第六話 開始
一三日の夜。太陽は既に沈み暗闇と沈黙が支配し始めたとき、ミッドイーナ防衛の総指揮を任されていたジョルジュ・オーウェンに部下の一人から報告が届けられた。
「報告、敵を撃退しました。打撃を受けたのか夜が近いのか再び攻撃をかけてくる様子はありません」
「そうか。機関銃はどうだ?」
「機関銃とやらは威力が絶大です。しかしその反面、弾薬の消耗が予想以上に激しいです。今回と同じ頻度で攻撃が続けられれば三日も持ちません」
「ふむ。ご苦労だった……下がっていいぞ」
オーウェンは考え込む。
(前の勝利で一揆どもの士気はとてつもなく高くなっていた。失敗したことで少し下がっていれば良いが……いや無理か)
領主勢は同じ教徒さえも徹底的に攻撃したのだから自分たちはどうなるか分かったものではないと考え必死なって抵抗してくるよう思えた。元々覚悟していたと思うが、一揆勢は領主を倒さない限り未来はないと自覚させるまで領主勢は反撃の際に一揆勢を徹底的に追い詰めたのだ。
連中の立場となって考えればすぐに分かることである。
一揆を起こしたものを分け隔てなく徹底的に叩き潰せ。連中の拠点であったところはきれいさっぱり元に戻せと指示を下した領主の姿を思い浮かぶと、自然とため息が出た。自分の管轄外であるが、その行為によって評判は地に落ちてしまった。領外に移住したミッドイーナ出身者は今ごろ肩身の狭い思いをしているだろう。
気が進まないが、領主様に報告しなければならない。そのためにオーウェンは立ちあがった。
「領主様は?」
「礼拝堂にいます」
領主がいる部屋の前にいた兵卒の問い掛けると、そっけない口調でこんな答えが返っていた。
神に祈りを捧げているのだろう――兵卒の言葉にそう思う。
こんなときにご熱心なことだ。前の戦いのときも余計なことをしないであそこに籠っていれば良かったのにと密かに毒ついてしまう。
しばらく歩いていると礼拝堂に着く。オーウェンは静かにこのなかに入った。
厳かな雰囲気を醸し出しているこの場は、外で行われている戦など関係ないと言わんばかりに静まり返っていた。イッシーナ教の象徴する紋章が壁に張りつけられ、装飾と床などの室内の作りは中央部にある長い歴史を持つ教会らに匹敵する豪華さを持っていた。そりゃそうだ。領民から巻き上げた金と物資の三分の一を回して作ったのだから。
領主のオリオンは、うずくまって両手を握って祈っていた。オーウェンは彼が熱心な信者、巻き上げた領民の資産も自分の贅沢のために消費したことはないことは評価していた。あくまでも私人の範囲であった。領主としては無能なのは変わりはない。
「オーウェンか?」
自分に気づいたオリオンに、オーウェンは静かに深々と頭を下げる。
「はい。ミッドイーナの防衛の指揮を任された竜騎士のオーウェンです」
「何のようだ?」
「先ほど一揆勢の攻撃を撃退致しました」
「そうか……祈りが通じたようだな」
元々現実的な考えを持っているオーウェンは、信仰に逃避……もしくは依存している領主の姿に、撃退できたのは現場で戦っている将兵と強制的に動員された住民のお蔭だと内心で罵る。
「ですが、先の戦いの影響で弾薬は残りわずかです。食料もあまりないので長くは籠城できません」
「……」
絶対権力者が自分を睨んでいるのに気づいたオーウェンは内心では慌てて表面では静かに謝罪を行う。
「申し訳ございません。余計なことを申しました」
「下がれ」
オリオンは冷たい声で言う。二ホンに救援要請をするべきでは? と諫言するつもりであったがそう言われると引き下がるしかない。この状況でご不興を買われたら物理的に首が飛ぶことになるからだ。自分は歴史に名を残している賢臣ではなく自分と家族の保身を第一とする凡人と自称している彼には避けたいことであった。
再び頭を下げてこの場から離れる。オリオンもまた信仰の海に沈んでいった。
廊下に出たオーウェンは礼拝堂での領主の姿を思い出して一人心地となる。
(こりゃもう駄目だ。半ば思考を放棄して信仰に逃避している……)
人の上に立つものがこの有り様では勝てる戦も勝てない。負けるのが目に見えている戦ならなおさらだ。
(今の状況を打開するには日本の救援が必要だ。奴らも一揆勢がミッドイーナを制圧されるのを、指を咥えて眺めている程に甘い連中ではない筈だ)
ただオーウェンには懸念材料があった。二ホンは我ら領主勢を信用に値するものと見ているかどうかだ? 元々信頼されていないのは理解しているが、今の領主勢の内情は諜報とかで既に掴んでいると想定すると信用もされていないだろう。そうなると二ホンがどんな行動をするか予測がつかない。
あくまでも自分の想像である。しかし幾度も命を救ってくれた勘がささやくのだ。もう領主勢に付いていても何もメリットがないと。
(底に穴が空いた船にずっと乗り続けられないな。熱心な信者ではないし、あの使徒気取りと違って親と妻、ガキ五人の人生を背負っているんだ。俺は殉教するつもりはないよ、領主様。悪いけど保身を図らせて貰うよ)
元の部屋に戻ったオーウェンは騎士失格だなと思いながら何かを書き始める。それを書き終えると、籠になかに入っているフクロウを見つめた。
早朝。領主はある決断をしたことをオーウェンの耳に入った。そのお粗末な内容に嘆息することになる。
◇
一四日早朝。出勤した初月都督は不愉快な報告を耳に入れる羽目となった。
「やっとミッドイーナ領主から救援要請が届いたと思えば……ふざけるな!!」
初月都督は癇癪を爆発させた。その報告を届けた冬月補佐官は普段の初月都督ならば発しないであろう荒げた声と暴言の嵐を興味深く観察していた。黙っていればいずれ収まる嵐なのだ、藪蛇とならぬよう下手に口を挟まないようにしていたこともあるのだが。
「神のお告げが来たので反乱鎮圧のための救援を寄こせ。もっともらしい救援理由を考えろ!! ウォルク地方都督は破門をちらつかせられると従うしかなかった中世ヨーロッパの皇帝や国王ではないぞ。散々提案を蹴っておいて最悪まで追い詰められてやっと出たのはこれか!!」
それに冬月補佐官も同じ思いであったからだ。神の威光には誰にも逆らえないという時代は既に終わっているのだ。そんな思考をする人間がまだ残っていたとは、同じウォルク人として恥ずかしい思いであった。
言いたいことを言い終えたのか初月都督は息を荒く吐いた。顔には冷静の色が浮かび始めていた。
「……落ち着かれましたか?」
「取りあえず。相変わらず気分は不愉快であるが」
口元を歪めている初月都督に、冬月補佐官はある報告書を差し出した。
「次にこれを。光学12号が捉えた画像を基にして出した石高の報告書です」
「呆れたな。実際の三倍を申告していないのか。一揆の要因になる筈だ」
もうかける言葉もないと言わんばかりの表情を初月都督は浮かべる。
「ミッドイーナ領主の“犯罪”は明らかです。いかがなさいます?」
「決まっている。領主勢が信用すらできない状態だ……木村君に通達、ハ2号作戦を始動。自衛隊単独でこのバカ騒ぎを落ち着かせる」
「了解しました」
「それと、領主勢から内通者が出ました」
「何、本当か? 誰だ?」
本当ならばいい機会だなと初月都督は呟いた。
◇
ミッドイーナ辺境伯領と南部の境目はアマハラクサ川であった。南部側には扶桑からの大陸大鉄道が存在している。そこのとある位置、ウォルク地方を含め大陸に派遣されている自衛隊部隊を総轄している大陸方面総軍司令部からはポイントαと呼ばれているこの場には、装甲列車『扶桑』が停車していた。この列車には陸上自衛隊第17旅団司令部が置かれており、転移以後の動乱により小隊規模から中隊規模についでに装備も強化され一般人がイメージする偵察部隊となった第17偵察隊が乗車していた。
その司令部では、『赤い旅団』の別名を持ち『列車機動部隊』と名高い第17旅団の総指揮を任されている柊木陸将補は招集された隷下にある各兵科の長たちに告げた。
「総軍司令部からハ2号作戦が始動したと通達が来た。只今より作戦に則り我が偵察中隊は第17旅団の先陣としてミッドイーナ領内に密かに潜入する。一揆勢と領主勢に悟られぬように慎重に渡河せよ」
その指示に受けて各部隊は最終確認を行う。
今日の夜、自衛隊員たちの姿が隠れる程に夜の闇が濃くなった頃に先遣の先遣という任務を任された第17偵察隊選りすぐりの先遣隊がアマハラクサ川を渡り始めた。水上走行能力を持ったソビエト製の偵察戦闘車BRDM-2がこの先駆けとして川の水をかき分け、その後に普通科隊員を乗せたBMP-2歩兵戦闘車とBTR-80装甲兵員輸送車、平時は特科に所属している2S23“ノーナSVK”自走迫撃砲が続く。
「ついに始まりましたね。いささか過剰だと思いますが」
副官の言葉に、柊木陸将補は確かにと密かに思う。偵察小隊に続いて普通科連隊が最終的には第17旅団隷下の全部隊がこのポイントαがミッドイーナ辺境伯領に潜入いや侵入する手はずだ。それだけではなく各方面の境目にも配備されている。その陣容は過剰戦力といえた。一揆勢を皆殺しにするつもりなのかと思いたくなる。
「馴染みの薄かった西部のウォルク人に日本の強さを伝えるため決して手を抜かないということだ。それに本国政府は本土に配備されている部隊の投入を承認したようだ」
「本当ですか!?」
その言葉に副官は驚愕した。
一〇月一四日、日本は密かにミッドイーナの動乱に介入した。そのことは一揆勢と領主勢は気づいていない。
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