第八十八話 迷子は足で探せ
背中の大剣が重い。虚ろの鞄にしまいたいが、この重さに慣れないとこの先生き残れないので頑張りどころだ。凝りかけた肩をグルグルと回して気持ち的に血の巡りが良くなってきた頃、木漏れ日亭に到着した。そろそろ昼食だ。
「さて、ダニエラは帰ってるかなー」
宿の前には見当たらない。なら食堂か。あいつの食に対する姿勢はガチだからな。僕を待つより食べ物を待つ方が大事そうだ。
ガチャリと扉を押し開ける。木漏れ日が差すエントランスには相変わらずゆったりとした時間が流れていて、その静かな空間には宿泊客が椅子に座って思い思いの時間を過ごしている。初日と変わらないぁ、これが宿の光景だ。それを横目に見ながらエントランスを縦断し、カウンターへ向かう。今日の当番はドロテアさんではなく、知らない男性従業員さんだ。従業員さんに部屋の鍵を受け取り、左手の階段を上り、3階へ。上りきったすぐ手前の部屋、301号室が僕が滞在している部屋だ。受け取った鍵を差し込み、捻ってロックを外し、次いでドアノブを捻れば扉の先から森が顔を出した。相も変わらず緑メインの内装だ。目にも優しく心も落ち着く。その緑のベッドの上に荷物を降ろし、装備を外して着替える。今日はもうゴロゴロするだけなのでラフな格好だ。
「っあー、肩が軽い……飯行くか……」
降ろした藍色の大剣を鞄に入れる。正直入んねーべと思っていたがすんなり入って逆に焦った。どんどんこの鞄の容量が増えている気がしてならない。松本君の知り合いの宮廷魔術師さんに会ったら調べてもらいたいね。
食堂の入り口では給仕さんが出迎えてくれる。いつものおっとり給仕さん。僕とダニエラが最初に座った席に案内されたが、そこにダニエラは居なかった。
「おかしいな……あいつが飯時に現れないなんて……」
注文をストップしてしばらく待つ。周りの宿泊客が注文しては食べ終え、やがて食堂の人間は僕を含めて数人になった。ダニエラは一向に現れる気配が無かった。
そろそろ待ち始めて2時間か。流石におかしいと気付いた。
「すみません、ちょっと連れが来ないので今日は帰ります」
近くを歩いていた給仕さんを呼び止めて帰る旨を伝える。おっとり給仕さんは首を傾げて入り口を見る。
「変ですね~。ダニエラ様なら時間になったらすぐいらっしゃるのに……」
「えぇ、何かあったのかもしれません。なので僕はちょっと探しに行きます。夕食までには戻ります」
「お気を付けて~。この町は平和ですが、何があるかわかりませんから~」
「すみません、ありがとうございます」
折角お金も払って食材も準備してもらったのに、申し訳ないことをした。しかしダニエラと食べたいんだ。僕一人でも食べることはあるが、この宿での食事はダニエラとしたかった。
部屋へ戻り、再び虚ろの鞄から装備を取り出す。どんな時でも修行だ、と大剣も取り出して背中に背負う。慣れない重さに踏ん張りながら、新たに加わった大剣の大きさを気を付けながら部屋を出て階段を降りる。
降りる途中で『これもしかしたらギターケースみたいに持ったら楽なんじゃね?』と背負い方を変えてみる。今までは良くある大剣キャラっぽく斜めがけに装備してたが、バンドマンっぽく背負うと楽になった。よく考えたらこの背負い方じゃ抜けないよな……。自分の阿呆さ加減にがっかりしてると閃いた。閃きに従い、夜勤時にはよく財布などを入れる為に使ってたトートバッグっぽく下げたらもっと楽になった。まぁこれは前後に剣が伸びて危ないが……。
そんなことを階段の踊り場で一人であれこれやっていたらと下から上がってきた宿泊客に変な目で見られたのでそそくさとギターケース背負いで降り、カウンターにいた従業員さんにダニエラが戻ってきたら部屋で待っていて欲しいと伝えてもらうよう頼んでから宿から出る。あー恥ずかしい。
気を取り直して歩き出す。少し行けばメインストリートだ。そこまで出たらまずはキョロキョロと見渡し、ダニエラの姿が見えないか探す。が、勿論……
「それらしき人影は見当たらないな……気配感知は……」
見当たるはずもなく。とりあえず広域に感知の手を広げる。しかし熟練度が低い所為か、様々な気配がノイズのように反応してダニエラの気配は感知出来ない。やはりもっと修行する必要がありそうだ。
行き当たりばったりに探しても仕方ない。とは言え探すあてはあのクソガキの店とカシルの店くらいか。後は我が鼻が辿り着いた切り株亭か。ダニエラなら自力で辿り着きそうだが、確証がないから後回しだな……気は進まないがまずはクソガキの店に行こう。あいつの名前なんだっけ?
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「すみません、昨日僕と一緒にいた人来ませんでしたか?」
「はぁ? なんでワシがそんなこと教えなきゃならんのじゃ。靴買わんのなら帰れ帰れ!」
チッ、使えねークソガキだ。会話も出来んのか」
「おい、ちょっと心の声聞こえとるぞ!」
「おっと失礼失礼。ではさようなら」
「くっ、この野郎……っ」
靴はもう買ったから本当に用はないんだよなぁ。二度と来ねー!
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「すみません、昨日僕と一緒にいた人来ませんでしたか?」
「なんだおめぇ。藪から棒に。おっ、似合うじゃねーか! やっぱ良いよなぁ、大剣は! 男は黙って大剣だな!」
「今その話は拙いです。時間が吹っ飛びます」
「おっとそうだそうだ。俺も暇じゃねーんだった。で、嬢ちゃんか? 来てねーぞ。なんだ、喧嘩か?」
「いえ、昼食時なのに宿に帰ってこなくてちょっと心配で」
「そうかい、俺も手伝ってやりてーんだが、炉に火を入れたまんまだからあんまり離れられねぇ。悪ぃな」
「いえいえ、良い武器を作ってください。お邪魔しました」
「おぅ!」
カシルの店にも居なかった。これで後は望み薄な切り株亭だけだ。ダニエラ、どこ行っちゃったんだ?
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「ん? あぁ、お前か。今日も食いに来たのか」
「すみません、ちょっと今日は人を探してまして」
「なんだ、客じゃないのか。帰れ」
「まぁそう言わず。こんな、白に近い金髪の良く食べる女性来ませんでしたか?」
「そいつなら来たな。俺の出した飯食って帰った」
ダニエラ! お前来とったんかい!
「そ、それでその人、いつ頃来てどっちに行きました!?」
「9時頃だな。めちゃくちゃ注文して全部平らげてそっちの公園の方に行ったぜ」
「ありがとうございます! 探してみます! また来ます!」
「次は客として来いよ。旨いもん食わせてやる」
くそ、相変わらずのイケメンぶりだ。特に最後の『食わせてやる』をイケメンスマイルで言うとか惚れそうだ。
しかし今はダニエラだ。まさか食べ過ぎて動けなくなったなんて馬鹿な話じゃないだろうな……兎に角、公園を目指そう。
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商店街を抜けた所に公園はあった。ちょっと空き地があって、花壇があって……小さな公園だ。その端にはいくつかのベンチが置いてあったが、その一角に子供が集まっているのが見えた。ダニエラは見当たらない。ちょっと聞いてみるか……。
「おーい、そこのキッズ。金髪のねーちゃん見なかった?」
「金髪のねーちゃん? もしかしてこの人?」
「ん?」
僕の声に振り向いた子供達がベンチを指差す。その細く小さな指が指し示す先を視線で辿っていくと、そこには腹を膨らませたダニエラが転がっていた。
「おぉ、そうそう、此奴だ」
「そうなんだ! 見つかって良かったね!」
「あぁ。ありがとうな」
一人一人の頭を順繰りに撫でてやると甲高い笑い声を上げて駆けていった。まったく子供は純粋で最高だぜ!
「それに比べて此奴と来たら……おい、ダニエラ、起きろよ。起きろって」
「ううーん……もう食べられない……」
「寝言は寝て言え馬鹿野郎」
肩を揺するとむにゃむにゃと阿呆なことを言いながら目を開けた。
「んぁ……アサギじゃないか……」
「そういうお前はダニエラじゃないか。ここで何してるんだ?」
「満腹で辛くて……横になったら、寝てた…………っぽい」
「ぽいじゃなくてガッツリ寝てたよ!」
やっぱ食い過ぎか。情けない。しかし落ち着いて事情を聞けば僕が原因だった。ちょっと腑に落ちない部分もあったが、まぁ僕が悪いことには変わりないか……。
「悪かった。ダニエラを蔑ろにするつもりはまったく無かったんだ。その、なんていうか、男の魂の部分が悪さをしたんだ」
「まぁ、その気持ちも分からないではないが……今日はいっぱい構ってくれるんだろう?」
「あぁ、勿論だとも。お詫びと言っちゃあなんだが、飯でも食いに行くか!」
僕がダニエラに出せる最高の案だ。しかしダニエラはとんでもないことを言った。
「いや、今日はもういい……」
明日は石でも降るんじゃないか? なんて言った僕は思い切り後頭部を叩かれた。この件に関しては僕は悪くないと言いたい。言いたいのだが僕を弁護してくれる人は一人も居なかった。
その夜は食堂で軽く(とは言えない量をダニエラだけ)食べてから、僕の部屋で一緒に朝まで過ごした。ナニをして過ごしたかは割愛させてもらうが、翌日のダニエラの機嫌が頗る良かったことだけは伝えておく。




