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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第八十六話 男は黙って剣を持て

「すみませーん。武器欲しいんですけどー」


 『カシル武具店』の店内は人っ子一人いない。もしかしてお休みかな?と思ったけど、鍵が開いてたから問題ないと判断した。店内の壁際には様々な武器が並んでいた。どれもこれも華美なものではなく、実用性や機能性を重視したデザインだ。その中にアクセントを付ける形でちょっとした装飾がある。僕好みの路線だ。


「誰も居ないな……」

「奥にいるんじゃないか?」

「勝手に入るのはどうなんだろう?」

「居ないんだから仕方ないんじゃないか? 寧ろ確認しておかないと泥棒の餌食になる」

「それもそうか……ちょっと見てくるよ」

「分かった。私はここで見張っている」


 いつまでも現れない店主。ダニエラと相談して僕は一人、カウンターの向こうにある扉から奥へと向かった。

 扉の向こうは廊下になっていて、明かりは付いていた。すみませーん。と呼び掛けながら一つ一つ、扉を開けて中を確認していく。そして何度目かの確認。


「んぉ、あっついな……鍛冶スペースか……? すみませーん、誰か居ませんか?」


 炉の炎に照らされた大部屋に出た。締め切っていた所為か、室内の温度は高い。蒸すような、というより最早蒸し焼きだ。まさかと思い、今までは廊下から覗くだけだったが、中へ入ってちゃんと確認する。


「クソ熱い……でもこれ、アイスドラゴンのお陰でまだマシなんだろうな……」


 炎が噴き出る勢いの炉。そこから発生する熱風が僕の長い前髪を乱す。また切んなきゃな……。炉の辺りでキョロキョロと見回すが、誰もいない。


「ふぅ……もしかしたら熱中症でぶっ倒れてるかと思ったが、いなさそうだ、な……うぉ!?」


 額の汗を拭い、この部屋じゃなかったかと振り返ると、扉の後ろに人が転がっていた。モジャモジャの髭。手には金鎚。どう見ても鍛冶師だ。見た感じ、この部屋から脱出する直前で意識が飛んだのだろう。完全に死角で気付かなかった。慌てて駆け寄り、起こそうと体を支えるが、持ち上がらない。仕方ないので引きずって部屋の外へ脱出した。


「重いな……っと、そんなことより介抱だ!」


 虚ろの鞄からいつも野営時に使う敷き布を取り出す。何とか転がしながら鍛冶師の下に敷いて、次に氷魔法で氷塊を生成する。特に意識せず、ただ手の平にピキピキと作り出した。それを腋や首元、足に当てて、取り出した布を水魔法で濡らした後に氷魔法で軽く凍らせてから額に乗せる。


「とりあえずはこんなもんか……」


 応急処置はこれで良いだろう。日本に居た時は夏になるとこういうことを紹介する番組が多かったからな……流し見でも見てて良かった。がってん!


「遅いから心配して来てみれば……これはどういう状況だ?」

「あぁ、ダニエラか。彼がこの鍛冶場の中で倒れてたんだ。無茶苦茶暑かったから多分、熱中症だな」

「熱中症……聞いた感じ、とても熱い場所にいるとなる病気か?」

「そんな感じだな。水分と塩分の補給をしないと、こうなる」

「なるほどな……火山に行く時は気を付けないと」


 火山に行く予定があるのかと聞こうとしたその時、鍛冶師が唸りながら目を開けた。


「ん、んん……」

「お、目が覚めましたか? 大丈夫ですか?」

「あー……頭が痛い……誰だおめぇ……」


 鍛冶師はまだ起き上がれないのか、ボーッと天井を見ていたが、僕が問いかけるとちゃんと返事をした。大丈夫そうだ。


「客ですよ。入ったら誰も居なかったので失礼して探してみたら貴方が鍛冶場で倒れてたんですよ」

「んぁー……そういえば仕事してて、倒れそうになったんで部屋を出ようとした記憶がある……出れなかったのか……」

「ですね。扉の1歩手前で倒れてましたよ」


 あと少しで脱出出来たのだ。実に惜しい。それだけ根を詰めていたのだろう。もっと体を大事にしないとお仕事が出来なくなる。そうすると僕も武器が買えないので大問題だ。


「すまんな……世話掛けた。もう、大丈夫だ。店の方へ行こう」

「本当に大丈夫ですか? 無理しないでくださいね?」

「平気だ、こんくらい……っとと、ちょっとふらつくけどな」


 それは大丈夫とは言わないのでは?




「さて、すまんがまだ頭がボーッとするんで座らせてもらうぜ。武器が欲しいんだろう? どんなのが欲しいんだ?」


 カウンターにあった椅子に座った鍛冶師、『カシル』は僕を見上げながら商売を始める。


「片手用直剣を1本。それと短剣も1本。軽くて丈夫なのが欲しいです」

「ん、なら……あぁ、悪い。その棚にある奴を取ってくれ。……そう、それだ。それがうちで扱ってる軽量型の片手直剣だ」


 カシルが指差した棚にあった剣を持ってみる。確かに軽い。鉄の剣と同じくらいの軽さだ。しかし刃の部分の色が鉄のそれではなかった。


「これ、素材は何です?」

「そいつはレーヴァタイガーの牙を削り出した剣だ。奴の一番硬くて長い犬歯を使った逸品だ。元々奴の牙は切れぬ物無しと言われる程の鋭さと切れ味だが、それを剣の形にし、更に研磨した。その剣なら大抵の物は寸断出来るぜ。値段は高いぞ。レーヴァタイガーの討伐レベルが紅玉以上だからな」


 さっきまで倒れていた人とは思えない程の饒舌ぶりだな……仕事のこととなったらやたら口が回るタイプの人か……。

 紅玉ランクとはギルドランクAのことらしい。レベルで言えば81以上だそうだ。これ、名剣だろうな……何でも斬れる牙を研ぐとか正気の沙汰じゃない。手とか滑ったらどうするんだ……。しかし、僕にはそこまでの剣は必要ないな。僕みたいなのには手に負えない。大体何でも斬れる剣の鞘ってどんなんだよ。矛盾か。


「お、その顔は分かるぜ。『何でも斬れる癖に鞘に収まってんじゃねーか』って顔だろ? その鞘、ただの鞘じゃあないんだぜ。その鞘には『不壊』の付与魔法が掛けられてる。つまり、壊れないんだ。壊れないということは、切れないってことだ。それ込みで値段は高いけどな」

「そんな付与、そう易易とは出来ないのでは?」

「まぁな。普通の付与魔術師には出来ん。そいつは依頼したのさ。有名な付与魔術師にな」


 おい、それってまさか。


「その付与魔術師の名は?」

「あん? 嬢ちゃん、興味あるのか?」


 ダニエラがぶっ込んだ! 藪蛇になるからって言ってたのに!


「名は『レイチェル=ヴァナルガンド』だ。定住しないから会うのは奇跡に近いぞ。俺も奇跡だった。確かランブルセン共和国に行くって言ってたぜ」

「レイチェル……ヴァナルガンド……」


 ダニエラが記憶に刻むようにその名を繰り返した。しかしランブルセンか……まさに入れ違いってやつだな。ニックが言ってた付与魔術師も恐らくそのレイチェル=ヴァナルガンドだな。僕の装備の付与は別人だろうけれど。

 ヴァナルガンドという名が僕は引っ掛かった。ヴァナルガンドは神狼フェンリルの別名だ。ラグナロクの時に最高神オーディンを飲み込んだ狼。狼。狼だ。僕の《森狼の脚》を授けたのも狼だ。


「で、それにするのか?」


 カシルの声にハッと我に返った。僕は手にしていた剣を見て首を振った。


「僕にはもうちょっとお手頃な奴をお願いします」

「そうか。ならその隣の剣だ。それならおめぇも納得するだろう。特殊な付与もない。ただ只管、頑丈さを追究した剣。鎧甲石(ガイコウセキ)を火魔術師もビックリな温度で焼いて作り出した剣だ。申し訳ないがちと重いぜ?」


 カシルが指示した剣を手に取る。頑丈さを極めたその剣はなかなか重い。鋼鉄の剣より少し重いくらいか。無駄な装飾もなく、ギリギリまで重さを削っているのが見て取れる。鞘から抜いてみると刃の色は燻し銀。艶消しされた銀の刃は僕の顔を映さない。


「この剣に名はありますか?」

「あぁ、あるぜ。『グラムパンツァー』だ」

「グラムパンツァー……鎧の魔剣か」


 剣であるはずなのに鎧の名を持つ剣か。気に入った。君に決めた!


「これにしました」

「毎度あり! 金貨35枚だ!」

「高い!」

「俺を助けてくれたから20枚で良いぜ!」

「買った!」


 虚ろの鞄の金貨用財布から金貨20枚を取り出してカシルに手渡す。1枚1枚を丁寧に数えたカシルはもう一度『毎度あり!』と言って金庫にしまった。


「んで、次は短剣か。これも頑丈なやつにするのか?」

「えぇ、使い勝手が良くて頑丈なのをお願いします」

「りょーかい。んじゃあその棚の裏側に……」


 こうして男同士の熱い買い物は過ぎてゆく。ダニエラを完全放置した所為で後でお叱りを受けたのはまた別の話だ。

 結局この日だけでは決まらず、次の日もカシルの店に行くことになった。ダニエラは『別行動だ!』とぷんすか怒っていたので帰りに甘いものを買うことを誓い、僕は再び『カシル武具店』の扉を開いた。

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