第一話 発生
朝の日差しが、高層ビルと大通り、長くて広い幅のある川を照らす。
大陸ウォルク地方中心部に位置しており、黄河か長江を思わせる規模を思わせる大河の付近の傍で詳細に言えば下流に流れている大中小の河川の分岐点に建てられた計画都市である扶桑特別市は、大陸の三分の一であるウォルク地方を支配する都督府、最高裁判所、各都市国家と各諸侯などの大使館、大陸派遣総軍の司令部が置かれている。
流通面では、扶桑駅を起点として台湾大陸領の都市:大秦市を終点とする大陸大鉄道、分岐点と大河に接している沿岸部には大陸都督府領土全域と日本本土に食料と資源を輸送する大規模な河川港が建設され要所となっている。
かつてはウォルク地方で信仰されている宗教の一つであるコグト教の宗教施設が存在していたが日本と対立し敗れた際に明け渡されて、膨大な予算と外様諸侯の賦役により建設された経緯を持っている。短期間のうちに、ウォルク帝國の都であり今では皇族領の主要都市となったウェルナートをしのぐ規模となり人口約五〇〇万を誇る大陸最大の街となっていた。また、日本の食料面において生命線である大陸最大の拠点としての役割を担っている。
――二〇五〇年一〇月〇一日。
公用車の車内にて、ウォルク地方に存在する傀儡国、各諸侯と各部族と各自治・独立都市を支配下に置き、複数の独立都市で構成される大陸独立勢力を従わせている都督府の頂点に立つ都督の地位に就いている初月博は今日の新聞を読んでいた。
朝食を終えるとすぐに車に乗り、職場である都督府に向かっていた。到着するまでの時間を読む時間に充てているのだ。本人自身は新聞ぐらい家でゆっくりと読みたいと思っているのだが……。
大陸新聞と呼ばれるこの新聞はウォルク地方に住む日本人の大半が購読していると言われ、未だネット環境が整っていないこの地にとって数少ない情報入手手段の一つとなっている。彼にとってはなるべく正確な判断を行うための“耳”の一つであった。
――大陸日本人人口、二五〇〇万に突破。三〇〇〇万に到達するのはあと何年か?
既に知っている事柄であったため特に興味が起こらなかったため、視点を別の記事に写した。
――樺太、パイプラインに続き豊原と稚内をつなぐ海底トンネルが開通。宗谷トンネルによって樺太の開発が促進されるか?
日本と同じく転移に巻き込まれた旧ロシア連邦領のウラジオストクを中心とした極東部の一部、勢力拡大によって新たなに獲得したコルイマとハバロフスクとナホトカとヴォルガ(旧北朝鮮領羅先特別市)を領土とする極東共和国は、開発支援や軍事支援を取りつけるため樺太全土と千島列島を日本に返還と割譲した。新たに得た新領土を日本は瑞穂大島と並んで大陸の玄関口として開発を進めている。樺太からは石油や天然ガス、瑞穂大島を経由して千島列島からは国交を持つ諸国との貿易によって得た輸入品が北海道にある湾港に一旦運び込まれた後本州に運び込まれる。
転移により大打撃を受け国と地方は数多いものの、元々食料生産が高かった北海道を工業と農業と鉱業のバランスが取れた経済を有し大陸と国交を持つ国々を繋ぐ玄関口としての地位を持つ、日本本土で最も豊かな地に導いた。
――極東共和国、各都市からウラジオストクをつなぐ海底パイプラインが完成。日本企業との提携でピョートル3、4の開発に着手。
――旧北朝鮮平安南道にて、新炭田が操業開始。
――新潟県、石炭液化プラントが完成。科学と魔法のハイブリッドである原子力石炭液化は新たなる段階に到達。
――石川県、七尾港の増強工事が終了。金沢港と直江津港と伏木富山港に並んで大陸を繋ぐ拠点となれるのか?
北海道に続き力を付けているのはかつて時代に取り残され裏日本と蔑まれていた石川県、福井県、富山県、新潟県を中心とした日本海側の県らだ。安全保障上において脅威であった北朝鮮が転移後の混乱で崩壊したことや長年に渡る努力によって日本海に跋扈していた海棲モンスターの出没頻度が極度に低下したことで、長年の構想であった環日本経済圏が現実なものとした。
極東共和国の安価な石油や天然ガス。旧北朝鮮領から産出される石炭を始めとする鉱物資源を積んだタンカーや貨物船などが国によって機能を強化された金沢港、直江津港、伏木富山港に運ばれ、関東や近畿から疎開した工場がある工業団地にて現在社会を支える上で欠かせない製品を生産している。
関東と近畿、沖縄からの移入、台湾と大陸からの外国人労働者により人口は急増。景気は右肩上がりでとても賑わっている。金沢市と福井市と富山市と新潟市が中核市や特例市から政令指定都市となる程だ。
また、もしもの石油を始めとする化石燃料不足に対処するために、代替燃料の研究が活発に行われているのもこの地であり、石炭液化プラントが続々と建設され化石燃料の輸入が断絶するという非常時に対処できる体制が着々と整えている。
「我々、扶桑いやウォルク地方も競争から取り残されないようにしなければならない。本国から見捨てられた関東や近畿の二の舞いは何としても避けるために……」
「確かにそうですね。ですが、この地は食料以外に何も取り得はありません。工場などの施設を誘致しようにも北海道や日本海側の県ら、ましてや本国が許すとは思えません。できたとしても原子力発電所といった迷惑施設を押し付けられる可能性があります。ウォルク地方沿岸部に原子力発電所を誘致しますか?」
「馬鹿。あそこには沢山の人が住んでいるんだぞ。迷惑施設を押し付ける気かと日本人移民、外国人移民、現地住民、都市政府、都市市長、現地諸侯を怒らせて敵に回す気か?」
同席していた都督補佐官:冬月舞の言葉に初月はそうツッコミながら、一部を除いた大半の区域が海棲モンスターの襲撃と奴らの巣窟となっており人が一人もいなかった頃なら特に問題は起こらなかっただろう――密かに思う。
発展に繋がる施設の誘致合戦を激しく行っている北海道や日本海側は新たなライバル登場は歓迎しないだろう。相互依存関係をなるべく継続したい本国も何かと理由を付けて妨害するだろう。
本国、それに並んで強い影響力を持つ北海道と日本海側に波並を立てずに。この地方独自の産業を振興させこれでこの地を富ませる。幸いなことに候補はいくつか存在していた。
(ただ……それを行う前に片づけなければならないことがある)
取りあえずは都督の支配下に置いているが、高い自治を持つ辺境譜代諸侯や未だに強い力を持っている南部の戦士たち、殲滅した人喰い白エルフの残党は隙あれば反乱を起こしかねない不穏な雰囲気を醸し出している。都督の前身である大陸総督府が数多の血を流して推し進めたウォルク地方統一は今現在も未完であった。
統一した後、本国がこの地をどうするのか初月には分からない。ただ、豊富な水資源と豊かな土壌によって膨大な食料を生産することが可能なこの地は日本にとって唯一の食料庫であり生命線であることは確かだ。強い反発が沸き起こっても歴代政権は大陸から一歩も引きさがらなかったのがこの地の重要性を示す証拠だ。
できるだけ早く、それらの潜在的反抗勢力を潰す必要があった。この地の北には謎は多いが日本に敵対的な勢力が存在し着々と勢力を南下させているのだから。
考えるだけで初月は頭が痛くなった。
――情報収集衛星『光学12号機』、打ち上げ成功。
「やっと打ち上げられたな」
「確かに、各方面の再建・開発や気象衛星の打ち上げに吸い取られたせいで三〇年以上の手間がかかってしまいました。しかし、これであれができます」
「ああ……これで諸侯どもが届け出た石高が合致しているのか精査することができる」
ウォルク地方では土地の生産性を日本語の発音で石という単位で表している。一昔前の日本で同じように使われていた単位とその意味も似ていた。異世界人でありながら意思疎通が特に問題なかったため同じ発音となった故のことだ。
「石高が合致せず、領民に多大な負担を掛けている諸侯の摘発、改易の手間が少し軽くなります」
クスクスと笑いながら言う冬月に諸侯に対する容赦は一切ない。
「衛星写真を突きつけておとなしく罰を受け入れるとは思えないが?」
「その場合は揺るがぬ証拠を沢山突きつければいいのです。反論が出なくなるまで……これを口実にして諸侯領にも大規模な検知を……」
「やれやれ……」
諸侯との折衝で彼女はかなりのストレスが溜まっているようだ。時期を見計らって休暇を与えて保養所に放り込まないとならないようだ。物騒な笑みを浮かべ、尖った耳を激しく動かしている彼女を診て初月はそう思った。
職場に着いた初月はすぐに職務につくために椅子に座る。
そして、山のように積んでいる書類の確認を行おうとした瞬間――――。
ドアをノックする音が聞こえてきた。冬月補佐官が深刻な顔をして執務室内に入ってきた。碌でもない予感が脳裏に過る。
「閣下、ミッドイーナ辺境伯領にて非常事態が発生しました」
「ついに暴発したか?」
「はい。大規模な百姓一揆が起きた模様です」
後にミッドイーナの乱と呼ばれる戦乱を初月都督の耳に入った瞬間であった。
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5/16――一部単語を修正しました。大陸派遣軍→大陸派遣総軍