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第四話 窺う


「おお、凄い大物ですね」

「はい。立派なクラーケンです」


 初月都督の感想に、都市国家の一つである華夏国の主席である劉法憲はそう返す。

 華夏は台湾への帰属を拒絶した中国人や華人が住み着いている。日本、台湾、韓国など複数の国家が転移に巻き込まれてしまった中国人たちは、爆買いなど観光でそれらの国に訪れていた数十万人、在日中国人など各国に在住していた華僑や華人を合わせて約七〇万人であった。そのなかで約六八万人がこの都市に住みついている。ここ以外にも中国人いや華夏人はウォルク地方各地に住みついている。

 彼らは短期間のうちにウォルク地方に溶け込んでいき気づけばこの地の重要な歯車の一つとなっている。主要産業は農業と農業関連の加工、鉱業、漁場であった。特に最大の収入源であったのはクラーケン、大タコなどの多足類型モンスターから取れるアンモニアを原料にした化学肥料の製造であった。日本を始めとする地球系国家、転移してしまった地球系国家以外の被転移国家群で需要が高いこれの製造と原料の調達を独占している数少ない供給国である日本と華夏は膨大な利益を得ていた。


「これが『上海』ですか? 立派な船だ」

「そうでしょう。『上海』は初めての航海から今まで一七匹のクラーケンを仕留めました」

「凄いですね。船舶の天敵である多足類型モンスターをこんなに沢山……」


 二人の視線の先には、韓国巨済島玉浦造船所にて建造され去年華夏に引き渡された運用されている海棲モンスター捕獲に用いられる船『上海』がいた。また先ほど初月都督が感想を述べた三〇メートル程あるクラーケン一匹を曳航していた。この巨体を浮かばせるために筋肉や体内にある浮き袋にはさぞ大量のアンモニアが含まれているだろう。化学肥料が製造され航行している船舶に対する脅威が低下する――まさに致せりつくせりだ。


「視察した華夏の街並みはどうですか? 都督閣下」

「いかにも発展している街だと感じます。どこも活気に満ち溢れている。劉主席の手腕の賜物ですね。ですが、気がかりが一つ……」

「この話については車内で」

「そうしましょう。どこに耳があるか分かりませんからね」


 互いに目と声を細めた初月都督と劉主席は公用車に戻る。そこで忌憚のない意見を交わし合うためだ。車内には二人しかない。運転手はいるが二人の会話が聞こえないように設計してある。


「ミッドイーナ辺境伯領からの難民は増え続けていますか?」

「ええ。昨日の一〇日には二〇〇〇人を越えました。収まる様子はありません」

「接しているところはどこも同じですか……」


 初月都督はため息をつく。


「全員、イッシーナ教ですか?」

「その通りです。迫害と略奪を恐れて逃れてきたようです。境目に武装警察軍を派遣し封鎖していますが後を絶ちません」

「……あなた方、華夏のミッドイーナの動乱に関する要請は何ですか?」

「このバカ騒ぎの早期鎮圧。二度とこんな騒ぎが起こらないよう馬鹿領主の首を変えてもらいたい」


 新たに起きた面倒事に相当腹が据えかねているのだろう。初月都督のストレートな問いに劉主席はストレートに返してきた。

それに対し初月都督は少し肩身の狭い思いだ。今回の騒ぎは敵対していないから放置という方針で西部にあまり介入してこなかった都督の責任なのだからだ。

北部と南部を安定化させやっとあそこに目を向くことが可能となり、ウォルク地方統治が新たな段階に入ったと思った途端にこの騒ぎだ。初月都督自身も腹が立って仕方がなかった。

 初月都督は二日前から行った視察ついでの会談を思い出す。キリツド領領主も直領の代官も今の劉主席と同じことを言っていた。早くこの戦乱を収拾させ、難民を元の場所に追い返したいのだろう。初月都督も同じ思いだ、反乱が起きた当初、それに対処する態勢を整えるよう自衛隊ウォルク方面隊に指示を下していた。

 だが――。


「要望は分かりました。鎮圧のための準備は既に整えています。ですが、オリオン辺境伯からの救援要請が来ない限りは何もすることはできません」

「それは分かります。曲がりなりにもあそこは自治が認められています。要請もなしに領土に入り軍事行動を行うのはなるべくは避けなければなりません。しかし、あの宗教狂いのボンクラ二代目が要請してきますかね?」

「難しいところですね。あの男、反乱の鎮圧に妙に自信を持っていますから。何度も要請しましたが問題はないと拒否されています」


 劉主席も初月都督も苦い顔をする。

 すると窓ガラスをノックする音が聞こえてきた。何だろう? と怪訝な表情を浮かべて窓ガラスを開けると冬月補佐官がいた。


「都督閣下、緊急の報せです」


 劉主席の方に視線を向けると、武装警察軍の総司令官である周万全中将が彼に耳打ちを行っていた。

 初月都督は劉主席に目配せをして外に出た。


「何の報せだ? もしかして悪い報せですか?」


 元の口調が少し出ながら初月都督は冬月補佐官に問いかける。


「見方によれば悪い報せで見方によっては良い報せです」

「回りくどいことを。早く報告を」

「領主勢が一揆勢に大敗したということです。潜入した部隊によると領主勢は兵の大半を失う打撃を受けたようです。一揆勢は勢いに乗りまたミッドイーナを包囲したようです。籠城の備えと後詰めもない状態では長くは守りきることはできないでしょう……」

「……確かに悪い報せで良い報せですね」


 初月都督は考え込んだ。この大敗によってどんな影響が出るのか頭脳をフル回転して予想していた。


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