第八十二話 不発弾が爆発したパターン
散策の続きだ。この辺りはどうやら郊外らしく、人通りも少ない。しかしちょっとした雑貨屋や飯屋は結構ある。隠れた名店街って感じだ。とりあえず目についた店に入ってみる。
そこは魔道具屋だった。店内に例の防犯グッズや、意味不明なグッズが置いてあり、奥のガラスケースにはダニエラが持っていた結界の魔道具なんかが置いてある。
「何々……げっ、金貨50枚、だと……?」
結界の魔道具おひとつでその値段だ。それをダニエラは4つ所持している。金貨200枚かよ……ワイバーン2体分と考えることも出来る。僕の装備3つ分でお釣りが出る値段とも考えられる。身近な物で当てはめて考えると安いように感じるが、どれも漏れなく高価だ。ポンと出せる金額ではない。そもそも僕の装備も本来の値段は金貨400枚だ。松本君のお陰で値崩れしていたから買えたのだ。
「ダニエラも苦労してきたんだな……」
地道に金貨200枚集めるのがどれだけ困難か。僕はたまたま恵まれていただけだ。改めてダニエラの凄さを知る。あれで本人は『それ程戦ってきたわけではない』と言っているから末恐ろしい。レベルもステータスも追いついてきてはいるが、そこに至るまでに200枚を集めた技術は本物の天才だ。低いステータスで、最低限の戦闘でやりくりする手腕。やっぱりあいつは凄い。結界の魔道具を見てそう思うのも変な話ではあるけどな。
ふぅ、と一息。店内をざっと見て回ったがそもそも魔道具にどんな能力があるのか分からない。うんうん唸りながら『おい、変なオブジェ。一体お前に何が出来るっていうんだ?』と一人脳内芝居を始めたところでもうこれ居る意味ねーなと思い、退店した。今度ダニエラと切り株亭に来た時に一緒に来よう。楽しみにしてろよ、変なオブジェ。
「あー……歩き疲れた。足が痛い」
そろそろ帰ろうかと思ったがどうやって来たか思い出せない。ということで気配感知を広げる。すると結構離れた所にざわざわとした気配が集まっているのが分かった。ここが大通りだ。その大通りから少し離れた区画にも人が集まっている。何だろう、商業施設でもあるのかな。ちょっと気になるのでそこ目指して歩いていこう。
しかしやはり、足が痛い。夜勤明けで帰ろうとしたら自転車がパンクしてて眠い目を擦りながら、出勤するサラリーマンとすれ違いながら家まで歩いて帰った時の感覚だ。どこかに休める場所はないかと探してみると公園があったので迷わずそこへ向かった。
「はぁぁ……疲れた……」
ベンチに座ると足に疲れだけだったはずが、体全体から疲労感が漏れ出てきた。もっとスニーカーみたいな歩きやすい靴が欲しいな……。この革靴もアサルトコボルト製なのでその辺の靴よりも断然良い物だ。だがやはり違う。
「アサルトコボルトみたいに速くなんないのかね……」
魔物素材の靴って初めてだから分からないけれど、魔力を流したら何か変わるんだろうか。と思い、そういえば鎧や服も魔力を流した記憶がないことに気付いた。付与された魔法の能力は確認したが……。ちょうど今はウィンドドラゴンのズボンを履いていたので試しに魔力を流してみる。
「お、おぉ?」
するとヒュルリと風が足元から舞い上がり空へと消えていった。何だか体が軽く感じる。
「ちょっと走ってみよう……」
周りに誰も居ないことを確かめてから軽くジョギングしてみる。すると体は驚くほど軽く、さっきのような疲労感はまるで感じなかった。嘘だろ、こんなに違うのか。足の裏は痛いけど。
「宝の持ち腐れとはまさにこの事だなぁ」
無知は罪なりとはよく言ったものだ。高い金出して買った防具を馬鹿が装備する。これ程間抜けで可哀想なことってないな。まったく度し難い。
しかしこのズボンでこれだけの変化があるならポンチョと腰マントを装備して魔力を流したら、ひょっとして、とんでもないことになるんじゃないか? アイスドラゴンの軽鎧もあるから今より重みは増すだろうけれど、末恐ろしいね。
そして気になるアサルトコボルトの革靴。此奴に魔力を流したらどうなる? ちょっと奴と戦った時を思い出してみる。全力出した途端、僕の視界から消えたよな。つまり、本気で魔力を流したらそれに近いことが出来る、と。石程度の冒険者ならまず見切れないな。当時、水晶ランクだった僕も結局最後まで見えなかった。奴を退治出来たのは勘に頼ったところが強い。今でも自力だけで戦って勝てるかどうか……。
いけないいけない。思い出しすぎてちょっと憂鬱になってしまった。とりあえず魔力を流して見よう。
「ん……ぅ、あ……ッ!?」
魔力を流した途端、逆に吸い取られる感覚がした。
いや、確実に今も吸い取られてる。僕の魔力を吸った革靴からドス黒い瘴気が漏れ出してくる。そして流れてきたのは……怨念?
ただひたすらに、僕を、上社朝霧を恨む感情が送り込まれてくる。
「や、っばい……!」
慌てて脱ごうと手を伸ばすと、黒い瘴気に手が触れる。絡みつくような瘴気。その瘴気に手を握られた。オーラが形成する手。その異様に長い爪。
「てっ、んめぇぇぇええ!」
アサルトコボルトの手だった。此奴、こんな状態になってもまだ僕を狙うか。
力尽くでその手を振り払い、ガッと革靴を掴む。更に魔力を吸い取られながらも無理矢理、引き剥がすように靴を脱いだ。
「くそ……何なんだ……!」
昼下がりの公園で靴と喧嘩なんて馬鹿な話があるか。畜生、地面に転がった革靴はまだドス黒い瘴気を放っている。このままじゃ勝手に歩き出しそうな雰囲気すらある。
一向に消えないかと思った瘴気だが、5分もすると薄れ、10分を過ぎたところで完全に消え去った。しかし触る気にも、ましてや履く気にもならない。僕は靴下代わりに巻いていた布を取って驚いた。僕の両足は、まるで何かに掴まれたような痕がついていた。ギョッとするが、すぐにこれがアサルトコボルトの仕業であることに気が付いた。まったく、異常進化個体というのは死んでも厄介だな……ドラゴンの装備がただの幼体で安心した。松本君には感謝だな。流石は勇者だぜ。
「しっかしこの足と靴、どうしたもんか……」
目の前には僕のことが大嫌いな靴。僕の足はまるで呪われたかのような痕。……呪われてないよな? これ大丈夫なのか?
「あっ! これもアサルトコボルトじゃねーか!」
調子に乗ってにオサレ感出そうと下げてたネックレスを慌てて取る。これもアサルトコボルト製品だ。そして腰に下げる爪牙剣もだ。やっべぇ……服と軽鎧以外駄目じゃん。丸腰だ、これ。
「あー……靴屋……それに武器屋か……」
まさかギルドお抱え鍛冶師が作った装備が僕限定で呪われてるなんてな……不幸だな。呪われてるんじゃね? 呪われてたわ。はぁ、くだらないこと考えてる場合じゃない。とりあえず履く物が欲しいので一旦宿屋に帰ろう。そこでダニエラと相談してから買い物に行くしか無い。まさかこんなことになるなんてな……戦闘時に魔力を流してたら下手したら死んでた。無知で助かったぜ。
剣と靴とネックレスを氷魔法で固めて担ぐ。氷の魔力まで吸われたらどうしようと思ったが直接僕が触れて魔力を流さない限り大丈夫みたいだ。一先ず安心して荷物になってしまった装備を持って気配を頼りに大通りまで歩き、沢山の人に変な目で見られながら僕は木漏れ日亭まで早足で歩いたのだった。




