‘‘走馬灯が回り始めた,,
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、」
酸素を求める口が忙しなく動く。それがとても邪魔に感じまたもや、舌打ちを溢した。苛立っている場合ではないと分かっているのだが、それでも抑えられなかった。17年前の体に比べて体は重く感じる。足も軽々しく思う様に進まない。体は年を取っているらしい、自分では思っていなかったのだが。
恐怖はどこまでも榊を追って駆け続けてくる。それを横目にだけど、前を向いて榊も走り続けた。そうしないと殺されてしまう、つまりは死。分かってしまっている、だから逃げるのだ。まだ死にたくない。やりたいことが、叶えたいことがたくさんあるのだ。それを達成するには、死ぬことは許されない。義務感が榊を奮い立たせる、あぁそうだ。死ねない、死なない。
小説が世に出て華やかなデビューを飾りたい、自分の小説がテレビで放送されたい(できればアニメを所望する)、彼女と幸せになって結婚したい、子供とともに健やかに暮らしたい、三大珍味が食べたい、他にも色々ある。しかし最終的には、日本を代表する作家となってあわよくば世界にも認められたい。そう、こんなバラ色な人生を過ごさなければ俺は許さない。
いや、駄目だ。過ごしたくないし、認められたくない。こんなありきたりな世界で認められたって嬉しくない。それは仮初で手に触れれば儚く消えて、世間に忘れられてしまうそんなのはいらない。バラ色だって華やかな色じゃない。黒、否、色がないガラスのバラだ。触れれば簡単に割れて、これもまた消えていくのだ。そんな人生はいらない。
…あぁ、結局最終的には、こんなありきたりな世界を抜け出したい。それが一番叶えたい願いだ。そうだありきたりから抜け出せば、こんな苦労しなくていいんだ。自暴自棄にもならないでいい、友人に嘲られる必要もない。俺が売れないのも、俺は満足しないのも全て、この世界全てがありきたりなのだ。よくある話だ、売れない小説家が自暴自棄になる話なんて。そんな話百も千もある話。そう、俺はその主人公だったのだ。だからこの世界が嫌になったのだ。
…ならばこのまま死ねば良いのではないか?死ねばありきたりなつまらないこんな世界抜け出せるのではないのか。自分はそれを望んでいるのだろう。死ねば異世界に、チートなキャラクターに転生してモンスターを倒して、そしてハーレムを作りその中から大切な一人を選ぶのだ。流行のラノベでよくある話だがマシだ。そっちの方がドラマチックで飽きることもない。考えたらけっこう良いんじゃないだろうか。よし、そうしよう。チート系イケメン主人公になってやる。
さぁ、恐怖よ俺を殺せ。小説家としての才能はあるものの開花させなかった俺を。友人から嘲られた俺を、神から見捨てられた俺を。うすうす気が付いていた、だがそれが怖かった、だからいつも弁解していた。洗脳も同然だ、今考えてみればあんな弁解、馬鹿馬鹿しい、恥ずかしい。
「っ!!」
小石に躓き転んだ、体がとても痛い。起き上がってる暇もない、助けを求める暇もない。もう恐怖は追いついているのだ、背中越しに感じる殺気。これで終わりだ、確信した。
不思議だ、何か映像が見えてくる。……あぁ、コレが走馬灯。記憶がいっきに駆け抜けていく。
初めて小説が完結した。結局採用されなかったが、とても嬉しかった。
全ての記憶が、流れ込み写りこむ。その記憶がとても懐かしかった。
…この記憶は?俺が小さい、赤ん坊の時か、両親は元気だろうか。三年前の電話以来会っても話してもない。ごめんな、親不孝な息子で、今まで育ててくれてありがとう。
何かを話しているようだ、何だ?よく分からない。しっかりと目を凝らし読み取る。
か、い?かい?かいと言っているのか?なんだろう、「かい」が頭の中で沢山回り始める。
開、界、回、廻、拐、下位、戒。
____『戒』_____。