第八十話 木漏れ日の宿
宿場町ということで色んな宿が通りに並んでいる。ここがメインストリートなのだろう。森の宿場町の名に相応しい、宿通りだ。
「それで、どんな宿にする?」
「飯が旨いところだな」
「ブレないねぇ」
相変わらずのダニエラ先輩に苦笑しながら散策をしていると、『無料案内所』と看板を掲げた店舗が目に入った。ナニを案内するんですかねぇ……。
「アサギ、案内所があるぞ。あそこで聞けばどの宿が良いか分かるはずだ」
「えっ、行くの?」
「ん? 行かなければ分からないだろう。もう昼も過ぎたことだし、そろそろ宿を取っておかないと拙いことになる」
「拙いこと……?」
ダニエラが深刻な顔で僕を見つめてくる。その目は真剣そのもので、僕には見当もつかないが重大な事があることを目が訴えていた。思わずゴクリと生唾を飲み込み、ダニエラの言葉を待つ。
「そう、今のうちに取っておかないと……」
「と、取っておかないと……?」
一度目を瞑り、大きく息を吸い込んだダニエラがカッと目を見開いて叫んだ。
「夕食の用意に間に合わなくなる!!」
「……」
まぁどうせそんなこったろうと思ったよ。この残念美人め。大通りで恥ずかしいからやめろ!
ダニエラを置いて僕は無料案内所へ向かい、中の壁に貼ってあったチラシを見て安すぎない程度の宿に当たりを付けて店を出た。ちょっと拗ねたダニエラに溜め息を吐きながら良さげな宿があったことを伝えると、喜色満面、僕の腕に絡みつきながら歩き出した。この子は美味しい食べ物をくれる人にはフラフラと付いていきそうだな……しっかり離さないようにしておかないとな。
当たりを付けていた宿、『木漏れ日亭』の前に着いた。緑の屋根が乗っかった可愛らしい建物だ。ここは森で採れた果物、野草、動物の料理を売りにしていると、案内所のチラシに書いてあった。森と聞いてベルル木にしがみ付くフォレストゴブリンの姿が脳裏をよぎったので、フルフルと頭を振って追い出した。
他にも創作料理の宿、『花と蜜』。豪快な山賊料理が味わえる『赤髭屋』などがあったが、なんか当たりハズレが激しそうな雰囲気がしたのでこの宿にした。創作とか言って奇抜なものが出たり、山賊とか言って半生の料理とか出てきたら嫌だ。まぁ店としてやっていけてるんだからそんなことないと思うが……偏見は身を救うとも言うしな。いや言わないか。
「いつまで唸ってるんだ? 早く入ろう」
「あぁ、行くか」
考えても仕方ない。ここと決めたら真っ直ぐ入る。それが男ってもんだ。
屋根と同じく緑に塗られた扉を開き、中を覗く。木漏れ日の名を冠するだけあって、上から日差しが降ってきている。どういう仕組なんだろう? 魔道具的なものかもしれない。広めのエントランスには数人の宿泊客が椅子に座ってまったりしている。うむ、雰囲気は良い。
奥のカウンターには緑を基調にした服を着たお姉さんが立っていた。カウンターの向こう側なので宿の人だろう。僕と目が合ったらお辞儀をした。ダニエラと一緒にカウンターまで歩く。ふかふかの絨毯のお陰で足取りも軽い。
「お泊りですか?」
「はい。えーっと……ダニエラ。何泊するんだ?」
そういえば決めていなかったとダニエラに向き直る。ダニエラは人差し指で唇をなぞりながら少し考え、指を3本立てた。喋れや。
「えっと、3泊でお願いします。部屋は別で」
「3泊で二部屋ですね。畏まりました。お料理は用意致しますか?」
「はい。朝昼晩と3食お願いします」
「では今夜の分から用意させて頂きますね」
良かったなダニエラ。今夜の飯はあるぞ。
「おいくらになりますか?」
「お一人様1泊で銀貨5枚。お食事が1回につき銀貨1枚と銅貨40枚なので、合わせて銀貨49枚と銅貨60枚ですね」
「先払いでいいですか?」
ここと決めたら突き進む。男は黙って先払いだ。
「はい、では此方に」
木製のトレーが差し出されたので虚ろの鞄から各種貨幣の財布を取り出して銀貨袋からは銀貨を49枚。銅貨袋からは銅貨を60枚取り出して数えやすいように10枚ずつ立ててトレーに置く。コンビニ店員だったのでこの辺の動作は慣れたものだ。欲を言えばコインカウンターが欲しい。コンビニでレジのお金を数える為に使ってたプラスチックのやつ。木で作ろうかな?
「まぁ、丁寧にありがとうございます。では確認しますね。…………はい、大丈夫ですね。ぴったりです」
此方が優しく丁寧に接すれば相手も心を開いてくれるってもんだ。微笑むお姉さんは実に可愛らしい。思わず僕も笑顔になってしまうのも仕方ないというもんだ。あっ、ダニエラッ、痛い! 膝を入れないで!
「では3泊食事付きということで案内させてもらいますね。私、この宿を経営しています。『ドロテア』と申します。よろしくお願いします」
「僕はアサギ。彼女はダニエラです。3日間、よろしくお願いしますね」
お互いの自己紹介が終わったところでドロテアさんから鍵を受け取る。ふむふむ。僕は3階。ダニエラは2階か。今回は階が別になったな。二人で並んで階段を上り、2階で別れた。
「今日はもう解散か?」
「自由時間でいいんじゃないか? 僕はちょっとウロウロしてくるわ」
「じゃあ私は部屋でゆっくりしている」
ということで解散だ。さて、部屋へ向かおう。僕の部屋である3階。部屋番号は301号室。階段のすぐ隣だった。これは静かに昇り降りしてもらわないと響きそうだな……。
「さて、内装は……」
鍵を差し込んで捻り、カチャリと小気味の良い音を鳴らしてロックを外す。ノブを捻り押し開けると、そこには森が広がっていた。
「うぉ、すっげぇ……」
床は茶色でその上には緑のラグ。カーテンは優しい深緑。ベッドは鮮やかな黄緑だ。クローゼットやテーブルといった家具等は茶色で統一されていて、正しく森の中だった。照明には布で作った蔦がふわりと絡まっていて壁に蔦の影が映し出されてちょっと幻想的。所々に林檎のような赤い果実のような物が描かれていたり飾ってあったりで実に可愛らしい。よく見るとあの防犯グッズも置いてあった。部屋の景観を損なわないように緑に塗装されてるが、この変なオブジェは防犯グッズだ。
ふぅ……満足した。緑ばかりではあるが目に痛い訳ではなく、非常に気持ちが安らぐ内装だった。ここにして良かった。僕も緑の服だし、ピッタリじゃないか……。
ピッタリではあるが、散策に出掛けよう。服は鎧とポンチョと腰マントを外して虚ろの鞄に入れた。シャツとズボン。実にラフ。ラフの権化ともいえるだろう。一応帯剣はしておくが。冒険者感出しておかないと絡まれそうだ。ま、この町は平和っぽいし大丈夫だとは思うが一応な、一応。
「さて、探検探検……と、お金お金」
財布を鞄に入れたままだった。これでは一期一会な買い物が出来ない。イイ物を見つけた時、人は買うかどうか悩むだろう。しかし僕は迷ったら買えがモットーなのでしっかりお金を持って出掛ける。金額で悩んだら買わないけどね。
部屋に鍵を掛けてエントランスに戻る。カウンターにはドロテアさんが居たので散策してきますと伝えて鍵を預けた。
宿から出るとすぐに大通り。立地も素晴らしい。さて、宿場町ということで目に映る建物は宿、宿、宿……こんな町だからこそ、面白そうな店がありそうだ。僕の散策魂がそうに違いないと叫んでいるので、魂の赴くがままに歩き出す。ふふふ、どんな店があるか楽しみだ。
祝80話です。よくやったと褒めてやりたいところです。感想等あれば書いてもらえると嬉しいです。
これからもどうぞよろしくお願いします。




