第七話 初衝突 その①
「ふう――」
第17偵察隊隷下の第3偵察小隊を率いる徳井陸三尉は額に溜まっていた汗を袖でぬぐい取り取りながら息を大きく吐いた。
渡河を完了した偵察隊はそのまま北上し、アマハラクサ川に近い位置に存在する三つの大街道が交わる分かれ道、交差点――地元住民からはラソイ交差点と呼ばれる位置に布陣した。大街道が深い森を三分割するかのように作られたためか、この交差点の周囲には大きな森が存在している。
その辺りの情報を集めると共に、本隊――第52普通科連隊がここに布陣するまでは自らの存在を利用して一揆勢の背後を脅かすのが任務であった。その任務の特性から目の上のたん瘤である自らの排除しようと目論む一揆勢の攻撃に備えて、簡易陣地の設営を行っていた。
「やっと、終わった。車両を隠すのも本当に一苦労するな」
徳井三尉の目の前には渡河する際に乗り込んでいたBMP-2歩兵戦闘車があった。全体にカモフラージュネットが被せられてその上には草や枝が乗せられ茂みとして偽装されていた。
この車両だけではなくカモフラージュは全ての車両、掘られた塹壕、迫撃砲陣地にも施されていた。苦労して努力を重ねたことで上手く効果が現れているか徳井三尉はとても不安だった。
「只今戻りました」
「高畑一士、どうだ?」
効果の確認を行っていた高畑陸一士に舐められないよう平静さを装った声で徳井三尉が問いかけてみると、微かな笑みを浮かべて即座に返ってきた。
「隠ぺいはばっちりです。上手く樹と茂みの陰と交わって見えなくなっていました」
「ふむ。向こうに布陣した小隊は上手くやっているかな?」
徳井三尉は視線の先を味方である第2偵察小隊が配備されている森に向ける。自分たちが布陣している森と同じく木と茂みがうっそうと生い茂っていたが、息を潜めている味方の姿は見えない。
本隊の動きはどうなっているのだろうか? と気持ちにゆとりができたことで湧いて出た疑問に徳井三尉は考え込んでいるとそれについての報告が届いた。
「小隊長、第52普通科連隊の先遣隊が渡河を完了したようです。次に本隊が渡河を開始し終了時刻は一〇:三四を予定」
「三時間半ぐらいか……」
到着するまで偵察隊単独で持ちこたえなければならない。その現実に徳井三尉の脳裏に強い緊張が奔った。まあ無限に死守しろと言われていないだけマシだと自分を言い聞かせる。
(いよいよ衝突か……あの戦いからだいぶ時が経ちそれなりに平和が続いたウォルク地方にいる大半の陸士は大規模な実戦の経験がないものが多い。相手が少し前まではただの農民であった一揆勢とは言え完璧に立ち回れるだろうか?)
統一戦から約二〇年も経った。決して平和であったと言い難いが大規模な戦闘が発生していなかった。こんなに時が経ってしまえば実戦での立ち回りを骨の髄から知っている陸士が退職や出世、配属が変わったことでほぼいなくなるのは当然であった。
相手は、宗教的熱気によって欲望を丸出しにして暴れている連中だ。自分も含めてこの戦いが初陣である自衛官たちは狂気に呑まれないだろうか、など不安の種は尽きない。
「おや。時間だ」
気を紛らわせるために腕時計を見ると、徳井三尉はあることに気づく。
砲声が聞こえてきた。一発だけではなく複数も。第17特科隊所属で装甲列車を始めとする軍用列車の一種である火力支援列車『八咫烏』によるものだ。
敵は未だ来ていない。自衛隊がラソイ交差点にいるぞと一揆勢に露呈させるだけの行為だ。
この意味のない砲撃は自衛隊の一揆勢に対する宣戦布告であった。
◇
砲声の一件はただちにミッドイーナを包囲していた一揆勢本陣に伝えられた。
「何、砲声だと!?」
「はい。ラ―トウィンに詰めている監視兵からラソイ交差点辺りから今まで聞いたことのない大きな砲声が五、六発聞こえてきたということです。気になったので斥候を出してみると白旗に赤い丸が描かれている旗が掲げられているのを確認し、攻撃を受けて命からがら帰還したようです」
「赤い丸……二ホンの奴らだ。ついにこの戦に介入してきたか。夜の闇に紛れてアマハラクサ川を渡ったのかな? まあこんなことはどうでもいい。よりにもよって嫌らしいところに布陣してきたな。どうする? 街道が断たれてしまったぞ」
「一つしかない。奴らを排除する。兵を差し向けろ!!」
「しかし、我々は二ホンに対する備えはしていないぞ。する余裕もなかった」
「参戦してきた以上は戦うしかない。それしかない」
「ミッドイーナの包囲網が薄まりますがよろしいのでしょうか?」
「豚貴族の軍勢は死に体だ。反撃する余力はない。それに二ホンの動きに呼応している様子が見えない。上手く連携ができていないのか元々互いに連携を取る気がないのか分からないが……これは一つの機会だ。各個撃破する」
◇
一時間後、第3偵察中隊は五〇〇を越える一揆勢と睨み合っていた。
ラソイ交差点に布陣した中隊規模の偵察隊に、西から連隊規模と北から大隊規模の一揆勢が攻め込んできた。周囲から攻撃され一八〇対四〇〇〇の戦い。数で見れば自衛隊側に勝ち目など一寸もない。
この攻撃に参加した部隊の指揮を行っていた一揆勢の指揮官たちは勝ちを確信していたと戦後証言していたことから、これだけの兵力を動員したのだから例えウォルク地方に名を轟かせた自衛隊は敵わないだろうと思っていたのが窺える。
その自信は一揆勢が何も策を取らずにただがむしゃらに突っ込んできたことからも現れていた。
「これは堂々と突っ込んできたな」
位置を探るために撃ってくる一揆勢に徳井三尉は呆れて呟く。
「連中舐めていますよ。もう勝ったと思い込んでいる動きですよ」
「では、教育してやるか。総員、構え!! 敵の先頭に全火力をぶち込め」
一揆勢を可能な限り引き寄せ、相手の顔が分かる位の距離に達した瞬間――――。
「よし。殺れ!!」
火が噴いた。
普通科隊員のなかで小銃手が装備している日本本土の町工場製のAK-74J、サイガ12。機銃手が両手で握っているPKS汎用機関銃やウェポ製のヒトラーの電動のこぎりと似た形状をしているクルス-14。BMP-2歩兵戦闘車とBTR-80装甲兵員輸送車に搭載されているPKT機関銃からなる火箭が一揆勢の先頭に襲いかかる。
「腕が、腕がぁ」
火箭は一揆勢の体の一部を切り、抉り、吹き飛ばす。将棋倒しのように次々となぎ倒す。
「見えない。敵がどこにいるか分からない」
「まるで森そのものを相手にしているようだ……」
カモフラージュによりどこにいるのか分からないまま一方的に攻撃を受け続ける。だが一揆勢は突撃するのを諦めない。
「逃走せずに向かってきます!!」
「支援車両、迫撃砲に阻止攻撃を要請しろ」
その要請に後方にある迫撃砲陣地にて今まで待機していた2S23“ノーナ-SVK”自走迫撃砲の120mm迫撃砲と81mm迫撃砲が迫撃砲弾榴弾を発射する。
迫撃砲弾は一揆勢の頭上で炸裂。破片と衝撃波が一揆勢を殺傷する。傷ついた多くが地面に横たわる。
ところがそれでも一揆勢は折れない。
「小銃手一名負傷。顔に銃弾が命中し重傷です」
「しぶといな。ゾンビのような連中だ……」
ついに出た負傷者に受けた衝撃と引き下がらない一揆勢に対する苛立ちが徳井三尉の心の中で複雑に絡み合う。それでも思考をするのを止めない。矢継ぎ早に指示を下す。
「やむをえん。各隊に伝達、只今を持って各車両の擬装を解除。前に出て敵を蹴散らせ」
「それと、航空科と空自に航空支援を要請!!」
カモフラージュを解除したBRDM-2偵察戦闘車とBMP-2歩兵戦闘車とBTR-80装甲兵員輸送車が前進を開始。前にいる歩兵を轢いて踏みつぶし、搭載している火器は片っ端から撃ちまくって一揆勢を蹂躙する。
「鉄の塊が突っ込んでくるぞ!!」
「こ、こ、殺される」
狂ったように一揆勢はBRDM-2偵察戦闘車とBMP-2歩兵戦闘車とBTR-80装甲兵員輸送車に銃撃を加えるが、装甲という鎧を着ているそれらに何ら効き目はない。
ある一揆勢が、火を噴く矢、自衛隊側からはRPGもどきと呼ばれている対戦車榴弾発射器の引き金を引く。
発射された弾頭はBTR-80装甲兵員輸送車の右側面に命中するが……何ら効果はなく無傷であった。
余談であるが一揆勢は、対装甲車両用の成形炸薬弾は購入しておらず対非装甲車両や対人用の榴弾しか購入していなかったことが明らかとなっている。一揆勢がRPGを保有しているという確実な情報を手にし、両方の弾頭を保有していると想定し車両に施した成形炸薬弾対策は特にする必要はなかったことになる。ただ、増加装甲や追加装甲によって一揆勢に対する威嚇が高まったなど決して無駄ではなかった。
蹂躙している間に、聞き覚えのある音が徳井三尉の耳に入った。
「来たか、先陣が」
航空機が出す爆音ではなく。猛獣の唸り声であった。
「ワイバーン」
「それに……サラマンダー」
前線の上空に駆けつけたのはワイバーンとサラマンダーを操る龍騎兵であった。統一戦において自衛隊が保有する兵器の圧倒的な威力を前に戦士階級最高位という地位は失墜してしまったが、天然攻撃ヘリと呼ばれる程の攻撃ヘリと似た特性を持ち主力であったために数がそれなりに揃っていたことが注目されて敵であった自衛隊で高コストな攻撃ヘリの代用として主にウォルク地方や対モンスター作戦で運用されていた。
また、平和が続いたことや日本に勝つことができなかったことで必要性と権威が低下したことにより困窮した生活を送っている戦士階級の失業対策の一環であった。陸上自衛隊に所属する龍騎兵の三分の二はウォルク人であった。
駆けつけた龍騎兵の編隊はただちに攻撃に入る。狙われたのは集団のど真ん中であった。
体当たりを敢行し全身の骨を砕き、翼で体を真っ二つにしたり、牙で噛み砕いたり、炎で焼いたりするなど次々と殺傷していく。
一揆勢に動揺が広がり始める。恐れられているドラゴンが自分たちの目の前に現れたのだからだ。逃げるものが出た。始めは段々と次第に急速になっていく。
ドラゴンとは違う音が聞こえ始めた。この音が大きくなるにつれて龍騎兵が引きあげていく。聞いたことのないそれは一揆勢に恐怖を与える。
「今度は何だ!?」
龍騎兵の次に一揆勢の頭上に現れたのは――――機体を推進させる役割を持つプロペラが単発、双発とある航空機の群れであった。単発はA-1攻撃機、双発でA-2攻撃機と呼ばれ、戦乱時唯一武器を製造・生産することができた武器庫都市ウェポが開発し製造していた機体を、この都市を支配下に置いた日本が接収し自衛隊が運用可能なよう改良を施された軽攻撃機だ。両機に搭載されているターボプロップエンジンが威嚇するかのように咆哮している。
それらは陸自が設営した前線航空基地にて待機しており、前線の支援要請を受けて前線に駆けつけた航空自衛隊第1対地支援団所属のA-1攻撃隊三機とA-2攻撃隊四機で構成される攻撃隊であった。
「鉄の塊が飛んでいる……」
茫然とした声が出る。中央部、東部、北部、南部とは違い西部に住む大半(主に百姓)のウォルク人は列車や船は見たことはあっても飛行機は見たことはない。始めて見た航空機の姿に驚愕するのは当然であった。
感傷に浸る間を与えないと言わんばかりに編隊は次々と降下を開始。主翼下と胴体下部に搭載していた爆弾、ロケット弾、デイジーカッターを投下させ一揆勢を薙ぎ払っていく。全て兵装の投下をし終えた機体は20ミリ機関砲による機銃掃討を敢行する。
空からの攻撃に、対空機関砲を搭載したテクニカルなど対空兵器を保有していない一揆勢はなす術なかった。統一に貢献した兵器の一つと呼ばれているこれらの攻撃機は伊達ではないのだ。脅威がないので縦横無尽に暴れまくる。どうにかするには軍用機にとって厄介な脅威である地対空ミサイルを持ってくるしかない。
「逃げろ。こんな連中と戦っていられるか!!」
ついに折れたのか一揆勢全体が敗走を始めた。
空自による対地攻撃、機銃掃討によって一揆勢は完全に崩れ去ってしまった。生き残りは元来た場所に後退しようとするが、川の向こう岸に先回りされていた火力支援列車『八咫烏』の搭載武装である105mm砲二門、120mm砲二門、173mm砲一門、38cmロケット臼砲が一斉に火を噴いた。砲撃の嵐が生き残りの体と精神をズタズタにしていく。
結果、攻撃を加えた一揆勢は三分の一しか帰らなかった。目的であった第17偵察隊の排除に失敗し惨敗してしまった。その後は第17旅団隷下の鉄道部隊を除いた全部隊の渡河し街道封鎖を盤石となるのをただ見ているしかなかった。
しかし、一揆勢にはそんなことをしている余裕はなかった。一揆勢はさらなる一手を打つ暇を与えずに自衛隊は次々と手を打ってきたからだ。
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