‘‘見えない恐怖に襲われて,,
この世界はまるで、ありきたりな話だと思う。この世界の大陸も海も空も、生きる人も、全てがありきたりだと思う。なんて飲んでいた友人に話したら、「妄想お疲れ、中々売れないからってそんな現実逃避するなよ」って一番高い焼酎を頼んでくれた。友人の言うとおり、まぎれもない現実逃避である。
ありきたり、と思っていた全てが現実なのだ。今生きる日本に変わりないのだ。我ながらとんでもない現実逃避である。だが恥ずかしいとは思わない。何故なら俺は小説家だから。
有名出版社の帰り、榊は心中でそう自分に弁解した。これを唱えれば納得が出来ていた、これを友人に話したところ、「えっ、洗脳されてんじゃね?」と心配されたこともあったが彼は気にしなかった。何故なら、毎日繰り返しているのだ。
榊は小説家である。聞こえはいいのだか、彼の場合小説家の前に「売れない」という嬉しくない肩書きが付いてくる。今まで出版社に沢山の原稿を提出していたが、採用されたことは一度もない。まさに売れない小説家だ。小説家ではなくフリーターでは、なんて聞いてくる友人もいるがまぎれもない小説家である。と本人は高らかに語っている。
そう自分は小説家だ、神に見放された悲劇の小説家。だが神はきっと救ってくださる。俺には文才もある、と酔っていた友人が話してくれた。信じよう友人を、信じよう神を。
道端にある小石を蹴りあげた、あまり遠くまで飛ばずに舌打ちを溢す。小石の行方はゴミ箱の影へと逃げてしまい分からなくなってしまった。そこまで行く気にもならず、あの小石よりも蹴りやすい小石を探すため物色を開始する。
(あ?んだこれ…?)
そこでふと彼は異変に気が付いた。いま居るのは自宅へと通じる路地裏。バーや喫茶店が細々と営業しているのだが客もくるはずもなかった、居るだけでじめじめとした気分になるほど暗く、不安になる。ここに来る人と言えば、怪しげな格好をした男や、がたいのいい男、そして榊とそのアパートに住まう住人のみ。明かりとよべる明かりはなく、暗い光を放つバーの看板のみで頼りない。繁華街にあるピンクや黄色の街灯なんてもってのほか。榊はいつも懐中電灯を持ち歩いていた。だが今日の路地裏は___明るい。路地裏とは思えないほど、懐中電灯もいらない。足元がはっきり見える。
必要がない懐中電灯を見つめる。いらないことを喜ぶべきなのか。「やったー!懐中電灯がいらない!」と思うべきなのだろうか。それとも____。
___これは命の危険と捕えるべきなのだろうか。
考える間もない、彼はアパートと正反対へ駆け出した。逃げ出したのだ。これは妄想でも現実逃避でもない、本当に危険だと感じたのだ。自分に弁解する暇もない、早く逃げなければ。
足は速い方だ、いや、速い方だったのだ。文才を持ちながらも俺は、陸上部に入っていた。当時は足が速かったのだ。…いや、今も速いではないか。たった17だ、17だけの年を取っただけだ。そう、たった17だ。俺は速い!
だか癖というものは抜けず、弁解しながら逃げ続けた。追ってきている、もっともっと遠くへ逃げなければ追いつかれる。
____と、彼の短所である勘が脳に告げていた。