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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第九十三話 夜の森での失敗

 アレッサ山、山間にある鉱山町アレッサを抜けた先にはベルルの森が広がっていた。あの森は天を覆うように伸びたベルルの木のお陰で昼間でも薄暗かったが、今現在、僕達が攻略している森は木漏れ日が差す長閑な森だった。木の種類は分からないが、針葉樹といった感じだろうか。等間隔で並ばれると植林でもしていたのかと思ってしまうし、逆に迷いそうにもなる。景色に変化がないのだ。まるで良くある『迷いの森』だな。


「この森は見通しが良くて安全だな」

「そうやって油断してると怪我するぞ?」


 呑気に歩く僕を隣のダニエラが肘で突きながら注意する。まぁ僕も比較的平和な国で育った方だからこういう森に来るとやれ森林浴だ、やれマイナスイオンだと癒やしスポット巡りをしている感覚に陥ってしまうが、かと言ってここがあの平和な国でないことは理解している。間違っても肩に大剣を提げて歩けるような場所ではない。俗に言う修羅場と呼ばれる場面は何回か乗り越えてきたのだ。ある意味での修羅場も越えたが……。


 森の中での戦闘で気を付けるのは剣を振るうスペースの狭さだ。長物を気前よく触ればたちまち木樵になる。魔物を狩らずに木を樵っていれば勿論、怪我をする。僕が持っているような大剣など見栄にもならない。

 しかし、だからこそ、こういう場で大剣を扱えるようになればどんな場所でも振るうことが出来るのではないか? という課題を自らに課していたりする。しかし残念なことに先程から魔物一匹出やしない。平和そのものだった。


「このまま歩いていれば明日には抜けられそうだな」

「このままならば、な」


 ダニエラは気配感知範囲を広げ、油断なく辺りを見回しながら歩いている。普通に見れば景色を堪能している旅人ではあるが、その手は一瞬で剣に掛けられるだろう。微塵も油断していない様が見て取れる。

 警戒し過ぎなんじゃないの? と思わないでもない。が、あまりにも警戒するので僕もだんだん緊張してくる。ひょっとして何か良くないことでも起こるんじゃ? と頭の後ろで組んでいた手を降ろし、ダニエラ同様、いつでも戦闘態勢に入れる状態で歩くことにした。



 しかしというか、やはりというか、何事も起きずに夜を迎える。パチパチといつも通りに爆ぜる薪の音を聞きながら、一人での夜番だ。歴戦の傭兵の如く大剣を抱えながら火を見つめ、気配感知の範囲を広げる。


「しっかし暇だなぁ……ダニエラといちゃいちゃしたい……」


 テントの中ではしっかり睡眠を取っている。ダニエラはこういう野営の時は必ず交代で見張りをする。絶対に警戒を緩めない。それだけは徹底していた。


「あー……何か、最近慣れてきた感あって油断してるな……」


 話し相手もいないのでぽつりと漏らす。確かに油断してきている自分がいた。夜勤の時もあった。最初は一人での勤務ということで、誰にも頼れない中、警戒に警戒を重ねてトイレも禄に行けないまま朝を迎えることが多かった。

 しかし、次第に仕事にも慣れ、お客さんが来る大体の時間帯等も把握してしまったので、ある日油断して事務所で居眠りをしてしまったことがある。時間にしてみれば精々5分程ではあるのだが、ハッとして目が覚めて慌てて防犯カメラを覗いて店内を見た時、レジ前に人がいるのを見て頭の中が真っ白になった。幸いにも、というと語弊があるのだがよく来る気さくなお客さんで、『いいよいいよ、一人でやってたら仕方ないよねぇ』なんて、笑ってくれたが僕は平謝りだ。

 レジ前では1分待つのですら長く感じてしまう。おい店員まだかよと思うまで、せっかちな人なら10秒だって保ちはしない。これが別のお客さんだったら……なんて思うと背筋が寒くなった。それ以来、二度とそういう失敗はしなかった。


「今が、あの時の状況だな……」


 まさに、というしかない程にあの時と同じ状況だ。新しい場所、新しい事。それを繰り返し、慣れてきた今。絶対に失敗するタイミングだ。

 僕は気を引き締める為に自身の両頬をパン、と強く叩く。よし、目が覚めた。同じ失敗は繰り返さないことが生きる上での大事なコツだ。


 だが、人間、どうしようもない失敗をしてしまう時というものは必ずある。だからこの時、僕が気合を入れていたところで、気配感知の範囲を広げたところで、その精度を上げる為に集中したところで、


 上からの奇襲には対応出来なかった。


 突如、大きな物体が目の前の焚き火の上に落ちてきて薪が爆ぜた。飛び散る火の粉が僕を襲う。


「うぐぁっ!」


 赤い火の粉にビックリして顔を腕で庇う。その視線の先に、何かが居るのが見えた。瞬間、広げていた気配感知に意識を戻して目の前の物体を確認する。その物体からは魔力を感じた。その魔力の波長が魔物であることを教えてくれた。


「ダニエラァァ!」


 抱えていた大剣を鞘にしまったまま振り下ろし、頼れる相棒の名を叫ぶ。それだけでテントから強い魔力反応が此方に向けて広がってきたので慌てて横っ飛びで地に伏せる。

 途端、僕の後ろを千の刃とも言える風の渦が横切り、奇襲してきた魔物へ激突した。激しい風切り音と痛みに叫ぶ魔物の声が不協和音となって僕の耳へ届く。這うように現場から離れ、テントの傍で漸く大剣を抜く。同時に同じく剣を抜いたダニエラがテントから現れた。


「すまん! 上から奇襲してきた!」

「上ということは木の上からか。仕方ない、気配感知を上へ広げるのは難しい」


 もしかしてダニエラは昼間も上へ広げていたのだろうか。だとすると僕は本当に呑気野郎だ。自分で自分を殴りたくなるね。


「姿ははっきり見てない。あれはなんだ?」


 風に切り刻まれ、血にまみれて地面に這いつくばりながらも此方を睨んでいる魔物を顎でしゃくる。


「ふむ、ブラッドエイプだな……好戦的だが、奇襲が得意な魔物だ。気配遮断が出来る希少魔物だな」

「気配遮断……厄介だな。僕も目の前で見てやっと分かったくらいだ」

「気配感知スキルの熟練度が遮断スキルより低いとそうなる。こればっかりは仕方がない」


 そうだとしても、と思ってしまう自分がいる。油断しないように、失敗しないようによ気合を入れた矢先の出来事だ。出鼻を挫かれた感が半端ない。凄く悔しい。


 ブラッドエイプは痛みに耐えながら、といった感じで起き上がり、毛を逆立てて威嚇する。僕は油断なく大剣を構えて集中するが。ぽん、とダニエラに肩を叩かれる。


「それが、ブラッドエイプの作戦さ。目の前の自分に集中させ……」


 言いながらダニエラは振り向き様に剣を突き出す。すると悲痛な叫び声が木霊した。


「後ろから奇襲する」


 剣に右目を貫かれたもう1体のブラッドエイプが剣を抜こうと暴れている。こんなに近くに居るのにまったく気付かなかった……。この森はやばい。


「さぁアサギ、集中しろよ。ブラッドエイプは群れで襲ってくる。あと10体はいると思え」

「くそ、絶対に生き残ってやる……!」


 周囲に風の剣を生成したダニエラが細剣を構える。固まって戦うのは逆に危ないだろう。僕も自身の装備に魔力を注いで風の鎧を纏う。

 まったく気配の読めない魔物。しかし考えてみれば僕は最初から気配感知スキルを持っていた訳ではない。ならば、初心に帰って目の前の魔物を確実に処理するだけだ。


「おおおおおおっ!!」


 気合を入れ直せということなのだろう。油断からくる失敗を繰り返してしまった僕は大剣の柄を強く握り声を出しながら大剣を振り上げ、まずは死に体のブラッドエイプを屠ることにした。

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