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第八十四話 ハンフェル

「お待たせしました~。此方が『森兎の香草焼き』と『森野菜炒め』です~。そして此方が本日のオススメ料理、『森猪と野草とキノコのミートパイ』です~」


 ダニエラと雑談していると頼んでいた料理がやってきた。給仕さんはおっとりとした話し方だがテキパキと料理を並べていく。ちゃんと頼んだ人の前に頼んだ料理が並べられる。


「デザートは食後にお持ちしますね~。ではごゆっくり~」


 あー、そう言えば持ってきてもらうタイミング告げてなかった。失敗失敗。まぁデザートと言えば食後だよな。流石は給仕さん。


「じゃあ食うか。いただきまーす」

「ん、いただきます」


 目の前にはオススメであるミートパイが湯気を纏っている。ミートパイか……食べたこと無いな。アップルパイの肉バージョンって感じかな?

 まずはナイフで切り分けようとパイに差し込む。すると『ザクッ』と気持ちの良い音がした。あぁ、この焼き立ての感触。いいね!


「美味そうだな……」


 ダニエラがフォークで森兎の香草焼きを食べながら僕の料理を狙う。


「ちゃんと分けるから」


 その様子に苦笑いしながらザクザクとナイフを入れてピザのように8分割にする。断面からは肉汁が溢れてくる。早く食べないとパイ生地がふやけてしまう。僕は天ぷらや揚げ物の湿った食感が苦手だ。インスタント麺のかき揚げは入れず、寧ろあのうどんのだし汁を天つゆに見立てて食べてしまうくらいだ。カリッとフライはサクッとが僕のモットーなのだ。


「熱いうちに食べてくれよ」

「ん、ありがとう。アサギにも兎をやろう」

「ありがとーう。ん、うめぇ……」


 ダニエラがフォークに刺した兎を僕の口元に差し出してくれたので食べる。ハーブの香りと何かの酸味? が兎に絡んで旨かった。ミートパイ頼んだのに先に兎食ってるな……ミートパイも食べねば。熱いものは熱いうちにが料理に対する礼儀というものだ。


「はむ……んっ! んぐ、これ旨いな……!」


 一口分を切り取って口に運ぶ。ザクッとしたパイ生地はやはり気持ちが良い。中の具は強烈な肉の味の中にキノコのコリコリとした食感があって食べてて楽しい。そして旨い。ちょっとピリッとくるのは野草か何かかな。こういうピリッとしたスパイス系は大好きだ。虚ろの鞄の中の調味料にも入ってる。確か名称は『アカピリの実』の粉末。名前からして辛そうだ。ダニエラもパイを食べてちょっと辛そうにしている。ダニエラも結構辛いの好きだそうで、よくアカピリの粉末を料理に入れている。既にそこには調味料として使っているので追いアカピリだ。


 食事の手は止まること無く、皿の上が綺麗になくなるまでそれ程時間は掛からなかった。ダニエラからお裾分けして貰った森野菜炒めも塩が効いてて旨かった。素朴な疑問なんだがこの世界、海塩はあるんだろうか?


「デザートをお持ちしました~。此方が森の果実のベルル蜜煮です~。此方が森果実ケーキですね~。ご注文の品は以上でよろしいですか~?」

「はい、ありがとうございます」

「ではごゆっくり~」


 給仕さんは柔らかい笑みで会釈してまた奥へと戻っていった。見計らったように持ってくるなぁ……普通に見計らってるのか。仕事だもんな。


「さ、食べるか。これ美味しそうだ」

「このベルル蜜煮も旨そうだ。ちょっとフォレストゴブリンを思い出すが……」

「気にしてたら蜜が勿体無いぞ。せっかくの甘味だ。味わおうぜ」

「だな……実は待ち遠しかったんだ」


 甘いものを目の前にした女子というのは皆笑顔になる。これが現代女子ならスマートフォンを取り出して写メの嵐なのだが、ダニエラは早速ナイフを入れている。ダニエラはスマートフォン持っててもいきなりスプーンとか突き刺して『あーっ! 揃ったら写メ撮ろうと思ってたのに!』とか言われてそうだな……。

 森の果実のベルル蜜煮は『森の果実』で森果実のケーキは『森果実』で、ここに何の違いがあるんだろうとか思いながらケーキをフォークで切り分けて食べる。生クリームたっぷりのケーキではなくパウンドケーキっぽい見た目と食感の中に果実の甘味と酸味が効いてて非常に旨い。この食堂最高だな。口にする物全て旨い。


 旨い料理に舌鼓を打ち、甘いデザートに頬を緩ませ、木漏れ日亭最初の夜が過ぎていく。約束通りダニエラに甘えた夜は明け、ヴァドルフ2日目の朝。

 勿論僕は自室で目を覚ます。当然のことながらダニエラは隣にはいない。ナニを期待していたというのか。


 朝の日差しが木漏れ日のようにカーテン越しに差し込む。見た感じ晴れかなーと思いながら起き上がり、顔を洗って部屋着から着替える。今日は調べておいた靴屋と武器屋に行くので装備を整える必要がある。防具の素材と合わせて違和感がないかの確認もしなければいけないからな。ということで軽鎧とポンチョ、腰マント以外を着込んで食堂に向かう。靴は前に履いてた革靴だ。


「おはよ、ダニエラ」

「あぁ、おはようアサギ」


 いつもならまだ半分寝てるダニエラもここの料理には完全に胃袋を掴まれたらしく、ちゃんと起きてきた。しかし後頭部の跳ねた毛が締まらない残念さを引き立てていて実に残念だ。


「ダニエラ、後ろ跳ねてる」

「……ん? 前からこうだったが?」


 嘘をつくな嘘を。



  □   □   □   □



 朝から最高の料理を食べて自室。301号室で防具を着込む。ガチ装備だ。武器無いけど。変に話題になりそうだから古代エルフの剣は出さない。貴族に人気とかいう話だし、盗まれても嫌だしな……。でも無いよりはマシかなと鉄の剣を下げる。此奴も僕にとっては思い出の品なのであまり表に出したくないんだよなぁ。ただでさえボロボロなのにこれ以上傷とか付いたら泣ける。

 丁寧に、壁や扉に鞘がぶつからないようにしながら部屋から出る。ちゃんと虚ろの鞄も背負ったし、忘れ物はない。ないけどしっかり鍵を掛けてエントランスへ向かい、カウンターにいたドロテアさんに鍵を渡す。


「クエストですか?」

「いえ、ちょっと剣と靴が呪われたんで新調しに」

「え゛っ、大丈夫なんですか……?」


 『え』に濁点を付けられた。悲しい。


「僕限定の呪いっぽいんで大丈夫だと思いますよ」

「一体何したんですか……?」


 ドロテアさんが訝しむように僕を見る。ナニしたんですかねぇ……。


「アサギ」


 僕を呼ぶ声に振り返るとダニエラもガチ装備でやってきた。今からワイバーンでも倒しに行くような雰囲気だよな。仮面まで装備してガッチガチだ。


「お二人ともこれからスタンピードでも鎮圧しに行くみたいですね」

「鉄の剣ですけどね」


 HAHAHAと笑いながら、会釈するドロテアさんに会釈を返して木漏れ日亭から出る。向かうは靴屋だ。オサレは足元からって言うしな。昨日、靴屋の場所を書き写した紙を取り出して経路をチェックする。大通りの大きな噴水を東に進んで3ブロック目を左に曲がる。そしてそのまま進んむと建物と建物の影になってちょっと薄暗い商店街が現れる。靴屋はこの商店街にあるとのことだ。こんなん普通に歩いてても見つからんわと案内所で書き写しながら思っていたが、実際に歩いてみると本当に見つからない。まるで隠すように建てられた商店街だ。『スラム』という単語が脳裏を過ぎったが歩く人々は大通りを歩いているような冒険者や旅行客が大半だ。やはりこの町は治安が良いらしい。


 商店街もやはり木造だ。大通りのように等間隔に水飲み場風スプリンクラーは置いてないが、入り口に一つあった。この分なら出口にもありそうだ。入ってきた場所を入り口として、出口辺りに靴屋はあった。店の前に並ぶ靴。看板も靴の形だ。


「『ハンフェルの靴屋』、か」

「いい靴だな。これとか良いんじゃないか?」


 ダニエラが並べられていた靴を一つ手に取って僕に見せる。でもそれ冒険者用じゃなくない? 赤くて可愛いリボンが付いてるんだが?


「その靴は魔法の威力が上がる靴じゃ。お主は見たところ剣士じゃからいらんじゃろう」


 不意に声が聞こえてくる。しかし姿が見えない。『幽霊』という単語が脳裏を過ぎったが靴屋の幽霊なんて聞いたことが無い。絶対に誰かいるなずだとキョロキョロ見回していると、


「下じゃ!」

「いってぇ!!」


 という声とともに太腿を殴られた。地味に効くパンチに薄っすら涙を浮かべながら下を見ると木製のハンマーを握った子供がいた。この野郎、ハンマーで殴りやがったな!?


「用がないなら帰れ! 商売の邪魔じゃ!」

「用はあるんだよ。靴を買いに来たんだ。中に入るからどけこのガキ」


 ハンマーで叩かれた僕はご立腹だ。木製とはいえクソ痛い。


「ガキ!? ガキじゃと!? この野郎。もうお前なんかにワシの靴は売らんっ! 帰れ!」

「ワシの靴?」


 プンスカと怒るハンマーキッズを見て首を傾げる。


「そうじゃ! この靴はみーんなワシが作った! 靴職人ハンフェルがなっ!」


 なんとまぁ、このハンマーキッズがハンフェルとな。そのハンフェルが靴を売らないという。それは困る。僕はただの革靴で魔物と戦わなければならない。


「ごめん、ハンフェル。靴売ってください」

「ハンフェルさん、じゃ。さんをつけろよ草履野郎」


 きぃーっ! このガキむかつく!!

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