第九十六話 ぶり返す感情
「そうか……お父さん、助けられなかったんだな……」
「いえ……アサギさんが落ち込むことじゃないです。父は私を庇ってくれたんです……」
僕達が必死に討伐した盗賊にマリーエルの父が殺されていたと聞いて、何故もっと早く来なかったんだと後悔した。急いで森を抜ければ間に合ったかもしれないのに……。
「……アサギ、もっと急いでいればと後悔しているんじゃないか?」
「あ、あぁ……」
「馬鹿野郎なのか? 私達は森を抜けて漸く盗賊が居ることに気付いたんだ。後から知ったことで悔やんでも仕方ないだろう。確かにマリーエルの父を助けられなかったのは悔しい。だが切り替えていけ。それは、私達が背負う後悔ではない」
ダニエラの言葉が棘のように突き刺さる。確かにそうだ……後悔先に立たずとはよく言ってもんだな……。しかし、だけど……
「だけど、悲しいことには変わりないよ……助けられたらって思ってしまう」
「そうだな……言い方が悪かった。悲しむことは悪いことじゃない……。弔ってやろう」
頷き、ゆっくりと立ち上がる。2本の足はしっかりと大地を、血に濡れた地面を踏み締めている。ふと自身を見ると返り血で真っ赤だった。綺麗な翡翠の衣は赤く染まり、銀の鎧は血に濡れていた。どれもこれも、僕の血ではない。
「なぁダニエラ」
「なんだアサギ」
「弔うなら……盗賊達も弔いたい。同情してる訳じゃないんだ。僕の気持ちを切り替える為に……区切りを付ける為に弔いたい」
「……あぁ、分かった。マリーエルもそれで良いか?」
「はい……正直、憎い人達ですが、アサギさんのこれからを思うならしっかり弔ってあげたいです」
「ありがとう……マリーエル。ごめんな、僕の我儘で」
「いえ、良いんです。アサギさんには助けてもらいましたから……」
マリーエルの了承も得たし、此奴等も弔ってやろう。きっと、なりたくて盗賊になった訳ではない奴もいただろう……一歩間違えば、僕も賊に堕ちていたかもしれないと思うと、やりきれない。あぁ、何だかんだ言って同情してるじゃないか。つくづく、僕という人間はどうしようもないな。頭を振って雑多な感情を霧散させる。
「そうだ、ダニエラ……盗賊を討伐した証明とかって必要なのか?」
「そうだな……普通なら首を取る」
「首実検、ってやつか……」
「あぁ、手配書での確認作業もあるしな……」
正直、首を落とすなんて作業は御免だ。ただでさえトラウマ級の事をやったのに、更に首までなんて……。
「大将だけでいいのか?」
「取り巻きの首を取っても仕方ない。だが、良いのか? 私がやるぞ」
「いや、ここでやっておかないとズルズル引きずりそうだから」
実際、その気持ちは強かった。弔うだけで気持ちが入れ替えられるのか? と自問した時、答えは『難しい』だった。弔っても、ただ殺しただけだ。なら、殺したことに対する意味が欲しい。マリーエルは生き残ってくれた。だけど、そうではない。それ以外の……第三者から、この殺しは悪では無かったという認証が欲しかった。
「大将はどいつだ?」
「私が倒した此奴だろうな……一番装備がまともだ。大将が良い装備を付けるのが常識だからな」
それもそうだ。見るとその立派だったであろう装備もダニエラの細剣に見事に心臓と首を貫かれて血に塗れていた。
僕はアシキリマルを抜き、その刃を見つめる。足切りなのに買って、最初に使うのが首切りとはな……。
「マリーエル。少し離れよう」
「はい……っ」
ダニエラがマリーエルを馬車の向こうまで移動させる。しばらくしてダニエラが戻ってきた。僕に向かって頷くので、マリーエルはしっかり離れてくれたようだ。
準備が整った。僕は大将の背中に馬乗りになり、首に充てがう。深呼吸し、アシキリマルを真横にに引き……もう、思い出したくはない事をした。
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一頻り吐いた後、何重にも布を巻いて革袋に入れた首を虚ろの鞄から出した別の鞄に詰め込んだ。虚ろの鞄の中にはどうしても入れたくなかった。首はダニエラが預かってくれるとのことで、鞄を渡した後、倒れていたマリーエルの馬車を僕とダニエラで元に戻した。その中でマリーエルを休ませつつ、僕達は死者を弔った。火魔法は上手く使えないので、森の傍に一人ずつ並べて埋めた。その体が大地に戻り、新たな生命として生まれ来ることを祈りながら、一人ずつ土を掛ける。
「アサギ、それは?」
「僕の居た世界の墓標だ」
「そうか……シンプルだが、素敵だな」
「ありがとう」
木で作った十字架を墓の数だけ作り、頭の方に立てる。倒れないようにしっかり突き立てて、周りを踏み固め、それが全員分終わった頃には辺りは夕暮れとなっていた。
僕が十字架製作に勤しんでいた間にダニエラが集めてきた馬に餌をやりながら、馬車の傍で野営することにした。勿論、血の染み込んだ地面ではなく多少、暗い中で移動した先でだ。遠くにレプラントらしき町の明かりが見えるが、今から歩いても門は閉ざされているだろう。
「アサギはゆっくり休んでてくれ。今日の夕食は私が作ろう」
「悪いな……」
「あぁ、出来たら呼ぶよ」
ダニエラに断って馬車の横に建てたテントに入る。既に敷き布は準備してある。下着も落ちていない。装備を全て外し、綺麗な布を虚ろの鞄から取り出して水魔法で湿らせてから乾いて落ちた場所以外の血を拭う。すぐに布は赤黒くなるが、2枚程で綺麗になった。が、やはりまだ鉄臭い。
「ダニエラ、すまん、ちょっと土魔法で湯船作ってくれないか?」
「あぁ、構わないが……湯はどうするんだ?」
「今日はもう大丈夫だろうし、火魔法で沸かすよ」
「分かった」
結界の魔道具は設置してあるし、森の中ではないから戦闘は大丈夫と判断して火魔法を行使することにした。ダニエラが作った湯船いっぱいに水魔法を使って水を満たす。そこに片腕を突っ込んで紅色の魔力を流し込む。全力で流して数分、湯から湯気が立ち上る程度には温かくなった。もう数分温めることで風呂並の温度になった。魔力は空っ穴だった。疲労感が凄いが、まぁ風呂は用意出来た。虚ろの鞄から大きめの布とタオル代わりの布、着替えを出す。大きな布はパーテーション代わりだ。馬車の幌を支える棒と地面に突き立てた藍色の大剣の柄に結べば着替えが出来る。ちょっと心許ないが……。
「ふぅ……ちょっと疲れたな……」
出来上がった風呂場を見ながら地面に座り込む。一番風呂はダニエラとマリーエルに入ってもらおう。温度は熱くないだろうか? あぁ、ここに居ては着替えを覗いてしまうことになるな……二人に怒られるのは怖いのでテントの中で休むことにしよう。
ゆっくりと疲れた体を敷き布の上に転がす。掛け布が無いのが少し寂しいが、仕方ない。そろそろ虚ろの鞄の布ストックも怪しいしな……。腕を枕代わりにして、漸く人心地がついた。
今日は波乱に満ちた一日だった。初めて人を殺した。殺したことへの罪悪感は消えない。消えないが、目を背けず受け入れる気持ちの準備は出来ている。マリーエルのお陰だ。まだ小さな子なのにしっかりしている。きっと親の教育が良かったんだろう。罪悪感はあるが、そんな親を奪った盗賊は憎い。
相反するこの感情の置き場はどこにあるのだろうか。マリーエルが生きていてくれた嬉しさと、マリーエルを生かす為に殺した悲しさ。人を殺した罪悪感と、人を生かした達成感。
そんな矛盾を抱えたまま、僕は魔力を失った疲労感に瞼を降ろした。夕食が出来たとダニエラに起こされるまで、少し夢を見た。誰かを殺している自分を見た気がした。殺した相手が誰だったのかは、分からなかった。




