第九十八話 身バレって怖い
ダニエラが作ってくれた朝食を3人で残さず食べ、風呂を崩したらテントを片付ける。マリーエルの厚意で荷物を馬車に乗せてもらえることになったのでお言葉に甘えて虚ろの鞄を荷台に乗せた。
「ところでこの馬はどうするんだ?」
「馬はどこでも引く手数多だからな。レプラントで売る。私が引っ張って行こう」
何本かの手綱を一度に持ち、ゆっくりと引っ張ると馬達は素直に付いて来る。やはり馬も美人に引っ張られるのが好きなのだろう。僕も同じだ。ダニエラに乗ってもらいたいくらいだね。
マリーエルの馬車を引く馬も盗賊達から奪った馬だ。逃げられないように最初に殺されたらしい。襲撃に慣れていたんだろう。僕はマリーエルの父と馬を救えなかったことになる。
「じゃあ行きますね!」
マリーエルが御者席に座り、馬に指示を出す。小さいのによくやるもんだ。この世界ではこの歳から働くのだろうか。
「お父さんがやってるのを横で見てたので……」
「そうか……上手だな」
「えへへ」
僕はマリーエルの隣に座って見上げる彼女の頭を撫でてやる。すると嬉しそうに笑ってくれた。
僕だけ何もやっていない……こういうのは適材適所とは言うが、僕の適所が一つもない。何だか申し訳ない気持ちになる。
座っていても気持ちが悪いだけだったので、周囲の警戒をすることにした。勿論、馬でだ。
「おぉっと、こ、こうか?」
「上手い上手い」
手綱を操り、進行方向を指示しているとダニエラが褒めてくれた。ここで調子に乗ると振り下ろされて馬が逃げ出すので慎重にやる。馬なんて乗ったことがないのでビクビクしているが、存外気持ちの良いものだった。視点が普段より高いので遠くまで見えるし、気配感知を行使すれば視界も含めて精度が増す。まぁ、難点を挙げるなら、尻が痛い。
道中、魔物に襲われることもなく無事にレプラント近辺までやってくることが出来た。正面にはこれまた大きな壁が聳え立っている。盗賊も出るし。近くの森にはブラッドエイプもいるので強固な壁を築かざるを得ないのだろう。よく見れば結構傷が多い。何度も襲撃から守ってくれた形跡があった。
そしてその壁には、壁に見合う立派な門が設置されている。アーチ門というのだろうか。扉は今までの観音開きでは無く落とし格子と呼ばれるものだ。上下に動いて開閉する中世の城とかで使われてたものだな。その門を見ただけではここが町じゃなくて砦のように思えてしまう。やはり野蛮なのだろうか。治安とか悪いと嫌だな……。
「はぁ……いつになったら入れるんだろうか……」
「これだけの列だからな……」
無事に着いたのだが、実はまだ町には入っていない。何故ならば、大勢の人が列を成しているからだ。どこにこれだけの人がいたのやら……きっと、昨日の夜はこの門の周りで野営をしてたんだろう。近付かなくて良かった。きっと酒盛りとかしていてうるさかっただろうし。そもそもそういうことに耐えられる心理状態じゃなかったしな……。ダニエラとマリーエルのお陰で今はまともに話せるし考えられる。ゆっくり休んだのも影響しているだろう。
正直、何人も人を殺して次の日にはこうして普通にしていられるのも変だとは思うが、僕自身がこの世界に馴染んできているというのもあるかもしれない。価値観や、倫理観。考え方。そういった物事が、『夜勤アルバイター上社朝霧』から、『冒険者《銀翆》アサギ』に変わってきているのを実感した。
しかし、だからといって全ての考え方を変えるつもりはない。臨機応変に、根底は崩さず。夜勤アルバイターだって大事な僕の一部だ。営業スマイル一つで何度も修羅場は潜ってきたのだ。冒険者となった僕が盗賊に辛い思いをしたように、アルバイターだった僕も酔っ払いには辛い思いをした。どちらも大事な僕という人間を構成する要素なのだ。
これからは、営業スマイルを浮かべながら剣を振るうアサギ選手をお見せできることだろう。完全にサイコパスじゃねーか。
ふぅ……それにしても何だか、周りが騒がしいな。やっぱり冒険者という生き物は落ち着きがないのかねぇ。
「ちょっと! あんた達!」
お? 女の声がした。女冒険者か……珍しいな。って、ダニエラも女冒険者か。ダニエラ以外ではあんまり居ないからなぁ。どんな奴だろう。と、ちょっと興味本位で声のする方へ顔を向けるとバッチリ目が合った。……何か気拙いのでそっと、何でもなかったかのように目を逸らした。
「ちょっと! あんたよ、あんた! 馬鹿じゃないの!?」
逸らした途端に罵声を浴びた。こっわ……もし僕だったら怖いな。まさか目が合っただけで怒鳴られた訳じゃないだろう。誰だ? 女冒険者に絡まれた不運な奴は。
そいつの顔も見てやろうと辺りを見回す。が、誰も彼も僕を見つめている。あれ?
「キョロキョロしてんじゃないわよ!」
「うぉっ」
いきなり至近距離で怒鳴られた。慌てて向きを戻すと同時に女冒険者に胸ぐらを掴まれた。
女冒険者に絡まれた不運な奴はどうやら僕らしい。
「な、何スか……ちょ、苦しいんスけど……マジやめてくださいよ……」
「何スかじゃないわよ! あんた血塗れじゃない! 臭いのよ!」
「そんなこと言ったってしょうがないじゃないッスか……」
盗賊退治したのだからこれはどうしようもない。洗濯する時間もなかったし、宿を借りて洗い場を使わせてもらうしかないのだ。勿論、僕もこんな血塗れは嫌だが……。
「はぁ!? 無魔法で綺麗にすればいいじゃない!」
「無魔法?」
なんぞそれ。
「あんた、無魔法知らないの? 無属性魔法よ?」
「あー、無属性魔法ね! それなら聞いたことありますね」
「聞いたことあるなら使えばいいでしょ!? 馬鹿じゃないの!?」
グイグイ締め上げられながら僕はダニエラを見る。僕の魔法の先生はダニエラ先生だからな。
「ダニエラ、無魔法ってどうすんの?」
「私は得意じゃないから詳しくは分からん」
「あんた達揃って無能なの……?」
女冒険者が信じられないという目で見てくる。ちょっと辛辣過ぎじゃないですかねぇ……。
「はぁ……洗濯日和」
女冒険者が僕の胸ぐらを離して解放してくれると、溜息交じりに両腕を僕とダニエラに向けて挙げ、クリーニングと言うとアラ不思議。血塗れだった僕達の服が元の清潔さを取り戻した。
「……えっ、うわ、すげぇ!」
「本当に無能なの……? 信じられない……」
僕も信じられない。こんな便利な魔法があったとは露とも知らなかった。ダニエラに振り返るとダニエラもちょっと驚いてた。
「ダニエラ、こんな便利な魔法があるなら教えてくれよ」
「だから私は得意じゃないんだ……母さんに教わる機会もなかったしな」
「あー……そっか……悪い」
「いや、気にしなくていい。アサギは何も悪くないさ」
「ダニエラ……」
「ふふ、心配性だな、アサギは」
そっとダニエラが僕の腕に触れてくる。優しく触れてくれたところはさっきまで血に塗れていたが、今は綺麗。新品の頃の輝きを蘇らせている。触れるダニエラの手も綺麗だ。これは元からか。
「ちょっと……何イチャついてんのよ……ぶっ飛ばすわよ……」
「あ、綺麗にしてくれてどうもありがとう」
「何事もなかったかのようにお礼言ってんじゃないわよ! どういたしまして!」
この人さっきからキレっぱなしだな……マリーエルも怯えて馬車の中に引っ込んでしまっている。子供の教育にはあんまり良いとは言えないな。
改めて女冒険者を見ると、まぁ、可愛い顔をしている。軽鎧を身に着けて露出は少ない。ファンタジ-あるあるのビキニアーマーとかミニスカートじゃないのはちょっとガッカリだな。あの露出狂地味た浪漫装備は一度はお目にかかりたい。
ダニエラの装備も結構かっちりしてるしな。まぁボディラインを強調するデザインなので目の保養にはなるのだが。逆にダニエラにビキニアーマーは着てほしくないな。もし着たら僕は《森狼の脚》を使って全速力で周りの男の目を潰さなければいけない。
「何見てんのよ」
「あぁ、別に」
「別にって何よ!?」
何言ってもキレるなぁ……。もう綺麗になったんだから列に戻ればいいのに。
「ねぇあんた。『アサギ』って呼ばれてたけど、それがあんたの名前なの?」
「そうだけど……君、誰?」
「私のことはいいのよ! ……もしかして、『銀翆』ってあなたのこと?」
「う……」
おいおいおいマジかよおい……その恥ずかしい二つ名は帝国にまで広まってんのか……? そういえばボルドーの奴が『全ギルドにも報告するわ!』とか馬鹿なこと言ってたけど、その影響なのか……?
「あなたが『銀翆』なら……あなたが『白風』?」
「いかにも」
なにが『いかにも』だよ。格好つけて外してたいつものお面なんか付けやがって。けど横から見ると口角が吊り上がってるのが丸見えだ。
ダニエラが自身を『白風』だと認めると、また周りがざわついてきた。そこかしこから『銀翆』と『白風』の単語が聞こえてくる。まさかこんな所で身バレするとは思わなかったな……恨むぞ、ボルドーめ。
「ねぇ……あの」
「なんスか……?」
「サインとかって……貰えないかしら?」
「……」
マジ恨む。




