ライダースーツの魔女
外が騒がしい。どうやら騒ぎを聞きつけた野次馬が集まっているようだ。
そして刑務所のなかというと、女性が「どっちが魔術師?」などと訳が分からんこと聞いてきたのでとりあえず何かの勘違いであることを説明しようとしているのだが、どうにも納得いかないらしい。
「・・とりあえず逃げましょう。町民に見られたりしたら厄介だし。あとで話は聞かせてもらうから、来てもらおうかしら。」
何やら危なそうな予感がしたんで俺は後ろに引くことにしたのだが、案の定彼女は檻についた扉を勢いよく蹴り飛ばし、鳥山も吹き飛ばされた。
こりゃ死んだか?
「俺死んだの?」
幸運なことに生きていたようだったが気絶してしまったから、俺は鳥山を引きずりながら女性の背を追った。その最中、先の死体を目にしたのだが、性器のない青い血を流した裸の男が腹に穴をあけて倒れていた。妙に肌が白いその男は、何故か完全に人間とも言えない、そんな違和感があった。
彼女はバイクを立てると、何やら本来無いはずの怪しげなスイッチを小気味よい音を鳴らして倒した。
「その男を乗せたら?」
まるでもとからあったように出現したサイドカーと自分が無力化した男を「乗せたらいいんじゃない」などと、罪悪感もなくさも当たり前かのようにと提案してくるその精神に驚いていたら、「固まっている暇はない」との言葉をいただき、それもそうなので言われたとおりに気絶している鳥山をサイドカーにのせた。それから俺がヘルメットを着けた彼女の後ろに乗ると今度は
「ちょっと飛ばすから、つかまってて頂戴」
などと言ってきて、女性の体にしがみつくことに少し抵抗はあったものの、必要なことと割り切ってお言葉に甘えることとした。こんなことを言うと引かれるとは思うが、実際に轢かれた俺にとってはそんなことはどうでも良いのでこの際言わせてもらうと、女性特有のいい匂いがして悪い気はしなかった。
と思ったのも束の間。ものすごい速度で群衆を走り抜け、滑走路を走るかのようにあまりに直線的な走りをするので、こんどはこっちでも事故で死ぬのではないかとヒヤヒヤするのであった。
ってえ?
先ほど滑走路との表現をしたのだが、実際間違っていなかったようで。まぁ一言で言うと
飛んでっ?と、飛んでるんですけど!?
「・・・うるさいわよ。あなたも魔術師の端くれならこの程度で驚いたりしないことね。」
さっきから何を言っているのやら。俺は魔術師でもなんでもないんですけども。
「嘘ついても意味ないわよ。この距離だからあなたの魔力も簡単に感じ取れるし。」
いや端くれでもなければただの一般人なんですけどね。きっとあなた何かを勘違いしてらっしゃいますよ。しかしながら、これ以上何言っても信じてくれなさそうだし俺は話題を変えることとした
あのー・・・さっきの奴って・・一体?
「ホムンクルスの変異体よ。あなたが魔力を垂れ流してるからそれを受けて暴走したんじゃないかしら。刑務所でホムンクルスが暴れてるってコマトから知らせがあって急いできたんだけど。」
彼女はこちらをちらりと見ると、
「魔術師がいたんなら行く必要もなかったなぁ・・・自分で始末できたかしら?」
と一言。買いかぶらないでくれ。正直俺では犠牲者の1名になることしかできないので、彼女がここへ来たのは絶対に無駄足ではないし、ご足労をかけていただきありがとうございました!とお礼を言いたい気分だった。
それにしても、人の命を救う賞賛されるべき行いをしたのに逃げるというのは何故なのだろうか。まぁ救われたのは2人の囚人だし、実際にはそんなに助けてはいないかもだけどあの怪物が生きてたらその後甚大な被害が出ていたのは言うまでもないことである。
あ・・・ってか、なんで逃げるんです?
「だって、あのままあそこにいたら魔術が公になってしまうかもでしょう?最近は国どうしの情報交換も頻繁だし、情報の広がりが早いのよ。あなたも気を付けたらどうかしら。そんなに魔力を垂れ流してたら、今日みたいなことがまた起こるわよ。」
何のことやら。
「そろそろつくから。舌を噛みたくないんなら口閉じてなさいね。」
空中を走るバイクから見る夜景は美しく、パリやロンドンを思わせるようなその盛観な街並みは、ここが異世界というやつだと再認識するのには充分であった。
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バイクは急に道が切れたかのように落下すると、城壁の外側に面している森へとふわりと着地した。結構な高さから、まるでバンジージャンプの如く落下して、俺も少しひや汗をかいてしまった。
上から見ると小さかった石造りの城壁も、近くで見るとやはり高くそびえたっているものだ。その付近には堀まであった。
「・・・壁を見てて楽しいの?」
いや、あの壁何なのかずっと気になってて。
「さっきからあなたには教えることばかりね。」
すいません。東洋のほうから亡命してきたもので。
「ふーん。東洋ねぇ・・・。」
彼女はなにやら疑うような感じだった。
「あれはまあ、昔の名残ね。敵国側の侵入を防ぐための壁。今でこそ東洋を目の敵にして協力関係ではあるけど、前はアヴァロンの中の国々でも戦争をしてたのよ。」
木々の隙間を走り抜けながら彼女はそう説明した。やがていくらかするとバイクを止め、「ついた」等と言うのだが森の中には何もないし、すこし身の危険を感じたもののこの森の中、彼女についていくほか道はなかった。
バイクを降りて数歩全身してから、彼女は色付きの宝石をを2つどこからか取り出し地面へと落とした。
「ヴォアラ」
一言何かつぶやくと石が片方は赤く、もう一方は緑色に発光しはじめたのだが・・・一体なにが起こってんのかよくわからん俺は、ただ呆然と立ちすくしてその光景を見ていた。
「主の帰りにつき、ここに姿を現し給え。」
今度ははっきりと聞きとれたのだが、何のことやら。とか思っていると、空間がに亀裂が入っていく。バリバリと音を立てながら崩れ落ちていく景色の裏側には、赤レンガでできた平屋が現れたのだった。
魔女。まさにその言葉が正しいであろうその女性は、「上がっていったら?どうせ行く当てもないんでしょう?」と一言言うと、先ほどの石を拾い上げ、それを手の中で転がしながら家の中へと入っていった。
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西暦678年 9月15日 城下町のはずれ 魔女の家でのこと。
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