を一通り洗い終えたテレサさんは、とてとてと先ほど少女がいた通路へと入っていくと、
「あ、あったあった。」
と独り言を言った。ステラを引っ張って後を追っていくと彼女は「どうぞ」と扉を開いた。
「枕と掛布団しかないけれど、たぶん数人分あるから床に敷いて使ってくれる?ごめんね。」
いや~わざわざ泊めてもらえるんだし、贅沢は言ってられませんよ。
「そう?それじゃ、おやすみ。」
俺はおやすみなさいと挨拶を返してから、鳥山の分も寝具の準備を始めた。こいつあとで殴ってやろうか。いつまで寝てんだ。
いや多少殴っても起きなさそうだな。
俺の予想は外れて、「いたっ」っと叫びながら鳥山は起きたのだった。
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西暦678年 9月15日 城下町の外れ 森の中の魔女の家でのこと
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