第九十一話 良い村、良い人、良い事
調子に乗って本日2話目。先に90話を読んでからお願いします。
「どしたあんたら。どっから来たんだ?」
「ヴァドルフの方から来ました。宿とかないですかね?」
「あー、旅人か。悪いがうちには宿はないな……村長に聞いてみてくれ。もしかしたら空き家を借りられるかもしれん」
「どうもありがとうございます。助かります」
「良いってことよ」
鍬を持った第一村人が親切な人で良かったぜ。田舎の因習的な村だったらどうしようかと思った。謎の儀式を見て謎の音と共に発生した地震に巻き込まれて帰れなくなるとかよくある話だからな。そして僕は警官に撃たれるんだ。怖い。
ともかく村長の家とやらを探す。まぁ家の数は少ないし、その中でも1軒だけ大きな家がある。十中八九、村長の家だろう。ダニエラはなんか腕組んで監督面してるから駄目だな。全部任せるぞって顔に書いてある。僕が交渉するしかないようだ。
「すみませーん。村長さんいますかー?」
扉をノックして声を掛ける。すると中から足音がしてゆっくりと扉が開いた。
「……だれ?」
「君が村長さん?」
「……ちがう」
「アサギ、こんな子供が村長な訳ないだろう……」
「いやもしかしたら村長かもしれないし……」
扉を開けたのは小さな女の子だった。もしかしたらファンタジー要素が働いてちびっこ村長が出てきたのかもって思うのは仕方ないことだ。
「……そんちょうはおじいちゃん」
「あーやっぱり? そんな気はしてた。おじいちゃん、いる?」
「……うん。どうぞ」
女の子が開けてくれた扉からダニエラと中へ入る。中はきれいに整理されていて、土間っぽい。靴のまま途中まで進んだところで奥から老人が出てきた。
「ん? なんじゃ、お前さんらは」
「旅の者です。もし良かったら今晩だけ泊まりたいのですが……」
「あぁ、すまんな。この村に宿はないんじゃ。代わりに空き家を貸そう。掃除してないから埃っぽい。宿代はいらんぞ」
「ありがとうございます。此方で掃除して使わせてもらいます。申し遅れました。僕はアサギと言います。こっちはダニエラ」
「よろしく」
「ワシは村長をやらせてもらってるレンゲルという。まぁ今日と明日だけの関係ではあるが、仲良くしようじゃないか」
あぁ、良い人で良かった。差し出された手を握って挨拶を終える。すると先程の女の子が箒を持ってきてくれた。しかし3本ある。
「……てつだう」
「いいの? ありがとう。あ、名前なんて言うの?」
「……メリカ」
「メリカちゃんか。一緒に掃除頑張ろうな」
「……うんっ」
ちょっと微笑んでくれた。無口っぽいけど良い子じゃないか。よぉしアサギお兄ちゃんが撫で撫でしてやろう。
「空き家はこの村の端にある。鍵はこれじゃ。メリカ、邪魔しないようにな」
「……うん、がんばる」
「レンゲルさん、ありがとうございます。責任を持ってお預かりします」
「なぁに、この村は平和そのものじゃから、危ないこともない。気楽にやってくれ」
そう言ってレンゲルさんは再び奥へと引っ込んでしまった。箒を持った3人は村長宅を後にし、空き家へと向かうことにした。途中ですれ違う村人に挨拶しながら空き家へ向かう。数分もせずに着いた其処は、まぁ小さな家だ。ボロ屋というほどでもない。手入れはされているみたいだな。
鍵を開けて中へ入ると、やはり多少は埃臭い。僕は虚ろの鞄から綺麗な布を3枚取り出してダニエラとメリカちゃんに渡す。
「埃っぽいからね。これで鼻と口を覆ったほうが良い。病気になる」
「だな。じゃあ早速掃除しよう」
「……がんばる」
グッと小さな拳を作って気合をいれるメリカちゃん。無表情っぽいがちょいちょい可愛いな。さて、僕も気合入れて掃除しよう。これでも深夜アルバイトで鍛えてきた方だ。コンビニの夜勤なんて掃除ばっかりだからな。掃除のセミプロと言ったところか。
まずは窓を開ける。全開だ。空気を入れ替えて外の明かりを差し込ませる。すると家の中の様子がはっきり分かる。ふむふむ。どうにかなりそうだ。
次に箒で埃を落とす。掃除は上から下へ、だ。空っぽの棚の上の埃や蜘蛛の巣を取り除く。窓枠の埃も落として、其処ら中の置物の埃を落としにかかる。こうして空き家にも関わらず物があるということはそれなりに裕福なのかな、この村は。てっきり使えるものは村で使って、空き家は空っぽだと思っていたが……テーブルまである。ということは此処は空き家は空き家でも、僕達みたいな旅人ように空けた家ということだろうか。どちらにしても余裕のある生活をしているのが伺える。
「ダニエラとメリカちゃんは箒で埃を外へ追いやってくれ」
「了解だ」
「……りょーかいだ」
メリカちゃんがダニエラみたいになってきている。何か通じるものでもあるのだろうか……。
さっさと埃を退却させたら拭き掃除だ。幸いにも布の切れっ端は虚ろの鞄の中に割とある。汚れた体を拭いたり、傷口に当てたりする為に服屋で安く買ったものだ。お陰でカラフルではあるが、拭くだけなら何の問題もない。ダニエラが土魔法で作った桶に僕が水魔法で水を満たす。キラキラした目でメリカちゃんが見ていたが、魔法を見るのは初めてなんだろうか?
「……いまの、まほう?」
「そうだよ。メリカちゃんは魔法、初めて?」
「……うん、はじめてみた。かっこういい」
僕とダニエラをキラキラした目で交互に見る。可愛いなぁ。将来的にはダニエラとの間にこんな可愛い子が出来たらなと思う。
ふとダニエラを見ると目が合った。途端に顔を真赤にする辺り、考えてることは一緒らしい。思わず苦笑してしまう。
「さ、魔法で出来たこの濡れ雑巾で家をピカピカに磨いてしまおう。3人でやればすぐ出来ちゃうな」
「……がんばる」
再び小さな拳を作って気合を入れるメリカちゃん。この子は行動が表情豊かだな。僕も頑張って拭かなければな。
「ダニエラ、いつまでやらしいこと考えてるんだ。掃除するぞ」
「ばばば馬鹿者! やらしくない! 普通だ! いつものことだ!」
「いつも考えてんのか……」
「あぅぅ……くっ、アサギめ……覚えておけよ……」
捨て台詞と共にダニエラは棚を拭きに行ったので僕は窓や壁を一気に拭いてしまおう。メリカちゃんは床やテーブルを拭いてくれている。やっぱり3人でやるとあっという間だな。
日が傾き、夕暮れもそろそろ終わって夜に片足を突っ込んだ頃、掃除は終わった。3人で綺麗な水で手を洗い、家の前に立つ。今は窓と扉を明けて空気の入れ替え中だ。テーブルの上には坑道でも活躍したランタンが置いてあり、家の中はある程度の明るさを確保出来ている。
「いやぁ、久し振りにこんなに掃除したなぁ」
「……がんばった」
「あぁ、メリカはよくやった。褒めてやろう」
ダニエラがメリカちゃんを抱えて撫で撫でしている。二人共一緒に掃除をして打ち解けたんだろうか。
さて、じゃあメリカちゃんを村長宅まで送っていかないとな。
「メリカちゃん、今日はありがとう。助かったよ」
「……ううん、わたしもたのしかった。ありがとう、あさぎおにーちゃん、だにえらおねーちゃん」
「うっ……あ、アサギ、メリカを連れては行けないだろうか……」
「犯罪だ馬鹿野郎」
ダニエラがギュッとメリカちゃんを抱きしめれば、メリカちゃんも抱きつく。僕は溜め息を吐きながら立て掛けられていた箒を抱え、村長宅へと歩き出した。
「すみませーん、掃除終わりましたー」
「あぁ、アサギくんか。ご苦労じゃったな。お茶でも飲んでいきなさい」
「ありがとうございます、頂きます」
ぞろぞろと3人で家の中へ入り、一段高くなった居間に並んで腰を掛ける。座ると疲れがどっと出てくるなぁ。ぐりぐりと肩を回しているとレンゲルさんがお茶を持ってきてくれた。
「熱いうちに飲みなさい」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
「……あつい」
ズズ、とお茶を飲むとほっとする。掃除の後の一杯は染みるぜ……。
ゆっくりとお茶を飲み干した頃には辺りはすっかり暗くなっていた。しかし空き家があるので安心だ。そろそろ夕食の準備もしなきゃな。
「そろそろお暇します。ご馳走様でした」
「ん、そうか。じゃあまた明日、鍵を返しに来てくれ」
「わかりました。では」
「……おやすみ、あさぎおにーちゃん、だにえらおねーちゃん」
「おやすみ、メリカちゃん」
「おやすみ」
去り際にダニエラと交代でメリカちゃんの頭を撫でる。嬉しそうに微笑むメリカちゃんに手を振って、村長宅を後にした。
空き家まで帰ってくると数人の人影があった。一瞬、『この村から出て行け!』的な罵声でも浴びせられるのかと思ったが、よく見たら昼間見た村人さんだった。入り口で村長宅へ行くことをオススメしてくれた人だ。
「おぅ、戻ってきたか」
「あぁ、先程の。ありがとうございました。お陰で今夜は屋根の下で眠れそうです」
「ははっ、良いってことよ。お前らずっと掃除してたろ。晩飯はあるのか?」
「いえ、これから準備するところです」
「だろうと思った。安心してこれを渡せるな」
そう言って鍋を僕に突き出してきた。首を傾げながら受け取ると、重い。空の鍋ではなく、中身が入ってる。
「それ食えよ。うちのかーちゃんが作ったスープだ!」
「えっ、良いんですか?」
「良いって良いって! 食ったら鍋はこの家に置いておけばいいからな! んじゃおやすみ!」
「あっ、ありがとうございました! 頂きます! おやすみなさい!」
ひらひらと手を振りながら村人さんは帰っていった。うわぁ、なにこれ、すっごい嬉しい。温かみを感じる。田舎特有の温かさみたいなものだろうか。テレビで見たことある。
「良い村だな……」
「あぁ、こんなに温かい気持ちになったのは久し振りだ」
ダニエラも同じ気持ちか……これも、旅の醍醐味なのだろうか。嬉しいな。良いな、旅は。
村人さんと村人さんのかーちゃんさんに感謝しながら鍋を火にかける。台所もあったので本当に助かる。しばらくするとグツグツと温まってきたので火から降ろした。匙でぐるぐると掻き混ぜてから器によそる。
「じゃあ食うか。いただきます」
「ん、いただきます」
匙で掬って口に運ぶ。濃厚な出汁から猪のスープだと分かった。崩れた肉を見るに結構な時間煮たんだろう、手の込んだスープだった。僕が即席で作ったスープとは大違いだ。実に旨い。
二人して争うようにスープを食べてたらあっという間に無くなった。しかし腹はいっぱいだ。空の鍋に水を満たして汚れを浮かせておく。明日の朝に洗って返そう。
はぁ。今日は良い日だ。良い人に会い、良い物を食った。
「なぁアサギ」
「なんだダニエラ」
「メリカ、可愛かったな」
突然何を言い出すかと思えばメリカちゃんか。確かに可愛かった。
「可愛かったな」
「私もあんな可愛らしい子が欲しい」
「そうだな。将来的には欲しいよな」
「そうだな。じゃあ練習だけでもしておくか」
「えっ、あっ!」
いつの間にか隣に居たダニエラに唇を奪われる。いつの間にか敷かれた野営用の敷き布まで引っ張られ、押し倒され、そして気付けば朝だった。体力は限りなくゼロに近い。




