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第二話 要因


 時間を少し……五日程前に戻す。

 唯一の辺境譜代諸侯家であるミッドイーナ貴族家の統治下にあるとある農村に代官率いる役人共が押し入っていた。

 彼らの目的は――。


「税の取り立てに来たぞ!! 今年度の年貢、今月の金税を払え!!」


 徴税であった。ミッドイーナ辺境伯領を始めとするウォルク地方では、米、小麦、大麦、キヌア、トウモロコシなどの穀物で支払う年貢と人頭税や出産・死亡税や消費税など金銭で支払う金税で民衆から税金を取っていた。他のところと違うのはこの地の税率と掛けられている税の数がべらぼうに多いことだ。


「お代官様。不作のせいでこの村には払える穀物や金銭はありません……」

「でまかせを!! お前たち家に入って取り立ててこい」


 応対した村長の主張を聞き入れず代官は部下たちに強盗同然の指示を下す。


「よろしいのですか? やりすぎでは?」

「そういえばお前新米だったな。この村を含めたこの地は元々別の奴が支配していたんだよ。特に気兼ねなく税を搾り取ってもいいんだ、上からもそんな命令が出ているから大丈夫だ」


 ここは日本に味方し切り取って新たに得た領土であった。殆どが様々な理由で揉めて敵対していたために、支配する側は同族意識を持っておらずまた守るべきものでない、また異教徒でもある支配される側に対しいつも横柄に横暴に振る舞っていた。


「やめてくれ、やめてくれ。家を壊さないでくれ」


 村の各地で悲鳴が轟いた。

 代官の手下たちは各々家に乗り込み、慣れた手つきで住民たちが財産を隠していると思われる場所を下がる。箪笥などの家具を倒し、槍で天井を壊し、床を剥がし、スコップで庭や田畑を荒らす。

余談であるがミッドイーナ家は情報と忠誠を引き換えにして外交を除く高い自治と内政不干渉権を得ていた。だからこそ領内では好き勝手に振る舞っていた。


「よそ者に癖に好き放題しりやがって!! 二ホンに言いつけてやるぞ」

「何だとぉ!! 生意気だ、やっちまえ」


 たまりかねて叫んだ一人の老人を役人たちはリンチを加えて殺してしました。老人の妻も連帯責任の名目……体のいい見せしめとして大木に縄で吊るされてすぐに後追いさせられてしまった。


「集め終わりました」

「半分しか集まらなかったな。今回はこれぐらいにしてやる。また一週間後に集めに来るのでそれまでには残りの半分も準備しておけ。しておかなければ女子供を代替えとするからな!!」


 徴税という嵐が過ぎ去った村は、内がすっかり荒れ果ててしまった家々と茫然とした表情を浮かべて硬直している村人たちが残された。



 その日の夜。周りの村の村長たちがこの村の村長宅に訪れた。ここでも嵐の爪痕が深く、床には家具など散らばっており手狭となっていた。

 皆、切羽詰まった表情を浮かべて臨時の話し合いを行い始めた。


「お前とこの村もここまでやられたのか!?」

「ああ。ただ女子供を人質にされなかっただけまだマシさぁ。シルガン地区では妊婦や赤ん坊が水牢に放り込まれているって話だしな」

「それの時間の問題だ。あの外道代官、次来るときに税を用意しなければ代わりとして女子供を徴収すると言っていたぞ。どこかの人買いに売りつけるつもりだ」


 日本がやってくるまでウォルク地方で公然と行ってきた奴隷を含めた人身売買は今現在都督府の御触れによって厳禁されている。都督府が全力で売買市場の摘発を行ったことで中央部に関して表向きには行われなくなっていた。しかし、女性割礼のように習慣として常態化していた一部の地域では根絶に至っておらず。それを生活の糧としていた者たちと地域の困窮などが課題となっている。

 売られて買われたものがどうなったのか? それは誰にも分からない。唯一分かっていることは北に向かって連れて行かれたということだ。


「何とか用意はできないのか?」

「外で働いている奴らに仕送りを増やしてくれないかと頼み込むしかないな」

「無理だ。あいつらだってかなり切り詰めて送ってくれているんだぞ。これ以上頼み込んだらあいつらの生活が立ち行かなくなってしまう」

「じゃどうするんだ!? ここままだと一週間後、この村は破滅や」

「死んだじいさんの言う通りに、二ホンに訴えたらどうだ。連中も薄々ここで行われていることに感づいていて、摘発する証拠を探しているっていう噂を聞いたぞ」

「確かに聞いたことはあるが。ここから中央まで二週間掛かるぞ。到底間に合わん」

「他で聞いた話だと、境目に役人や兵士が見張っているらしい。訴えるために境越えを行った連中を捕まえて殺しているらしい」

「それに成功したと言っても、どうせ豚貴族どもでまかせと主張してはぐらかすに決まっている」

「……詰んでいるな」


 一人の村長の言葉に、同意と言わんばかりに今までざわついていた室内が一気に静まり返ってしまう。重苦しい沈黙が覆い尽くす。


「こうなったら……」


 沈黙を打ち破ったのは、参加している村長たちのなかで最も若いが実力は確かなため一目置かれている村長であった。


「一揆を起こしてあの豚貴族を倒すしかないな」


 彼以外の村長の表情が凍り付いたものとなった。


「おっ、お前、何言っているんだ?」

「何って、豚を豚肉にしてやるって言っただけだ」

「馬鹿言うじゃねぇ。一揆は目論んだだけでも重罪だぞ。さらし首になりたいのか!?」

「そんなもんになるのは嫌さ。でも俺たちのことを自分たちが遊んで暮らすための家畜としか見ていない豚貴族に嬲り殺しされるのはもっと嫌だ」

「その通りだ。あいつらは俺たちがくたばっても何とも思っていないぞ。だから死亡税なんて碌でもないもんを俺たちに掛けられるんだ。直領の連中には掛けていないのに」

「策はあるのか?」

「ある」


 取りまとめ役の村長の問い掛けに、彼は迷いなく断言した。


「今まで黙っていたんだが、一揆を行うために組織化を進めている連中から参加しないかと接触されたんだ」

「どんな奴らだ?」

「イーリーンの家臣を母体にイッシ教信者で構成されている一団さ」


 イーリーンとはこの地を支配した豪族である。日本のウォルク地方統一戦の折に彼らと敵対し後にミッドイーナに滅ぼされた。一族全てはミッドイーナによって根切り・撫で切にされてしまい、親戚一同の生き残りは日本の計らいによりこの地から追放された。仕えていた家臣たちは戦士階級から百姓身分に降格されたものの、深い影響力を残していた。


「連中の話によると、直領も含めて税の取り立てに耐えかねているらしくて教団ごとに組織化が進められているらしくて、参加する連中は後を絶たないようだ」

「だが、反乱を起こしたとしてもそれが成功する保証はないぞ。色々と懸念があるが、最もの懸念は二ホンも敵に回る可能性だ。あいつらを敵に回したくねぇ。状況次第では根切り、撫で切り、殲滅も辞さないと容赦ないぞ」

「じゃあ、他に案はあるのか?」

「……」


 気まずい空気が漂う。

 皆、黙りこくってしまった。


「……やるしかないな。これしか生き残る方法がないんだ」

「ああ」

「そうだな」

「これで打開するしかないな」


 しばらく後に口を開いたまとめ役の言葉に、皆は認めるしかなかった。


 悪政によって綿々と育てられた火種が一気に燃え広がったのはこれからの五日後のことであった。



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