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今日も明日も明後日も

 右を見る。白が映る。

 左を見る。白が映る。

 上を見る。白が映る。


 獏は思いっきり瞼を瞑り、口の中で念仏の様に言葉を唱え始めた。


「これは夢だ夢だ夢夢夢。早く醒めろ醒めろ醒めろ……」


 ぱっと目を開く。変わらぬ白が映った。


「二日連続で同じ夢……、それも悪夢とか冗談じゃねえよ……」


 舌打ちの一つでも吐きたい気分だ。

 同じ夢を二日連続で見た経験は獏にはない。それが楽しい夢であれば歓迎だが、今見ている夢は悪夢の部類。全く喜べやしない。


「あー、くっそっ」


 どうしようもなく腹が立って右手に持ったショートソードを振り回す。対して重さを感じさせない刃が、ヒュンヒュンと空を切る空しい音に少しだけ気持ちが落ち着いた。


 これは夢だ。何時かは醒める偽りの世界。

 夢から覚めて目覚めるまで少しばかりの辛抱だ。何かをする必要はない、ただ待てばいい。

 ショートソードで肩を叩いて、その場に座り込もうとした獏はふとある事に気付いて動きを止めた。


 じっと睨みつける様に前方を注視する。吹雪に閉ざされた視界、真っ白な向こう側に先日の夢では居たある存在の事を思い出す。


(あの化け物、こっち来たりしないよな……)


 巨大な獣だった。忘れようとして、事実昼間の間はすっかり忘れていたが、今瞼を瞑れば鮮明に思い浮かぶ。


 テレビで見た熊を二回りも大きくした体躯、全身を覆う茶色い体毛には不思議と雪は積もっておらず、代わりに湯気のような煙が上がっていた。

 三本の指の先端に生えた鈍く光る黒い爪は、獏の胴体を容易く切り裂いた。


 あれにはもう二度と会いたくない。例え夢の世界であっても。

 半分沈んめていた腰を上げて、片足を後ろへとずらす。


「こっち、行くか。歩いてりゃ醒めるだろ」


 一歩を踏み出せばざくっと小気味のいい音を出して少しだけ足が沈んだ。数歩先すら見えない程に吹雪いていると言うのに、雪自体はそれほど積もってはいない。底の厚いブーツのお蔭か歩きにくさもない。しっかりと踏みしめる感覚が伝わってくる。


 これなら滑る事もなさそうだなんて真面目に考えて居る事に気付き、獏は思わず笑ってしまった。

 吹雪の勢いに対してやけに積もっている雪の量が少ないのも、雪が歩くのを邪魔しないのも、全く滑らないのも、何もかも夢なのだから当然だ。


(滑らないし寒くないけど雪はある。あの化け物さえいなけりゃ、割といい夢なのかも)


 しかしどうしてこんな夢を見るのだろうか?

 歩いている間も風景に変化は無い。一概に言えば獏は暇を持て余し始めていた。何もする事が無いから、夢の内容について考えてみる。


(雪……、うちの所は雪降らないし、願望? 雪遊びしたいってそんなに考えてたのか俺。後、剣は……アニメかなぁ……。中二病卒業出来てないみたいでちょっと恥ずかしいぞコレ)

 

 ではこの夢を悪夢たらしめているあの獣はどうだろう?


(特に悩みとかないと思ってたけどなあ……。いや、存外悩み何て自分では気付かな――――お?)


 思考が途切れる。それは突然の、予想だにしない出来事だった。

 きっとそれは考え事をしていたからではない。何も考えずに、ただ歩く事に集中していてもこの吹雪では気付く事は出来なかっただろう。


 今歩いている道。そこが地面や道路などではなく、なにか建造物の上で、途中で途切れていた事などに。

 普通に歩く、一歩を踏み出し体重をかける。そこに道は無かった。


(――――っ)


 頭の中が真っ白に染まった。ぐらりと傾く身体。持っていた剣なんて放り捨てて、体勢を立て直そうと両手をばたつかせる。

 そんな必死の努力は無意味だ。


 全身を包み込む浮遊感。

 あっという間だった。今の今まで歩いていた道の下へ、獏の体は落下する。


(え――――、ちょ、まっ――――)


 分からない、理解出来ない、何が起きて、どうなっている?

 頭の中で踊る大量の疑問符。内臓がひっくり返った。

 落下していると気付くまでに数秒。次に浮かんだ至極当然の「何で?」という疑問。


 そうか、道が無かったんだ。今の今まで歩いていたのはどこかの上で、途中で途切れてたんだ――――何て、冷静な思考を巡らす余裕が獏にはない。


(まって……、ちょっとまって――――)


 どっちが上でどっちが下かもう分からない。今耳にしている音は吹雪の音か、弾けそうなリズムを刻む心臓の鼓動か。

 どこまでも落ちていく。果てしなく遠い地上は、しかし着実に迫り、永遠にも感じられた浮遊感は唐突に終わりを迎える。


「なんでおれが」


 ――――ぐちゃ。

 その粘っこい音を確かに獏は耳にした。

 全身が潰れる衝撃を。ひしゃげ飛び散る激痛を。


 確かに彼は感じたのだ。




◆ ◆ ◆



 

「――――がァッ!!」


 身体が跳ねてベッドから転げ落ちた。

 柔らかいカーペットに頬を押し付けた落ちたままの体勢でピクリとも動かず荒い息を吐く。目はカっと見開かれ、じっとりと全身が汗ばんでいるのが分かる。

 朝の静寂の中、跳ねまわる心音だけが聞こえていた。


 ちくたくとデジタル表記の時計が秒を刻む。獏は動けなかった。この何でもない朝を、何時も通りの自分の部屋を現実だと受け入れるのに時間が必要だった。


 何もない一点を見つめていた視線が漸く少しだけ周囲を見渡すように動き、半開きに空いた口から小さな言葉が零れた。


「……夢」


 そうだ。夢だったのだ。

 あの世界は、あの浮遊感も、痛みも全てただの夢。

 ただの悪夢。


「……」


 身体が小刻みに震え始める。どこも怪我していない。今ではもう欠片の痛みも感じない。ほんの少しの切り傷さえ無いのだから当たり前だろう。

 痛みがない、怪我をしていない、生きている。その事が嬉しくて、安心して、しかし同時にそんな考えが浮かんでしまう事が気持ち悪かった。


「起きろー! ってまた起きてる。……いやこれ起きてる?」


 ノックもなしに開かれる扉の向こうに、茜がすっかり身支度を済ませて立って居る。

 何時もの光景だ。元気に階段を駆け上る音に気付いていた獏は、驚く事もなく視線をそちらへ向ける。


「……茜」

「起きてる。ならさっさと立って、手伝ってよー。あと、涎ついてる」


 ぐっ、と口元を拭う仕草をして茜が元気に駆けていく。後姿を見送って、少し呼吸を整えてから獏は立ち上がる。


 夢は夢だ。それがどれだけ嫌な内容であっても、現実で起きた事では無い。


「忘れよう……」


 早く、一刻も早くこんな暗い気持ちを振り切るのだ。

 考え込んだ所で良い事なんて一つもない。

 もう終わった事なのだから。


「忘れるんだ」


 口元を手の甲で拭って、唇に舌を這わせる。

 乾燥していたのか、気付かぬ内に切っていたのか、舐めた唇は血の味がした。




◆ ◆ ◆




 おはよー、という気の抜けた朝の挨拶がそこかしこから聞こえてくる。

 テンプレと化したその応酬に加わる事もなく、宗太は大あくびを零しながら廊下を歩く。基本的に宗太が朝の挨拶を交わす人物は学友二人に絞られる。

 勿論されたら返すし、途中すれ違った他の生徒に挨拶をしても返してくれるだろうが、だからと言って全校生徒に挨拶する程コミュ力は高くないし暇もない。人類皆友達とはいかないのだ。


 そんな宗太は教室の扉の傍に、件の学友の一人である翔が立って居る事に気付き片手を上げて声を投げた。


「おう翔、はよーっす。何してんだ? 早く教室入れよ」

「いや、それが……、見てみろ」

「あん?」


 振り返った翔は宗太を見るなり頬を掻き、戸惑うように指先を教室の中へと向けた。

 示されるままに視線を送る。そこには先日と同じく机に突っ伏す獏の姿があった。


「デジャブだな」

「全くだ」


 珍しい事もあるもんだと思う。

 「HEY! おはよう!」と投げればそれ以上のテンションで「HEY! おはよう!」と返してくるのが獏なのだ。とにかく元気の良い男である。基本的に悩み何てものとは無縁そうな獏が、二日連続で机に被さりぐったりと身体を投げている姿は彼を良く知る人物であれば皆違和感を抱くだろう。


「取り敢えず、行くか。ここで見ててもわかんねーし」

「だな、任せた」

「おめーも来るんだよ」


 親指を立ててぶん投げようとした翔の首根っこを掴み引っ張りつつ、宗太は真っすぐに獏の元へ歩く。

 机の真ん前に立っても気付いた様子はなく項垂れたまま。その頭部を人差し指で突っついて宗太は声を掛けた。


「よう獏、どうした?」

「宗太か……、翔もおはよう」

「おはよう。で、何かあったのか?」

「いや……それが……、また嫌な夢見て……」


 顔を上げた獏の顔色が悪く見えたのは間違いなく見間違いではない。

 疲れた様子で息を吐く友人の姿に、宗太と翔は揃って顔を見合わせた。

 彼の元気の無さに、先日の事が頭にあったのは事実だ。理由もそれとなく予想出来ていてその通りだった。

 とは言え驚くものは驚くのだ。言っては何だが、ただの夢でここまで獏がダメージを受けるとは思わなかった。


「嫌な夢って、また昨日と同じ――」


 そこで宗太の言葉が途切れる。教室が少しだけ騒めいた。彼は落ち込む獏から視線を外し入ってきた扉を眺める。

 翔もつられて前の扉の方へ顔を向けると、その理由が一目で分かった。


 扉の前に一人の生徒が立って居る。『西園寺 佳世』。宗太たちより一学年上の女子生徒であり、この学園で最も有名な生徒だ。

 何故有名なのかは、その姿を見れば一目で分かる。彼女は類まれな美貌の持ち主だった。


 艶のある美しい黒髪を長く伸ばし、すらりとした均等のとれた手足は透き通るような肌をしている。目が覚める程美人な彼女は、凛とした雰囲気を纏っており、かわいらしいと言うより大人びた、美しいという言葉が良く似合う。テレビで見るアイドルなんかよりよっぽど綺麗だと皆が口を揃える。日本人離れした容姿に、外国の血が混じってる何て噂もある。


 男女問わず、この学園に在籍する数多の生徒が彼女に夢中だった。

 勿論日常的に彼女に告白した勇者の名前が口々に上がる。だが未だに彼女を射止めた者はいない。それが一層彼女の人気を確かなものにしていた。


 そんな有名人がこの教室に来たとあって、少しばかり朝の喧騒とは違う騒めきが生まれるのも仕方が無い事だろう。

 どうやら先生のお使いでプリントか何かを持って来たようである。


 すっかりそちらに意識を向け、言葉を止めた宗太の後をため息交じりに翔が引き継ぐ。


「――また昨日と同じ、殺される夢か?」

「うん……いや少し違う」

「今度こそ宗太に殺されたか」

「ねえオレそんなに友人を殺しそうに見るの? ねえ!」

「殺されるってか、事故死? なんか、落ちて、潰れた」

「潰れたとは穏やかじゃないな」


 高い所から落ちる夢というのは何度か聞いたことがあるし、翔自身も昔見た事はある。

 だがその結末、落ちた末に潰れる夢というのは聞いた事もない。


「ホラー映画でも見たんじゃねーの」と宗太が言う。獏は首を傾げて「見てないと思うけどなあ」と少し自信がなさそうだ。


 直ぐに会話に混ざろうとした翔は、ふと視線を感じて言葉を止めた。

 さっきまで教室の前の扉に向いていた周囲の視線が、何故だか自分たちの方を向いている。


 同じく視線を感じたのだろう、俯きがちだった獏が顔を上げて、翔の背後へ視線を向けた瞬間にぴしりと固まる。

 その様子に怪訝な表情で翔も背後を振り向いた。


 そこに、目と鼻の先に西園寺佳世が立って居た。

 ぎょっとして飛びずさる翔が机に脚を取られ、転びそうになる。慌てて彼を支えながら、獏は目をぱちぱちと瞬きをした。


「夢……」

「はい?」

「今、夢の話してたでしょ」

「えっと、はい」

「どんな夢? いえ、自分が死ぬ夢で間違いないのね?」

「ええ、そうですけど」


 そんなに大きな声で話していたつもりはなかったが、どうやら彼女にも会話が聞こえていたようだ。

 自分が潰れて死ぬ夢なんて言う悪趣味な話に、何故だか彼女が食いついている。

 どうしてそんな夢の話にここまで彼女が食いついてくるのか分からない。

 クラス中が注目する中、佳世は秘密の話をする様に声を潜めていった。


「貴方が見た夢は……暗い墓地の夢? そこで何度も死ぬ夢?」

「え? いえ、違います」


 その瞬間、彼女の顔から感情が消え去った。

 落胆したのだと一目で分かった。


「そう……そう。そうよね、ため息だわ。……いえ、ごめんなさい。突然こんな事聞いたりして。勘違いだったみたい」

「大丈夫ですけど、俺もなんかすみません……」

「いえ、気にしないで。それじゃあ」


 終わってしまえば短い会話だった。振り向いた彼女の背を追って黒い髪が揺れる。もう用事は済んでいたのか、西園寺佳世はそのまま教室を出ていった。


「喋った……喋っちゃったよ先輩と! 元気、出た!」

「おおー、獏復活」

「ふ、切り替えの早さも取り柄なもんで」

「そう言えば獏は先輩の事好きだったな」

「卒業までに絶対告る」

「頑張れ次代の勇者バク」


 憧れの先輩と話せた事は良い切っ掛けになった。

 結局は昨日と同じ思考回路で獏は元気を取り戻す。

 夢は夢なのだ。何時までも考えるのは馬鹿らしい。


 おちょくる二人のノリに合わせつつ、鞄の中を覗き込んだ獏はぽかんと口を開ける。


「あ」

「「どうした?」」


 思わずといった調子で零れた声に二人は振り向く。

 すっかり戻ったはずの血色が何故だか再び悪くなっているような気がする。二人の視線を集めて、彼は呆然と言った。


「弁当忘れてる……」



◆ ◆ ◆



「信じらんない! 私が早起きして作ってあげたのに!」

「だから悪かったって。もう忘れんから」

「お兄ちゃんの夜ご飯それだけね」

「ごめんなさい茜様お許しください」


 冷え切った弁当は夕飯と一緒に頂くつもりではあったが、それだけというのは少しばかり厳しい。

 深々と頭を下げて許しを請う。最終的にこれから一週間風呂掃除、洗濯などの家事を全て獏がやるという事で決着がついた。たった一度弁当を忘れただけで酷い罰だと愚痴をこぼす。


 ちなみに余談だが、獏は料理が壊滅的だ。一度茜の誕生日にサプライズで料理を披露したのだが、出来上がったのはダークマターだった。シチューを作ろうとした筈なのに、どうしてああなったのか今でも獏は分からない。残す訳にも行かず、注がれた料理を食べながら涙ながらに「二度と料理を作らないで! それが何よりのプレゼントだから」と言われ深く反省し、以来台所に獏が立つ事は無い。


「そう言えば昨日早く寝ちゃったけど、今日ドラマ見る?」

「良いのか? 見たい番組とかあるんじゃねえの」

「んー、別にないから良いよ。私ももっかい見たいし」

「なら見るか」

「だね」


 にかっと歯を見せて笑う茜に笑い返す。

 よく友人たちには仲の良い兄妹だと言われるが、そうなるのも仕方が無い事だと思う。

 母が数年前に病気で他界し、二人を養うために父は別の県へと転勤。二人は母と暮らした家から離れる事を嫌がり、以来ずっと二人で暮らしてきた。


 夏休みや冬休みなどの長期休暇の間は父の元へ遊びに行くが、それ以外はもう何年も二人で助け合って生きているのだ。仲が悪かったら生きてけない。


「じゃあ俺風呂洗ってくるよ」

「面倒だからって足でやんないでよ」

「やった事あるか? それ」


 大方何時もは交代制でやる風呂掃除を、これから一週間やる事になり面倒くさがってサボるのではという心配から来た言葉なのだろうが、風呂には獏だって入る。そもそもサボるにしたって初日からサボるのは無い。「余計な心配せずに上手い飯を作ってくれよ」と言えば、茜は「それこそ余計な心配だ」と鼻で笑った。


 二人は少しの間だけ視線を合わせ、同時に声を出して笑った。

 どちらにとっても余計なお世話で要らぬ心配だと分かったからだ。


 互いにテキパキと家事を熟し、時計の針が九時を回った頃、温めたココアを用意して二人は揃ってソファに腰を沈めた。

 

 ペラペラと時に感想を交わしながら、流れるドラマを楽しむ。

 何もかも終わらせた後の、この時間が獏は好きだった。

 深夜だろうと、ドラマやアニメに夢中になっている時は時間も眠気も何もかも忘れていた。

 今までであれば。


「……」


 またこれだ。ぐいっと獏は瞼を擦る。昨日と同じ、抗い難い強烈な眠気がどこからともなく襲い来る。


「お兄ちゃん眠そうだね」

「ん、ああ」

「何か疲れてるの? 大丈夫?」

「大丈夫だよ、全然」


 余り大丈夫とは言えない眠気だが、心配させないよう獏はそういった。

 これほどまでに強力な眠気に、獏は少し心当たりがある。

 つまりはあの悪夢だ。悪夢を見たから疲れて、眠りが浅くなり、こうまで眠気を催しているのではないだろうか?


 そこまで考え、獏は脳裏を過った悪夢を振り捨てる様に頭を左右に振った。

 流石に三日連続であの悪夢を見るなんて事は無い筈だ。それに今日は学校で良い事もあった。きっと良い夢が見れる。


 楽し気なドラマの映像を、重たい瞼を持ち上げて目に焼き付ける。少しでもいい夢を見る為の準備という奴だ。

 襲い掛かってくる睡魔に全力で抗ったが、それでも限界は早く訪れる。

 時計の針が十一時を回る。既に獏の意識は半分落ちていた。こっくりと頭が船をこぐ。


「お兄ちゃん、もう寝なよ。ドラマの内容、頭に入ってないでしょ」

「あー……、そうする……」


 もう無理だ。獏は限界を悟った。茜の言う通りドラマの内容はこれっぽちも頭に入って来やしない。これ以上抗っても無駄だろう。

 ぼそぼそと「おやすみ」と声を掛ける。返事が返って来たかは定かではない。獏には聞こえなかった。


 ふらつく足でベッドまでたどり着くと、そのまま彼は布団の上へと倒れこむ。

 柔らかな感覚が身体を受け止めた時には、既に彼の意識は深い夢の世界へと旅立っていた。



◆ ◆ ◆



「……」


 無言で周囲を見渡す。

 一面に広がる白銀の世界に、重たい息が零れ落ちる。


「なんなんだよ、もう……」


 これで通算三度目。

 三度訪れた悪夢の世界に、獏は深く項垂れた。


 もう訳が分からない。

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