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私の心霊体験記

作者: カピバラ子

そう強くないが私にはある程度霊感がある。六十年近い人生で、霊体験も何度か経験してきた。あまり社交的な人間ではないので、家族や身内以外に自分が体験した不思議な出来事や怖い体験を殆ど話すことはなかったが、それでも話したいという思いは今まで大いに抱いてきた。そして今、ずっと胸につかえていたものを吐き出すように私が体験した内容を語ろうと思う。

私には全く霊感などないと信じていた若い頃、私は初めて怖い体験をした。幼い子供を抱えて昼間の仕事が出来なかった私は、新聞配達を選び朝早く町外れまで新聞を運ぶ仕事に就いた。町外れのその地区は山あり川ありお墓ありの道にぽつんぽつんと家があるような寂しい地区で、それこそ車のライトを消したら真っ暗になってしまう場所だった。そこで私はお墓で人の形をしたものが暗闇に浮かぶのを目にし、又別の日には嘗て酷い事故があり人が亡くなってしまった道路の方から叫び声のようなものを聞いたのである。その時は暴走族でも騒いでいるのかと思ったが、それらしきライトは一度も目にすることなく車やバイクは全く通らなかったのをしっかり覚えている。だがそれでも、私はあまり深く考えずに仕事を続けた。現実にその出来事にはそれほど恐怖は感じなかったのだ。鈍感というより霊はいるのだろうが自分には関係ない、気にしないという気持ちだった。然しそんな私でも、三度目に体験したその出来事には心の底から恐怖を感じたのを覚えている。

その朝仕事を終えて町に戻る途中のこと、時速六十キロ近いスピードで走る私の車をぴったりつけてくる何かの気配をその時私は感じた。勿論そんなスピードで走る車についてくるなど、それは生きたものが出来る行動の筈がない。だが、運転する私の右側に気配はぴったりついて離れない。右を向いては駄目‥右を見たら駄目‥いつしか私は自分に言い聞かせ、震える手で必死にハンドルを握っていた。すると一向にそちらを向こうとしない私にしびれを切らしたのか、気配が一気に近づいてくるのが感じられた。そして今にも近づくかといった時、私ははっとして我に返り右を向いた。すると一瞬にして気配は無くなり元の静寂な暗闇が戻っていた。後で姉にこの体験を話すと心配してお守りを送ってきてくれたのだが、今でもあの気配は確実に存在していたやはり霊ではなかったかと思う。現実に見たり聞いたりした訳でもないそのものの気配だけ感じたこの体験が、一連の出来事の中で最も恐ろしかったのは何とも不思議なことだが今でも忘れられない体験である。と‥怖い話はここまででその後体験した不思議な出来事は全て身内の御霊と触れあったと思える内容で、不思議としか言い様のない体験だが、怖さなど微塵も感じない寧ろ懐かしく嬉しく思えてしまうような内容だった。

それでも私の前に現れた亡き父は、最初は間違いなく怒っていた。それは母と大喧嘩して母を大いに困らせていた時だった。怒りに任せとことん反発する私に手を焼いていた母が用事で出掛け、私は久し振りに実家で一人留守番をしていた。すると急に家の中の様子が一変するのがわかった。空気がひんやりしたかと思うと隣の仏間から間違いなく亡き父の咳払いが聞こえてきたのだ。障子は閉めていたが、もし開けていたらそこに亡き父の姿を見ることができたのではないかと思う。優しかった父大好きな父だったが、この時の父は間違いなく母と喧嘩して母を困らせる私を叱る為に出てきたのではないかと私はそう感じた。その時私は、空気が変わるという現象を初めて体感した。空気がひんやりすると共に何もない空間に色がついて見えるのだ。更にその空間に雨のような斜線が浮かぶのを確かに目にした。父との再開はその時が初めてだったが、その後思いがけない形で私は父の思いに触れることになる。思えば父の最期を看取ることが出来なかっただけに、私の悔恨の情は長く私の心から消えることはなかった。今は父に出来なかった親孝行を母にしっかりしなければと自覚している。それでも日々の生活は様々な思いに更ける間もないほど、多忙な毎日が続いた。そして夫の定年に伴い地元に戻り、数年経った頃だった。ある日私は少し年下の従兄弟が倒れて救急車で病院に運ばれたことを母から知らされた。彼は大きな農家の後継ぎで、家が近かったせいで幼い頃はよく一緒に遊んだが、大人になってからは私が結婚で地元を離れた為疎遠になっていた。彼には恋人らしき女性はいたそうだが、やはり農家に嫁ぐことにプレッシャーを感じたのか結婚にまでは至らず四十代後半でまだ独身だった。その従兄弟が何故‥病院の集中治療室で意識もなく横たわる彼の姿を見ても私は絶対持ち直してくれる、助かってくれると信じて疑わなかった。事実回復の兆候がみられると母から聞いて安心していたのだ。だが突然息を引き取ったとの知らせが入り私は愕然とした。お通夜や葬儀の際は何とか気を張っていた私だが、やはりショックで帰り道一人でハンドルを握りながら涙が止まらなかったのを覚えている。そして葬儀から帰宅した翌日の早朝私は不思議な体験をしたのだった。

明け方そろそろ起きようかなと思っていた時だった。私はふと自分の寝ている場所の左側に何かの気配を感じた。然し私は閉まっている障子のすぐ脇で寝ているので、左側に人が入れる隙間などなく子供たちも私の右側に寝ていて、その気配が子供たちの筈はなかった。

(あれ、何だろう‥おかしいな?)とそう思った瞬間、いきなり私の左の耳元で何か聞き取れないが囁くような声が聞こえた。何と言っていたのかはわからない。だが確かに何者かの声だった。今思い返しても確信はない、然しあれは従兄弟が私に別れを告げに来たのではないかとそう思えてならないのだ。私は魂の存在を信じている。だから亡くなった人の思いを他の人より敏感に捉えてしまうのかもしれないが、それでもその死を嘆き悲しんだ大切な肉親の思いを感じ取ることが出来たのであれば、私は本望だと思っている。血縁という言葉にどれだけの意味があるのだろうか‥私は伯母の葬儀の際にも、お坊さんの声に混じって確かに女性の声を耳にしている。余りにも普通に聞こえたのであれ?誰かお経が読める女の人が一緒に唱えているのかなと思ったぐらいだが、葬儀の席でそのようなことが起きる筈もなく、あれはやはり亡くなった伯母の声だったのではないかと思った。母は母で棺の中の姉に別れを告げる時、微笑んでいるのをはっきり見たという。

更にこういう体験もした。夫の両親とは身内になるが私とは血の繋がりはない。義理の父は長男が生まれる一月ほど前に病気で亡くなったのだが、義父が太平洋戦争を戦い抜いた元パイロットであったことは私は夫から聞いて知っていた。そしてその義父を思い起こさせるような不思議な出来事を私は数年前に自宅で体験したのだった。

永遠の零という映画をご存知だろうか?主人公は零戦のパイロットでラストは特攻機で米軍の艦船に突入していくのだが、そのテレビ番を自宅で見ていた時だった。主人公の零戦が撃ち落とされて沈んでいく、見ていても息苦しくなるようなシーンに私は余程チャンネルを変えようかと思ったが、日本人なら見なければいけないような思いに駈られ、そのまま一人で見ていた。すると不意に私の背後に人の気配を感じた。それは何度も体験したあの不思議な感覚で、私は直感的に背後に誰かいると感じた。勿論部屋にいたのは私一人で、現実には誰もいないのだが、何度もそんな体験をしてきた私だからこそ確信出来る気配だった。気配だけなら気のせいだと言われるかもしれない。然しその時テレビ画面に何かの影が映り、それが確かに動いたのを私は見たのだ。つまり私の背後に何かがいたことになる。誓って言うが、そのようなものは何もなかったことを私は断言する。その時私の頭に浮かんだのは、亡くなった義父のことだった。義父が戦時中飛行機乗りだったことは知っていたが、特攻隊と関係あるのだろうか‥私は帰宅した夫にそれとなく尋ねてみた。すると正しく彼は終戦間際まだ二十歳そこそこで特攻隊のパイロットの教官をしていて、生前酒が入るとよくみんなを死なせて自分だけ生き残ってしまったと涙ながらに愚痴っていたという。そんな義父の思いを私はあの時感じ取ってしまったのではないか‥私にはそう思えてならない。

そして最後に語るのは、以前「大地の記憶」の後書きでも触れたあの体験‥熊本地震が起きるほんの数日前に体験したあの不思議な出来事である。あの時‥何でもない日常の一瞬がいきなり恐怖に包まれた。私の頭に突然激しい揺れに襲われ恐怖に顔を歪める自分の姿が一瞬だがはっきり浮かんだのだ。だが私はその時は思わずそんな自分を否定した。そしてそんな怖いことを考えた自分に怒りすら感じた。何でこんな怖いことを考えるんだろう、熊本で大地震なんか起きるわけないのにと‥事実ほんの一瞬だが、私はかなりの恐怖を感じたのを覚えている。だがその数日後、その時の自分の姿は現実のものとなった。今となっては証拠はない、だから断言しても説得力はないだろう。然しあの一瞬は以前父の霊に障子越しに叱られたあの時の感覚ととてもよく似ているのだ。父が私にこれから大災害が起きることを何とかして伝えようとしてくれたのではないか‥それを私は受け止めることが出来たのだ‥今私はそう堅く信じている。

私の体験について長々と語ってきたが、最後に言いたいのは霊は確かに存在するが必ずしも必要以上に怯えるべきではないということだ。よくふざけて心霊スポットに行く人がいるがそれは確かに非難される行為だと思う。だが私が最初に書いた体験のように、どうしても関わらざるを得ない状況になった時、そういうものがいても自分には関係ないと強い意志を持って突き放す態度も必要なのではないかと私は思うのだ。生きている人にはその人の生活があり守るべき大切な家族がいる。自分の人生は自分のもの、着実に懸命に生きている限り人は自信を持って進むべきで、その上で亡くなった大切な人々の思いにも心を馳せて決して忘れないという最高の供養を続けていくことが大切だと私は心からそう思う。(了)


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[良い点] 私も似たような経験をしたので、興味深く拝読しました。 [気になる点] 文章が書き連なっている為、読み難かったです。各エピソードが終わるたびに段落を替えて一行スペースを空けて次の話の方が読み…
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