第八十三話 アサギ様を見てるダニエラお姉様
「……てなことがあったんだよ」
「ふむ……」
木もれ陽亭に戻り、部屋で休んでいたダニエラの下で経緯を話した。いつの間に買ってきたのか、サンドイッチなんぞをはむはむしていた。空腹によって飢餓スキルが発動しそうだった僕が見つけるのに苦労した食べ物をこうも容易く……流石はダニエラ。食の道において右に出るものはいない。
そんなダニエラも僕の様子を見て異変に気付いたのか、サンドイッチを脇に置き、サンドイッチを、脇に、置いて、僕の話に耳を傾けてくれた。僕の雰囲気が食事より優先順位が高かったらしい。嬉しいけれど、何か複雑なのは我儘なのだろうか。
「そういった不具合というか、安全性に欠けることが発覚してしまった以上、装備することは出来ないな。すぐに新しい装備を整えた方がいい」
「やっぱそうなるよなぁ」
剣の使い勝手は最高だった。その欠陥さえなければいつまでも使える代物だったのだ。古代エルフの剣と比べてしまえば、そりゃあ比べるのも烏滸がましいって話なんだが、僕の手に馴染んだあの爪牙剣のグリップは正に手に吸い付くようだった。今思えばあれは僕の魔力を隙間なく、吸い取る為だったんじゃないかと思うが。
「とりあえず前の革靴はあるんだろう? 取ってきたら一緒に出掛けよう」
「悪いな……ゆっくり食べてたのに」
「良いさ。アサギが戦えないと私も困るからな。頼りにしてるんだぞ?」
嬉しいことを言ってくれる。さて、ダニエラに再び頼られるためにもしっかり装備を整えなければ。
僕は自室の301号室に戻り、虚ろの鞄から取り出した革靴を履き、凍らせたアサルトコボルトの装備を代わりに入れる。それを背負ったら出発だ。もう一度ダニエラの部屋に訪れて出発の準備が整ったダニエラと合流し、町に繰り出した。
□ □ □ □
無料案内所は宿だけを案内している訳ではない。訳ではないと言いつつ、僕はしっかり先入観ガチガチで『こんな所に武器屋と靴屋の案内なんてあるわけねーべや』と思い込んでいた。ダニエラと二人でウロウロしてみたが見つからないので『そういえば無料案内所があったな』というダニエラのひらめきに従って訪れてみれば、しっかり場所を明記してあったのだ。宿場町だから宿の案内所だと思っていた僕は盛大な溜息を吐いた。
「しっかしまぁ、ウロウロした所為でもう夕暮れだな……」
「そうだな……私が早く気付いていればよかったんだが」
「僕なんか宿の案内しかしてないって思い込んでたよ。ほら、夕食に遅れちまうぜ」
「とりあえず、場所の確認だけしておこう」
壁に貼ってあるチラシの地図を武器屋、靴屋共に書き写して僕達は夕日が照らす町の中を並んで歩いて木もれ陽亭へと帰った。
「木漏れ日食堂へようこそ~」
気の抜けるような声が食堂の入り口で僕達を歓迎してくれた。目の前にはピンクのふわふわした髪型の女の子が給仕姿で立っている。
「アサギ様とダニエラ様ですね~。ご案内します~」
気の抜ける声に力まで抜けそうになりながら、案内された席に着く。目の前にはメニュー表が置いてあったのでダニエラへと向ける。
「ありがとう」
「いえいえ」
ダニエラはウキウキ顔でメニューを吟味する。端から端まで目を通し、しかし悩むこと無く自分が食べたいと思ったものを頼む。僕も一応目を通すが、異世界料理はあんまり分かってないので基本的にシェフのオススメだ。しかし最近は食べ慣れてきたこともあってちょっと冒険してみたいと思うこともある。結局オススメにしてしまうのだが。
こういうところは日本に居た時と変わらないな。友達の安田とちょっとオシャレな店にいった時だって奴は何だか長ったらしい名前の料理を頼んでいたが、僕はシェフのオススメを頼んでいた。勿論ハズレること無く美味かったので、僕のオススメ狙いは百発百中なのだ。
「ご注文はお決まりですか~?」
「私はこの『森兎の香草焼き』と『森の野菜炒め』と『森の果実のベルル蜜煮』を」
「僕は今日のオススメ料理。あー、あと、この『森の果実ケーキ』を二人分ください」
お互いの注文を書き取っていた給仕さんは書き終えるとまたあの声で『畏まりました~』と言って奥へ戻っていった。段々あの声が癖になっている自分がちょっと怖い。耳元で喋られたら蕩けそうだ。
「さて、料理が来るまで暇だな」
「だなー」
お互いに椅子の背もたれに身を預けながら何をするでもなくボーッとする。
「そうだ。暇だしアサギの居た国のことを教えてくれないか?」
「お、良いな。暇つぶしにはもってこいだ」
こういう所で話すので僕の居た『世界』ではなく『国』だ。ダニエラは良く気が付いてくれるなぁ。
「僕はその国では雑貨屋で働いてたんだ」
何を隠そう僕は夜勤戦士なのでまずはコンビニで働いていたことから話し始める。
「ふむ、商家の息子なのか?」
「いや、商家とかそういったのはない。皆が皆、好きな仕事をして、好きに生きていた。勿論、国のルールは守ってな」
「ほう……興味深いな。商家の概念がないということか?」
「そうだな。ちなみに貴族もいない。いや、大昔はいたんだがな。僕が生きていた時代には居なかった」
歴史には疎いので詳しくは分からんがな。
「まぁ、僕もよく分かってないんだ。それが当たり前だったし、この国との違いなんて考えることもなかったしな」
「来る予定がなかったのだから考えることもしないのは当たり前だな。この国に来て苦労したことはあるか?」
「そうだな……やはり魔物だな。僕のいた国には魔物なんて居なかった。何かを自ら殺すこともしてこなかった。食べるために動物を殺すことはあっても、それ以外の理由で何かを殺すことはルールに違反することだったからな」
「虫や魚もか?」
「そこまで厳しかったら生きていけないよ」
思わず苦笑してしまう。
「でも虫や魚でも意味もなく殺すことも倫理観からよく思われない。他人の所有している動物を殺すことは犯罪だった。だから僕の国では『殺す』ということが禁じられていたんだ。それはここでも変わらないだろう? 『必要のない殺しは悪だ』って、ダニエラも言ってたしな」
それでも何かを、誰かを殺すことは消えてなくならなかったが……。考えても仕方ない。
「そうだな……。なら、最初に魔物を殺した時、辛かっただろう?」
「……うん、辛かった」
今でも思い出す。あのゴブリンの腹を木で作った槍を刺した瞬間。止めにうなじを突き刺したあの感触。槍を通して伝わってきたあの死の間際の痙攣。でもあの時も思ったのだ。もう、殺されたくないと。ならば殺すしか無いと。結局一度は坑道で心が折れてしまったが……。ダニエラが居なかったらどうなっていたのだろう。考えるだけでも恐ろしい。
「坑道でも辛そうだった。今も辛いか?」
「いや、そんなことないよ。ダニエラのお陰だ」
「アサギ……」
頬を染めたダニエラが優しく微笑む。あぁ、いつもならこの場で良い雰囲気になるところだが僕も馬鹿ではない。木漏れ日食堂は食事を楽しむ所なのだ。森の恵みを味わう場所なのだ。
「ふふ、僕の国の話をしてたはずなのにいつの間にか僕のことを心配する話になっちゃったな」
「私はいつでもアサギのことが心配だ。生まれた時からこの国にいる私と、違う国に生まれたアサギではやはり感覚、勝手が違うことがある」
「でも僕達は分かり合えるだろう? なら大丈夫さ」
「だな……過保護は良くないか」
そう言って苦笑するダニエラ。苦労を掛けるのう……。
「過保護は良くないが、たまには甘えてもいいだろう?」
「いつでもいいぞ。ただし、二人きりの時だけ、な?」
いつもならここで『しょうがない奴め!』と顔を赤くして照れるはずなのに、苦笑を引っ込めたダニエラは頬杖をつき、フッと惚れ惚れするような格好良い笑みを僕に向けた。あぁ、一生ついて行きます、お姉様!




