第五話 目と耳
一〇月一三日夕方――――。
ミッドイーナは再び一揆勢に包囲されていた。
一〇日から一一日に行われた合戦で、一揆勢の塹壕と機関銃による強固な陣地と伏兵による側面攻撃によって大打撃を受けた領主側は、本来ならば戦に出ることはない城の衛兵や老人や子供を動員して防戦を懸命に行っていた。
前回の合戦の勝利で士気が高まり勢いのまま攻め込むイッシ教とコグト教信者からなる一揆勢総勢三万四〇〇〇。敗北により精鋭の大半を失い残された物資も少ないがここで負ければ後がない領主勢一万二〇〇〇。計四万六〇〇〇がこの攻城戦に参加していた。
コグト教一揆勢は死んでも天国に行くことができる呪文を唱えながら突撃を仕掛けてくる。策はなくただ 数の暴力で敵を押しつぶす人海戦術。一〇人の後ろには一〇〇人、一〇〇人の後ろには一〇〇〇人――――決して死を恐れない信仰の熱狂に駆られた人たちによる、地を埋め尽くす規模の後には何も残らない蝗の集団の如き恐るべき戦術。
その喊声に、防衛に当たっていた領主勢将兵を戦慄させる。
「ギリギリまで引き寄せろ。弾の残りはあまり多くないからな」
銃を構えて敵が所定の位置に達するまで待つ。敵は撃ってくるが城壁を盾にして耐えて指示が来るまでただ待つだけだ。だがそれが長く感じられる。もしかすると永遠に待たねばならないという錯覚を覚えさせられる。
堀の手前で敵の先頭が一気に転倒する。張った縄に足が引っかかったのだ。巧みに隠して地面と同化させていたので気づいていなかった。
次々とその罠に引っかかる。だが決して止まることはないが勢いは削がれた。
「撃て――――」
総指揮官の指示がリレー式で現場の指揮官たちに伝達され、兵卒たちは両手が握っている小銃と機関銃の引き金を引く。
ミッドイーナ周囲にて小さな雷が落ちた。
小銃と機関銃による銃弾の雨が敵を次々となぎ倒す。身体を射貫き、急所を瞬時に破壊する。水鉄砲の如く勢いよく出る機関銃の雨の直撃を受け頭が吹き飛ばされた者もいる。
銃器の威力の高さに茫然とするしかない。他のところとは違いこの西部では銃器を使用した戦闘はこの戦いが初めてなのだから。
「嘘だろ……こんなに容易く人を殺せるのかよ」
引き金を引いただけで、弾を補充しただけで、指示を下しただけで、簡単に敵が死んでいく。銃器と刃物の決定的な違いに初陣を迎えた兵卒は茫然とするしかない。それに現場の指揮官たちは叱咤して撃たせるようにする。
「呆けているな。指示の通りに手を動かせ!!」
敵もただやられてはいない。銃声とは違う音が鳴り響きその後に機関銃がある箇所に爆音が響く。
「火を噴く矢!! こっちも撃ち返せ」
報復とばかりに、筒のような形状したものを持ち出し何かを後ろから装填する。引き金を引くと後ろから火と煙が噴き出た。
◇
「何とか持ちこたえているな」
遠くから戦場の様子を眺めていた二人のウォルク人の一人がそう呟いた。彼らは商人と彼に雇われた人夫の装いをしているが、実は彼らは陸上自衛隊の現地人潜入工作員だ。戦況を確認するために、彼らのような人間が沢山送り込まれていた。耳が尖っておらず丸まっている日本人だと怪しまれるが、同じウォルク人ならば問題はない。
なお、商人の格好している男は一曹で人夫は三曹であった。
「はい。流石の一揆ばらも深い堀と高い城壁、機関銃の組み合わせの前にはどうにもならないようですね。沢山の死体の山を築くだけです」
「二ホン人がここに訪れる前の過ちを今となって見ることになるとは変な錯覚を覚えてしまうな」
「我々にとって既に通った道ですからね。準備された陣地に突撃する愚を身に持って経験していますからね」
日本と同じく転移したことによる混乱で戦国時代となったウォルク地方に北から連射できる銃など絶大な威力を持つ兵器が伝来したことによる戦術・戦略の変化は激変と言っていい程であり、支配者であった貴族階級の没落と戦場の主役であった戦士階級の衰退を招くなど大きな混乱を招き、おびただしい犠牲を出した。
戦乱を収めた日本が持ち込んだ戦術・戦略と合わさって形成された戦の最先端を知っている二人にとってこの戦は特に見るべきところはない。
「素人同士の戦いだ」と商人の格好をした男がそう断言する。
「犠牲者が沢山でるぞ。とは言え、まさか両陣営に火吹き矢と肩掛け式大砲を保有しているとは思わなかった」
予想外のことではあった。ボルトアクション方式の小銃や水冷式重機関銃や軽機関銃が使用されているのは潜入前に仕入れた情報で知っていたが、まさかそれらも使われているのは衝撃であった。
「“ロケット砲”と“対戦車擲弾発射器”ですよ。俺たちはもう雑兵ではなく立派な自衛隊の兵卒ですよ。彼らの用語に遭わせないと」
「ああ、そうだな。しかし連中それらをどこから入手してきたんだ。科学都市テクノと武器庫都市ウェポは完全に都督府が掌握していて勝手に売ることはない筈だ。それに北の連中の貿易の中継地であった白エルフの都市群は殲滅されていてあそこから流れてくることもない。連中、どこかに新たなルートを作ったのか」
「知りませんよ。それを追求するのは俺たちの役割ではありませんよ」
「だな」
確かにその通りだと言わんばかりの口調で商人の格好した男が答えると後ろから声が聞こえてきた。振り返って見ると、小銃を持った男二人が自分たちに向かって武器を構えていた。
「おい。貴様らここで何をやっている」
不味いことになった。一揆勢の兵士に遭遇することになるとは。怪しまれたら連行されることになる。商人の格好した男が前に出て素早い口調で答える。
「別に俺たちは怪しいもんじゃないですよ。単なる商人です。一揆勢の皆様に食べ物を売るためにここに立ち寄ったら偶然戦を見学することになったのですよ」
(全く口が立つ人だ。さて……)
まるで太鼓持ちのように耳触りの良い言葉をペラペラと喋る上官に、人夫の格好をした男は呆れてしまうが、この場で撃たれるかもしれない状況にも関わらず口が回っていることに潜入を任される筈だと少しばかり尊敬してしまった。
警戒しながらも戦場に視線を向けた彼はふと思う。
(領主勢はこれからどうするつもりだろうか? ミッドイーナ城以外の主要な拠点はほぼ無力化している。今のところは持ちこたえているが先ほどの敗戦で弾薬と食料はまともに残っていないだろう。追い詰められた領主はどんな決断をするだろうか?)
戦場から聞こえてくる音は未だ途切れてはいなかった。
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