第八十七話 男は黙って大剣だ
「すみませーん」
「おぅ、来たか」
今日は倒れずにカウンターに立っていたカシルが出迎えてくれた。
「昨日は盛り上がっちまって悪かったな。嬢ちゃんはへそ曲げたまんまか?」
「えぇ、今日は別行動だってぷんすかしてました」
「ハッハッハ! 剣に熱くなる心はやっぱわかんねーわな!」
「剣を見て心が躍るのは男の本能ですよねぇ」
二人してアッハッハと高らかに笑う。これだから男子っていやなのよねーって言われそうだ。だが仕方ない。武器は男の魂だ。素材、形状、価値。その一つ一つが心を擽る。僕の腰にぶら下がっている『鎧の魔剣』もそうだと心の中で頷いている。
「だて、何だかんだ言ってはいるがこれ以上嬢ちゃんを怒らせない為にも今日は巻いていくぞ。おめぇが昨日選んで迷っていた短剣をここにピックアップしておいた」
「ふむ……やっぱどれも目移りしますねー……」
カシルが並べた短剣は全部で4本だ。
軽くて頑丈な短剣。レア鉱石である『ミスリル』から作られた『ミスリルの短剣』
切れ味重視で、紅玉クラスの海蛇『セイバーサーペント』の牙から作られた『サーペントヴァイト』
『雷鉱石』から作り出した短剣に掛けた付与魔法によりAGIが上昇する魔法短剣『リニアブレード』
カシルが露天商から買ったという出処不明の短剣『アシキリマル』
この4本を目の前に、僕はうんうんと唸っていた。正直、全部欲しい。しかし金が無い。あるにはあるが、余裕がない。もう1匹ワイバーン倒していればと思うが、思うだけだ。出来やしない。
「で、どうすんだ?」
「どれも良い」
「そいつは嬉しいね。金があるなら全部売ろう!」
財政難にぐぬぬと歯ぎしりしながらも、ここで選ばないと本当にダニエラに愛想を尽かされる。宿に戻ったら誰も居ませんでしたじゃ僕は路頭に迷ってしまう。
「一番気になるのはこの転売品なんですが」
「転売って言うな、転売って。確かにこれは俺が昔買ったもんだが、物は良いぞ。中古だから安くしてやる」
「アシキリマルねぇ」
日本語っぽいネーミングだし、これ、短剣だけどどう見ても小太刀だよなぁ。その露天商何者だろう。しかし色々惹かれるが、この小太刀には結構惹かれる。他の短剣は素材とかに惹かれるがこの小太刀に関しては名前にも形状にも名状しがたい何かにも惹かれる。僕の中の剣の心が此奴にしろと轟き叫んでいる気がする。
「決めました。このアシキリマルをください!」
「よぉし金貨10枚だ!」
「中古の転売品でしょう? 半額にしてくださいよ」
「そうはいかねぇ。これも商売だ。が、おめぇには助けてもらった恩もあるから6枚で売ってやる!」
「買った!」
げっへっへ、謎小太刀を安くゲットだぜ。金貨6枚は僕にとっては安くない。だけどこの小太刀を手に入れる為であれば、安く感じてしまう。それほどまでにこれが重要な物と思えて仕方ないのだ。
僕は代金を支払って腰マントの裏のベルトに小太刀を装備した。これでアサルトコボルトのお陰で失った装備は取り戻せたかな!
「これで買うものは全部か?」
「えぇ、ありがとうございました。いい買い物が出来ました」
「へっ、俺も久し振りに分かる奴が来てくれて嬉しかったぜ!」
お互いにガッチリと握手をする。剣を心に宿す男同士の熱い友情がそこにはあった。
「これで失った装備は取り戻せました。そしてこれからは僕の新しい装備を買いたいんですが……」
「まだ買うのか? まぁいい。何が欲しい?」
嬉しそうにカウンターの向こうで腕を組みながら此方を見つめるカシルにニヤリと口角を吊り上げてやる。
「大剣をください」
□ □ □ □
まったく、アサギの奴め。この私を完全放置して武器選びとはいい度胸だ。まさに眼中にないって感じだった。心が傷ついた。これは旨い物を食べて心を癒やして腹を満たさないといけない。
私は一人、ヴァドルフのメインストリートを歩く。左右に並び立つ宿からは観光客や冒険者がぞろぞろと排出されてくる。皆、朝食を食べたから腹ごなしに歩くつもりなのだろう。だが私は違う。この傷ついた心を癒やすために朝食2回戦目をしに行くところだ。言うなればこれは傷心旅行だ。
どこかに私の心を癒やしてくれる素敵なお店は無いかと歩き回るが、宿しか無い。何なんだこの町はと思ったが宿場町だったことを思い出し、やり場のないイラつきにまた心が傷ついた。それもこれも全部アサギが悪いんだ。アサギが構ってくれれば私は常にごきげんだというのに……。くそ、やはり昨日の夜はアサギの部屋に行くべきだったか。途中、無料案内所が目に入ったがそこを頼ると何故か負けた気がするので寄らずに探すことにした。
どこを見ても宿しか無いので、賭けに出てみた。何の脈絡もなく道を曲がり、路地へ入る。その突き当りを風魔法で飛び越え、出た先を気の向くままに歩く。行き止まりに来たら飛び越える。そうして何度か繰り返すうちに我が鼻に芳しい香りが届いた。漸くだ! 我が鼻の探知能力を頼りに出処を探す。
そして何回か道を曲がると商店街に着いた。昨日アサギを行った商店街とはまた別の商店街だ。見た感じ、旅行客が多い。様々な荷物を持って歩いている姿から察するに、土産物だろうか。ということは雑貨屋のような店舗が多いのだろう。しかし我が鼻が察知した香りはこの商店街から発せられている。この商店街にあるのは間違いないだろう。私は我が鼻に全身全霊を込めて再び歩き出した。
『切り株亭』という看板を掲げた店。そこが我が鼻が辿り着いた約束の場所らしい。濃厚な香りが我が鼻を麻痺させる。ここだ。ここなら私のこの傷ついた心を癒やしてくれるはず。そうと決まったら後は入るのみ。女は黙って突き進めだ。
「客か? なら適当に座りな」
私もそれほど愛想が良い方ではないが、この店主程辛辣ではないと思いたい。客だからと横柄な態度を取るつもりはないが、もう少し優しくしてくれてもいいのではないかと心の中で呟きながら目の前の席に座り、メニュー表を取る。ふむ、小洒落た名前の料理ばかりだな。こういう店は味は良くても量が少なかったりするんだ。巫山戯た盛り付け方をするに決まってる。ゴブリンの手の平程度の量の料理を出して銀貨50枚とか言い出すに違いない。ならば初めからそれを見越した量を頼めば良い。金ならあるしな。スタンピードを防いだ報奨金や坑道跡で得た素材を換金した金がまだあるからな。
「注文だ。『子鹿のステーキ』と『猪と野草のソテー』と『今日のスープセット』とデザートに『ベルル蜜のアイス』を2つ」
「食い過ぎじゃねーか? 食いきれないなら罰金もらうぞ。料理はタダじゃない」
「見くびるな。私は出されたものはすべて食べる。それが料理に対する礼儀というものだ」
「ふん……分かってるじゃねーか。なら良い。最高の料理を出してやる」
ふむ、存外悪い奴ではないらしい。態度が悪くても、やはり料理を作る者ということか。作る者と食べる者。この2つが噛み合った時、そこには幸せが生まれる。私はこの傷ついた心を癒やし、幸せを得る為にここへ来たのだ。さぁ、私を満足させてみろ!
この日、私は幸せとは何かということを知る。そして真の幸せを得るためにはアサギは無くてはならない人だということも知る。傷ついた心は完全に修復され、光り輝く心となって生まれ変わった。私の心がアサギを求めている。アサギ、今会いに行くぞ。予想外の量にビックリしたが全て詰め込んだこの胃の中が消化されたらすぐにでも行くから待っていろ。うっぷ……。
□ □ □ □
「大剣だぁ? おめぇ、武器は片手剣じゃねーのか?」
「色々使いたいんですよ。どんな武器でも上手く扱えるようになるのが目標なんで」
「そういう奴は皆、中途半端な所謂『器用貧乏』になるんだ。おめぇは片手剣を極める方が似合ってると思うぜ?」
「良いじゃないですか、器用貧乏! 極めれば器用裕福ですよ! 片手剣も使いたいですが大剣も極めたい!」
「器用裕福ってなんだよ! あぁ、もう、しゃーねーな! 大剣だな、うちの一番良い奴を持ってきてやる!」
というやり取りがあってカシルはカウンターから出て棚の列に消えていった。僕は器用貧乏を馬鹿にされてぷんすかしていたが、つい口をついて出た器用裕福という造語を思い出して一人、ニヤニヤと笑う。
「なんだおめぇ……きもちわりーな……」
「んん゛っ! げふんげふん! ……で、大剣は?」
「誤魔化せてねーよ……ほら、此奴がうちで一番優秀な大剣だ。名は『シュヴァルツテンペスト』」
黒い暴風雨? 異世界だからかもしれないが言語めちゃくちゃだな……。
「大昔にいたテンペストホエールっつう魔物の骨の化石から削り出した剣だ。藍色の魔力が染み込んだ骨から作り出したんだが、色が濃すぎて黒に近いからな……潜在攻撃力は折り紙付きだ」
「藍色ですか……僕にも流れてるので打って付けではありますね」
「そうなのか? ならこれも運命ってやつなのかもな……。この剣はな、俺の師匠が死ぬ前に打ったんだ」
カシルが剣を見つめながらしみじみと語る。
「師匠は鍛冶師に必須の紅色の魔力を持たなかったんだ。持っていたのは藍色の魔力。誰もが馬鹿にしていたが、師匠はそれでも諦めずに剣を打ち、帝国で一番の鍛冶師になったんだ。すげーだろう?」
「はい、どれほどの努力をしたのか想像もつかないです」
「だろう。それはもう血の滲むような毎日だったぜ。何度止めても鍛冶場から離れねーんだ。そんな師匠が打った最期の剣だ。最期の最期に作った剣にはその人間の魂が宿る。市場を流れ流れて、ついにここに行き着いた伝説のテンペストホエールの骨。そこに藍色の鍛冶師が魂を込めたんだ。この剣に勝る剣はないぜ」
僕はカシルから視線を外して藍色の大剣『シュヴァルツテンペスト』を見る。薄っすらと藍色のオーラを纏う大剣は大海のような、それでいて大空のような広さを身に纏っていた。
「アサギ、おめぇにこの剣を託す。これも何かの運命なんだろうな。貰ってくれや」
「いいんですか?」
「ったりめーよ! さて、俺も師匠を超えるような剣を打ちたくなった。じゃあな!」
グリグリと鼻の下を擦ったカシルがカウンターを乗り越えて奥へと消える。僕はその後ろ姿に頭を下げ、藍色の大剣を背に店を後にした。背に宿るは熱い男の魂だ。その魂に恥じない生き方をしなければ。
まずはダニエラに媚びへつらってご機嫌伺いをしよう。男は黙って媚を売れ、だ!




