第九話 始まった日常
初めて登録した日から2週間が過ぎた。
相も変わらず黒兎と小馬鹿にされる毎日が続いている。あの後、どこから聞きつけたのかネスが宿屋に来た。
「アサギ、その……悪かったな……俺よう、こんな大事になるなんて思ってなくてよう……」
「いいよ。誰だって何がどうなるかなんて分からないしさ」
「そうだけどよう……」
申し訳ないと本気で思っているのだろう。土下座なんて文化はないのか、頻りに頭を下げている。僕にはその姿を見て更に怒鳴りつけることが出来なかった。初めて黒兎と呼んだネスの顔に悪気なんて見えなかった。小馬鹿にしている感じはあったけどな。
これは周りが馬鹿みたいに騒いでいるだけだ。ギルドにガルド達が居る時は大人しいが、居ない時はこちらの気分が最悪になる程に囃し立てる。
そう、ガルドとネスはギルドに居ない日がある。むしろ居ない方が多いと分かったのは最近のことだ。彼らはコンビでの冒険者で結構難易度の高いクエストをこなしているのだ。この間は村の南……僕が来た門とは別の門から出た先にある森の奥にオークを討伐しに行っていた。5日程の遠征だったので、その間のギルド内は最悪の環境だった。あれだけ囃し立てて嘲笑してきてもギルドは間に立ってはくれない。冒険者同士の怪我を伴う喧嘩は止めに入るが、それ以外には干渉しないのがルールらしい。自分の立場は自分で確立させろ。これが基本らしい。それは偶々『質問・その他』カウンターに居た文学少女に聞いたので間違いはないだろう。彼女の名前は『フロウ』というらしい。自己紹介はされなかったが名札を身に着けていた。
「今日はどうされますか?」
最近行きつけの『クエスト発行』のカウンターの前に立つ。僕はクエスト板と呼ばれるクエスト内容の書かれた紙の貼ってある掲示板から千切ってきた紙を差し出す。
「はい、本日も『薬草回収』でございますね。では森での活動となります。ステータスカードの提示をお願いします」
僕はすでに手に握っていたステータスカードをカウンターに置く。
「はい、ありがとうございます。少々お待ち下さい。…………はい、クエスト内容が登録できました。お気を付けて、いってらっしゃいませ」
にこりと微笑みながらステータスカードを差し出してくるギルド員さん。僕はそれを受け取ってここ最近で言い慣れたワードを呟く。
「ステータスオープン」
◇ ◇ ◇ ◇
名前:上社 朝霧
種族:人間
職業:冒険者(ランク:G)
LV:10
HP:180/180
MP:70/70
STR:58 VIT:50
AGI:190 DEX:90
INT:44 LUK:11
所持スキル:器用貧乏
所持魔法:なし
受注クエスト:薬草回収
装備一覧:頭-なし
体-革の鎧
腕-革の小手
脚-なし
足-革の靴
武器-鉄の剣
-鉄の短剣
装飾-なし
◇ ◇ ◇ ◇
クエストはしっかり受注されていた。それを確認した僕はありがとうございますとお礼を言って踵を返す。ここでお馴染みの野次が飛んできた。
「おーう、今日も黒兎さんは草食兎さんか?」
「ぶはははは! 葉っぱ大好きだもんなー!」
クソ冒険者共だ。此奴等は昼間から酒場に入り浸り、いつも酒を飲んでいる。いつ仕事してるかと言うと、代わりの奴等が稼いだ金で飲んでるのだ。かと言って此奴等が働かない訳ではない。此奴等はパーティーが集まったパーティー、つまり『クラン』に所属していて交代で稼ぎに出ているらしい。今居ない連中が稼いだ金で酒を飲み、此奴等が稼いだ金で居ない奴等が飲む。それが決まったルールらしく、『俺の金だ』などという喧嘩は起きないらしい。よく出来たクズの寄り合いだ。寄って集ってクソばかり。僕は此奴等が嫌いだった。
「薬草は何にでもなるし誰の役にでも立つ。あって困るものじゃない」
「葉っぱ大好き黒兎さんのお陰で助かってますよーう! ひゃははははは!!」
言い負かすつもりはないが言われっぱなしも癪に障る。でも此奴等には何を言っても仕方がない。溜息一つ、僕はギルドを後にした。
僕は最近ずっと通っている薬草回収のエリアへと向かった。冒険者になってからはずっと薬草回収のクエストをやっている。このクエストは地味ながらも割と稼ぎの良いクエストだ。だがやはり地味な所為か、受注する人間は少ない。僕のような”石”がほとんどだ。
しかしこのクエストは森に行く一つの理由でしかなかった。本命はゴブリンだ。先程のステータスで確認したらレベルが10に上がっていた。6くらいになった時に『報酬引渡』カウンターの何だか気安い態度のギルド員さんに『なんかレベル上がってますけど?』と問い詰められたことがあったが、僕はゴブリンに出くわしたから已むを得ず戦闘したと報告した。ゴブリン討伐のクエストはFランクから受注可能な物件で、Gランクの僕は本来なら受注制限の掛かったクエストだ。
だから森へはゴブリン討伐ではなく、薬草回収のクエストで侵入していた。勿論、薬草もちゃんと回収している。そのお陰で溜まったお金で装備も整えた。鎧は防具屋で売られていた中古品。武器は鍛冶屋の見習いが作った試作品を安く買わせてもらった。あの時の鉈は鋳潰してこの短剣になっている。片手剣と短剣はユニークスキル《器用貧乏》に物を言わせたなんちゃって二刀流だ。
「よう、アサギ。森か?」
「ラッセルさん」
門の側にはラッセルさんが立っていた。今日は南側の担当のようだ。
「はい、また日暮れ前には戻ってきます」
「丘から歩いてきたお前さんなら夜も大丈夫だろう?」
くっくっくと喉を鳴らして笑うラッセルさんに僕は溜息をつく。
「もう木の上で過ごすのは嫌ですよ……」
「くはははは! その話はもう鉄板だな!」
前に宿の食堂で夕食を食べてる時に様子見にやって来てくれたラッセルさんにフィラルドへ来るまでの話をしたら、木の上で寝た話がツボに入ったらしく、その話をすると涙を流しながら笑う。同じ笑われるでも、今の僕には数少ない癒やしの時間だった。
「もう……じゃあそろそろ行ってきますね」
「あぁ、気を付けてな!」
バシン、と背中を叩かれる。多少の痛みは信頼の証だ。黒兎と笑われる僕を見てもラッセルさんの態度は変わらない。本当に良い人だ。宿屋のマリスさんもいつも笑顔で僕を送り出してくれる優しい人だ。1週間経って、宿の延長を頼んだ時は半額にしようとしてくれた程だ。勿論、それは申し訳ないのでお断りしたが……。
ともかく、僕は森へ向かう。薬草回収がてらのレベル上げに。