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夢々

作者: とらふ

よろしくお願いします。

 顔を上げると、スクリーンセーバーの起動したディスプレイ。

「またオチてたか……」

  私は山田箒、32歳の特段秀でた才もない平凡な男だ。だが、平凡なりに努めてきた。結果として、現在では助教授をやっている。

  浮かんだのは自嘲であった。学部の頃仲が良かった2つ年下の後輩は、今年から教授であるという。同級生には、私の倍の給料をもらっている者も珍しくない。正直、生きる意味を見失いつつあった。

「ダメだな、思考が暗くなってる」

 切り替えるため、一服しようと煙草を手に取り、窓へ近づく。

  普段は閉め切ったブラインダーを上げると、眩しさに目が眩んだ。

「あーあー、日陰者には毒だねぇ」

窓を開け、煙草に火をつける。一人で作業をしていると、独り言が増えてしまって仕方がない。

  否、あまりの情けなさに、つい失笑する。一人でやる必要もないのに、進んで一人でいるのは自分だ。才溢れる人は、非才の身には眩し過ぎる。

  目を細めて正面にそびえるビル群を眺めた。深く瞬きをして、遠い地表を見下ろした。

 ふ、と

「飛び降りれば楽になる」

耳元で囁かれた気がした。短くなった煙草を携帯灰皿にねじ込む。



 窓枠に手を置き―――







 身を投げた







  自分に割り当てられているのは10階の一室。即死だろう。思い返せばまだ未練の多い人生だった、かもしれない。やり残したこともたくさんある、気がする。

  思わず笑ってしまう。これを笑わずになんとしようか。

  そしてほんの気まぐれ、ほんの一動作で、私の32年は無に帰すのだ。


「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」


恐らく人生で最も笑った。最も自由な時間を。最期の時間を。


  けれども地面が近づくと、やはり恐ろしい。それに、最後の景色が地面というのは嫌だな。そうして、目を瞑った―――



 ―――落下する夢をみて起床するときと同じ感覚を抱く。

  否、本当に夢を見ていたと気が付いた。


  私の名前は山田箒10歳の小学4年生だ。

「これは……」

 夢にしては先ほど記憶が鮮明な上に今の自分が知り得ない知識を有している。

  加えて、普段見る夢のような非現実的(と表現するのであれば、当に現状の)感覚はなく、現実(現在認識している)世界と照らし合わせても破綻はなさそうである。

「ベースが10歳。知識量が少なすぎる……?」

 もしかすると、このような現象はそう珍しいものではないのかもしれない。

「そんなことがあるか」

あまりに奇妙な状況ではあるがしかし、他に心当たりが無いではない。

「転生」

 フィクション。創作であることは、当然理解している。

  とはいえ、実際に自分の身に起こった現象を説明できる材料は余りに乏しく、藁にも縋りたい程である。何故なら、先程から脳裏をちらつく単語がある。

「精神疾患」

  現実逃避の一種で、自分を何者かの生まれ変わりと信じ込むことがある。二重人格と似たような性質のものだと、そのような記述をどこかで目にした記憶がある。

 しかし、こちらの可能性は低いと判断する。自己判断が全く信用に値しないことは十分に理解しているが、ある程度の根拠はある。

  現在の自分は10歳の少年であり、部屋に備え付けられた鏡に映る姿を見ても、その認識は正しい。加えて、部屋を見渡して目に入る勉強机、ランドセル、学習教材、etc.物的証拠もそれを補強する。

 自分の認識する全てがまやかしであるという可能性も否定しきれないが、だとするならば私になす術はない。よって、今、この状況が現実であると仮定する。

 そうすると、私の頭の中には一般的な10歳児には理解しえない知識が存在していることになる。また、私(山田箒10歳)の才が、その一般の範疇を逸脱するものでないことは、私自身が最も理解している。

 つまり、山田箒10歳の中に、山田箒32歳の記憶が突如として流れ込む、又は植え付けられた。そう表現することが比較的適切である。で、あってしまう。

「転生もの」で言うところの一般的な「転生」とは異なるが、いくつか、現状の私のように、記憶のみが何故か他者に定着するものを目にしたことがある。

 今回の件では、私自身の記憶が、別の私に定着したのだから、多少は(原理も何もわからないのは同じであるが)理解できないこともない、気がしないでもない、ような……。



ーーー別の私。

 そう。山田箒10歳(今箒)は、山田箒32歳(前箒)の10歳の頃の姿ではない。というより、名前以外は別人のようである。また、今箒の認識が正しければ、そもそも前箒が10歳の時と現在は西暦が異なる。

 加えて、生活している世界も地球であって地球でないようだ。

 今箒の誤認である可能性も否めないではないが、前箒の記憶している歴史や事象に齟齬がみられるのだ。

 しかし、前箒と今箒。それぞれの地球には共通点も多々存在している。パラレルワールド、同位体的存在、多世界など様々な単語が頭を過った。


 そんなことを考えていると、階下から声がする。

「箒!いつまで寝ているの!!」

母の声だ。そう認識することに、違和感はない。つまりはそういうことなのだろう。

  全て世はこともなし。

  頭の中の事象は、誰に明かされるでもなく、ただ頭の中だけに秘められた。




「誰しも一度は時間遡行をしたいと思ったことがあるだろう。それを解決する方法を教えよう。君達は、今、遡行してきてここにいる。ただ未来の記憶を持ち合わせていないだけだ。さて、どうする?」

いつか聞いた話が思い起こされる。




 この人生は、まさに勝組と評するに値するものだった。幼少のころから、ある程度完成された基礎学力を持ち、努力も惜しまない。これで失敗する筈も無い。挫折なぞ、腐る程に味わった。そう思えば、件の32年にも、多少の意義が見出せる。

 当然、才能は平凡であるため、頭打ちになることは目に見えて明らかだ。そのため、ある程度小出しにしていくことで「周囲に尊敬される秀才」を演じた。前世で脱落したエリートコースを、ひた走った。

 順風満帆な人生だった。そう「だった」過去形である。


 私は、死んだ。不運な交通事故であった。死の間際、考えた。


「次があれば」


 享年32歳。薄れゆく意識の中、奇妙な一致と僅かな感情の変化に苦笑した。




  深い水底から掬い上げられるような感覚とともに目が覚める。

  私は11歳の少年だった。


「やり直しが効く限りにおいて、それは失敗ではない。成功への布石である」

 そう言ったのは誰だっただろう。


 今度は悔いを残さない。人生二回分と、知識の貯蓄は多少ある。出し惜しみはしない。前世ついて少し、思い出し難いが「通算で約半世紀だもんなぁ」と溜息をつく。

 遠い記憶、果たして今ほど前向きに人生を捉えられていただろうか。

 やりたいことをやった。それが裏目に出たのだろう。とある日のこと、電車が迫る線路に突き落とされた。

 享年32歳。

 最期のとき、軽い浮遊感に包まれるなかで、何処か懐かしさを感じて目を閉じた。次もあるのだろうか。あるのならば


「もっと上手くやろうではないか」




「い゛っ!!??」

 衝撃と共に意識が覚醒する。

———どうやらベッドから転げ落ちたらしい。

 しかし、焦った。電車に轢かれる夢を…夢、ではない。3度の記憶継承、3度の死。

 私にとっての確かな現実だ。

「3度の死……」

偶然、ではないだろう。「受け皿の年齢も、その終わりも」口から溢れた。

 この世界は有限のもので構成されている。

………………

…………

……

  その人生についても、やはり、未練の残る最期であった。




「……7度の死だ。これは夢ではない。さて、前世の職は、何だったか」

最初は、経年による記憶の劣化と捉えていた。

 しかし、どうにも異なるようだ。その気付きがいつあったかも、最早思い出す事は難しい。記憶の剥落は、回数の前後に関わらず、等しく起こっている。

 ただ、その中にあって、死の間際についてだけは、どれも鮮明に覚えていた。




「望みを全て叶えられる人はいない」

悔いのない生とは、その有様を許容することにあるのかもしれない。




「さて」


 今生も、励んでいこうか。

…………

……

32で死んだ。癌であった。




 私は21歳の大学生だ。論文の執筆途中に寝落ちていたらしい。縁起でもない―――

「癌で死ぬ夢。それどころか、何度も死ぬだなんて」

呟いて作業に戻った。

……

32で死んだ。事故だった。




  22歳、新人社員として、忙しくもやりがいのある日々だ。

 32で死んだ。病気だった。



  23歳、博士課程、苦悶しつつも充実している。

 32で死んだ。事故だった。



  24歳、社会人、新しい挑戦には胸が躍る。

 32で死んだ。


  25歳、社会人。

 32で死んだ。


  26歳。

 死んだ。

  ……。




 私は、何度も死を繰り返す夢から、目が覚めた。

 私は、32歳でその生涯に幕を下ろした。

 私は、その度先を願った。

 私は、つまり———






  顔を上げると、スクリーンセーバーの起動したディスプレイ。

「またオチてたか……」

なにやら壮大な夢を見ていた気もするが。どんな内容だったか。

 私は山田箒、32歳の特段秀でた才もない平凡な男だ。だが、平凡なりに努めてきた。結果として、現在では助教授をやっている。

 浮かんだのは自嘲であった。学部の頃仲が良かった2つ年下の後輩は、今年から教授であるという。同級生には、私の倍の給料をもらっている者も珍しくない。これから、どうしていこうか……。

「ダメだな、思考が暗くなってる」

 切り替えるため、一服しようと煙草を手に取り、窓へ近づく。

 普段は閉め切ったブラインダーを上げると、眩しさに目が眩んだ。

「あーあー、こんなに輝いちゃってまぁ」

窓を開け、煙草に火をつける。一人で作業をしていると、独り言が増えてしまって仕方がない。

 否、あまりの情けなさについ失笑する。一人でやる必要もないのに、進んで一人でいるのは自分だ。才溢れる人は、非才の身には眩し過ぎる。

 目を細めて正面にそびえるビル群を眺めた。深く瞬きをした後、遠い地表を見下ろす。

 ふ、と

「飛び降りれば楽になる」

耳元で囁かれた気がした。短くなった煙草を携帯灰皿にねじ込む。



 窓枠に手を置き―――







 窓を閉めた








「馬鹿馬鹿しい。まだまだ未練が多過ぎるよ」

そういえば、と今日の日付を確認する。


 私は山田箒、33歳になっていた。

折角書いたのだから誰かに見てもらいたい。

あわよくばチヤホヤされたい。

それだけです。


もし伝えたいことがあるとすれば、不安というの希望の影かもしれません。というくらいですかね。

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