第八十一話 隠れ家的なお店の見つけ方
さてさてー、現在の時刻は昼過ぎて2時頃。ダニエラは宿でごろごろ。久し振りの一人である。彼女は彼女で何か食べるだろうから、僕も適当に済まそう。ということで大通りを散策している。
目に見える建物は全部宿らしく、流石宿場町だなぁと改めて実感させられた。日本に居た時は旅行らしい旅行をしたことがなかったので、こういった町並みはちょっとワクワクする。
森の宿場町ということで木造の建物が目立つ。これ火事になったら最悪だなーと思いながら見ていると、所々に小さな噴水のような物があることに気付いた。
「なんだこれ?」
公園の水飲み場みたいな物からチョロチョロと水が流れている。見てて清涼感はあるが……。
「おやアンタ、旅人かい?」
腕を組んで考え込んでいると知らないおばさんに話し掛けられた。
「えぇ、まぁ。ちょっとウロウロしてます」
「そうかいそうかい。ここは良い町だろう?」
おっとおっと、町自慢コンテストか? 長い話は嫌だぜ?
「そうですねぇ。木造の建物がとても綺麗です」
「森の宿場町だからね! この町の殆どの建物は木造さ」
「火事とかなったら大変じゃないですか?」
「ふふん、その為に、この魔道具があるのさ」
そう言っておばさんは水飲み場を指差す。これ、魔道具だったのかよ。
「これで火が消えるんですか?」
「あぁ、いざとなったらこの水の出ている上の穴から噴水のように水が吹き上がって街全体に降り注ぐのさ」
「ほっほぅ……なるほどなー……」
そういう意味があったのか。これは勉強になる。聞けばこの町に等間隔で置いてある水飲み場改め魔道具は、地下水脈から水属性の魔力を吸い上げて火災の時は全ての魔道具から噴水のように水が吹き上がって鎮火させるらしい。簡単に言えばスプリンクラーだ。
「いやー、勉強になりました。ありがとうございます」
「いいさ、これくらい。ゆっくりしていきなよ!」
「はい、堪能させてもらいます」
おばさんによる町自慢コンテストは無事に閉会した。上機嫌で歩いて行ったおばさんはまた別の旅人らしき男を捕まえてコンテストを開催していた。いるよなー、ああいう人。
町の災害対策を聞いていて忘れていた空腹感が戻ってきた。此奴は拙い。倒れそうだ。しかしこの町には屋台街はないみたいで、これもまた火災対策の一環なのかねぇと愚痴る。ちゃんとした消火設備のある場所のみ、火気の使用を許します的な。ならば僕はこの鼻を頼りに探さなくてはいけない。くんくん、旨い飯屋はどこだ? あぁ、こういう時ダニエラがいれば一発なのに……。と、不在の彼女にぶーたれながら歩く。歩く。歩く。何本かの通りを抜け、曲がり、曲がって真っ直ぐ行ったり。そんなことを繰り返していると漸く、我が鼻に反応あり。ってな具合で良い匂いがしてきた。
「おっ、この店かな?」
窓が開いていて、そこから湯気と共に良い匂いがしてくる。ひょいと窓から覗くとテーブルが並んでいて何人かのお客さんが座って食事中だった。やはりここは飯屋だ。
「客かい?」
「うおぉっ」
いきなり窓の下から顔が出てきてビビった。何だ此奴この野郎。
「客じゃないなら向こうへ行きな」
「すみません、客です、客です」
話す内容からここの店員さんだと気付き、慌てて謝罪して店に入る。危うく門前払いを食らうところだった。食らいたいのは飯である。
「すみません、一人ですけど良いですか?」
「そこの席に座りな」
テーブル席を指差す店員さん。改めて見るとイケメンだ。ふと店内を見回してみると内装はやはり木製のものが目立つ。木製縛りで色んな店が個性を出さなきゃいけないから大変そう。
そして女性客が多い。十中八九、店員さん目当てだろうな……凄く居心地が悪い。パンケーキ店に入ったような気拙さだ。でも背に腹は代えられない。減った空腹ゲージを回復させなければ僕はこの町のどこかで倒れてしまうだろう。
「で、何にするんだ?」
「オススメは何ですか?」
「今日は鳥を煮込んだスープと焼き立てのパンのセットがオススメだな」
「ではそれで」
「あいよ」
随分とぶっきらぼうなイケメンだな……まぁ、女性はこういうのオラオラ系が好きって聞くし、女性客がメインっぽいから良いんじゃないかな。僕は気にしないし。
女性客からの視線に耐えながら待つこと数分。パンの焼ける良い匂いが漂ってきた。いいぞ、これは期待出来る。焼き立てのパンの匂いは大好きだ。
「待たせたな」
その台詞を言って良いのは一人だけだ。でも僕も言った気がするからいいか……。そんなことより飯だ飯。
テーブルの上に並べられた湯気の立つ黄金色のスープに香ばしい香りのする焼きたてのパン。あとサラダ。飲み物には果実水か。輪切りにされたレモンらしき果実とハーブっぽい葉っぱが沈んでいる。見るからにオサレ感が半端ない。これ主婦が旦那の金で食うタイプのやつやんけ!
「いただきます」
「ゆっくり食えよ」
急に優しげな笑みを浮かべるんじゃない。惚れたらどうしてくれる。ではいただきます。
まずパンを千切る。カリカリの表面はまだ熱い。あちちと言いながら何とか千切ると中はふわっふわだ。芳醇な香りが我が鼻目掛けて殺到する。実にいい香りだ。一口サイズに千切って口に運ぶと噛み締める度にパンそのものの味が口内に広がる。焼き立てって良いよなぁ。字面が素晴らしい。
続いて匙を握ってスープと対峙する。黄金色なので濾したのかと思ったが、よく見るとホロホロに崩れた鶏肉が底の方に入っていた。なるほど、混ぜると味が変化する系スープか。オサレなことで……まずは上澄みだけを掬って音を立てずに啜る。こういう場に来ると急に自分のマナーに厳しくなるの、なんだろうな。空気がそうさせるのか、料理がそうさせるのか。まぁともかく味だ。この鳥スープ。凄く美味しい。濃厚な鳥の出汁が出てて鳥独特の香りが口内から我が鼻を一直線に突き抜ける。料理漫画なら服が弾け飛んでてもおかしくない。何度か上澄みを啜り、堪能する。よし、混ぜるのは後だ。サラダでリセットしよう。
サラダ。ただ野菜を皿に乗せたもの。しかしシンプルだからこそ奥が深い。野菜そのものの新鮮さ、ドレッシングとの組み合わせ。野菜同士の相性。実に奥が深い。サラダとは何か、なんて哲学的に考えてしまいたくなる力がサラダにはある。まぁそういうのは美食家に任せて、僕は旨いものを食うだけだ。フォークを手に取り、野菜に突き刺す。突き刺した際の効果音は『ジャギッ』。新鮮な証拠だ。洗いたての野菜なのだろう、付着した水滴が美しい。掛かったドレッシングをテーブルに落とさないように口へ運ぶ。噛み締める度にシャキシャキとした食感と共に野菜の青い香りが広がり、ドレッシングの程々の酸味が野菜の素材そのものの甘さに絡んで非常に美味しい。とんかつ屋で食べた千切りキャベツとはまた違う野菜の良さだな。あれはあれで好きだが。パクパクと食べているとすぐに無くなりそうになったので慌てて皿を戻す。
そしてスープに戻る。上澄みだけ飲んでいたので底がよく見える。それに匙を突っ込んでそっと掻き混ぜる。すると沈んでいた鶏肉がふわりと浮かんでくる。剥いた木の実のような粒も一緒に掻き混ぜられて舞っている。それを《器用貧乏》でタイミングと力加減を調整しつつ一気に掬う。鶏肉と木の実、そしてスープを一緒に口内に流し込んだ。あぁ、味が変わった。さっきまでの澄んだお上品な味から男前な肉々しい味に変わった。女性も肉好きだもんな。これは流行るわ。煮込まれ、崩れた鶏肉は口の中で蕩けるように消え、木の実はプチプチした食感を与えてくれる。あぁ、旨い。油断したら本当に服が弾け飛びそうだ。口からビームが出そうだ。
「どうだい、味は」
堪能してるとイケメンが邪魔してきた。何だ此奴と思って良く見たら店員さんだった。
「めちゃくちゃ旨いです」
「そいつは良かった」
そう言ってフッと笑う店員さん。くそ……格好良いじゃねぇか……。料理に生きる男感ある。一見ぶっきらぼうに見えるが繊細な腕を持つ男。格好良い。僕も見習おう。
□ □ □ □
あぁ、あっという間に食べ尽くしてしまった。ごちそうさまでした。パンもスープもサラダも最高だった。果実水も爽やかな香りと優しい味がこの料理にピッタリと嵌っていた。全てがお互いを支え。引き立てる究極のメニューだった。
「お会計お願いします」
「あいよ。銀貨3枚だ」
「はい、どうぞ」
「まいどあり。また来てくれよな」
フッと気障な笑い方じゃない、ニコッとした少し子供っぽい笑み。庇護欲を掻き立ててくれる。これじゃあ惚れてしまうのも仕方ないと言える。料理が出来るイケメン。性格も良い。最高じゃないか。結婚したい。
店を出て振り返る。看板に書かれた店の名前は『切り株亭』。ここは良い店だ。歩きまわって見つけた隠れ家的なお店だ。今度は絶対にダニエラを連れてこようと心に誓い、お腹いっぱいになった体を運んで散策を再開した。
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