第八話 冷えた心
ゲラゲラ笑いやがって。何なんだ此奴等。気分が悪い。無視して『登録受付』のカウンンターへ向かう。すると酒場から出てきたが僕の行く手を塞ぐ。
「まだ、何か?」
営業スマイルで対応すると胸ぐらを掴まれた。
「生意気に無視しやがって。黒兎如きが何様だ?」
「何様も何も冒険者志願者ですが?」
あくまでも営業スマイルは崩さない。心は冷えていく一方だが、こんな奴相手に怒るのもくだらない話だ。
鋭く睨む冒険者の男。細めた目で見つめる僕。その間にヌッと太い腕が割り込んだ。
「おいおいおい、何してんだよ。ギルドで暴れちゃあ拙いだろ」
「ガルドさん……でも此奴、新参のくせに舐めた態度で……」
「舐めようがしゃぶろうがここはギルドだ。いい加減にしとけよ」
太くて硬い腕で僕の胸ぐらを掴む腕を握るガルド。男は痛みに顔を歪めているのだろう。不細工な顔をしながら僕を解放する。一睨みしてから無言で酒場に帰っていった。
「悪かったな。酔ってるみたいなんだ」
「あんた等が黒兎だなんて言うからだ。勘弁してくれ……」
「そいつはネスに言ってくれ。お調子もんだからな……面白いことがあったらすぐ喋るんだ」
「僕にとっては一つも面白くない」
気まずそうに頭を掻くガルドを見ながら溜息をついた。冒険者という輩は娯楽に飢えているのだろうか。面白半分で僕の評判を下げないでほしい……。
「まぁ、その……なんだ。ネスにはきつく言っとくからよ。許してやってくれや」
「周りの冒険者にも釘刺しといてくれよ……苛められそうだ」
「そうならないようにするさ」
そう言って酒場に帰っていくガルド。話しぶりからして結構ランクは高いのだろう。流れの冒険者だったか……実力があるからああして仲裁は出来たが、管理はどうだろうか。あまり期待し過ぎるべきではない、かな。
僕はそのでかい後ろ姿を見送ってから今度こそ『登録受付』のカウンターへ向かった。
カウンターには大人しそうな女の子が座っていた。文学少女って感じだ。
「すみません、冒険者登録したいのですが」
「は、はい! ではこの冒険者登録書に記入を」
そう言って一枚の紙を渡してくる。何だろう、さっきのやり取り見てて怖がってるのかな……。
カウンターに備え付けてあるペンを取って名前、年齢、使用武器、使える魔法、前衛希望か後衛希望か等を書いていく。ていうかやっぱりこの世界、魔法とかあるのな。ちょっとワクワクしてきた。武器はどうしよう。一応ユニークスキル《器用貧乏》のお陰で何でも使えそうだが……んー、ここは使ったことのある物だけ書いておこう。槍と鉈…片手直剣か。ちなみに年齢は22だ。
「はい、書けました」
「あ、ありがとうございます……ふむ、アサギ様ですね。えっと、前衛希望とのことですが、戦闘経験はありますか?」
「ゴブリンと平原の狼を。どちらもほぼ奇襲みたいな形ですが」
「分かりました。戦闘経験……ゴブリン、狼……と。魔法欄は空白ですが?」
「はい、魔法は使えません。正確には使えるかどうかすら分かりません」
「そうですか。ではこのステータスカードでご確認頂いてから使用出来る魔法があれば再度ご記入を」
やっぱりステータスカードとかあるんだ! いいね!
「わかりました」
「そのステータスカードはまだ個人登録がされていない物なので、『ステータスオープン』と言えばステータスが表示されます。後ほど登録の際にアサギ様の血液をこのカードに垂らしてもらいます。それで個人登録は完了になります。ステータス表示は登録しても登録しなくても変わりません。ただし、このギルドの外では表示されなくなりますのでカードの持ち逃げはご遠慮ください。ちなみにこの空間内でないと登録は出来ませんので」
つまりここで登録すれば何も問題ない、ってことだな。
「なるほで……では、ステータスオープン」
そう唱えるとステータスカードからホログラムのように僕のステータスが表示された。ステータス初お披露目だ。気になる僕のステータスは…
◇ ◇ ◇ ◇
名前:上社 朝霧
種族:人間
職業:旅人
LV:3
HP:120/120
MP:50/50
STR:40 VIT:30
AGI:150 DEX:70
INT:30 LUK:10
所持スキル:器用貧乏
所持魔法:なし
◇ ◇ ◇ ◇
これが僕のステータスらしい。やけにAGI高いな…歩いたり走ったりする速度が何となく上がった気がしてたのはまさかこれが原因か……? フォレストウルフに追い掛けられた時もなんだかんだで追いつかれることはなかった。ていうか魔法ないし。がっかりだ。
「AGIが極端に高いですね」
冷静にステータスを覗くギルド員さん。
一緒に覗いていると酒場から誰かが吹き出す音がした。
「AGIだけ高いとか……くく……やっぱ兎じゃねーか……」
「おい……言ってやるなって……ぷくく……っ」
ムカつく奴等だなぁ本当に。ガルドは何してんだ。
「お前ぇら……あんま人のステータス笑うんじゃねぇよ……」
一応注意はしてくれてるみたいだ。その隣には大人しくネスが座ってる。お調子者どうした? ガルドに怒られたか?
「ステータスはまぁ、置いておきましょう。気になるのはこのスキル……ですかね」
其奴は僕も気になってます。
「このスキル……ユニークスキルですね」
そう言った途端、酒場の連中がドタバタと転がるように僕の下に集まってきた。酒臭い!
「ユニークスキルだと!?」
「黒兎のくせに!?」
「おいお前ぇら! 他人のスキル覗きはご法度だろうが!!」
ガルドがなんか騒いでるが周りの連中は引く気はなさそうだ。
「スキル……《器用貧乏》?」
「あ? 《器用貧乏》だ?」
しん、と周りが静まる。え? 何、凄いスキルなん?
いいや、そんなことはなかった。
「あははははは! 器用貧乏!! 名前からしてハズレじゃねーか!」
「駄目だあはははは! 俺ぁもう駄目だ! 腹が千切れそうだ!」
「きよーびんぼー!! 何でも出来るけど何も出来ねーじゃねーか! ぶはははははは!!」
「最高だぜ黒兎! 前衛と後衛頼むわ!!」
辺りは鳴り止まない爆笑の渦に包まれた。オロオロしたガルドとネスの姿が視界の端に見える。くそ、何の役にも立たねぇな……。
一体僕が何したっていうんだよ。こんなのあんまりじゃないか?
強盗に刺されて、平原に放り出されて、ゴブリンに襲われて、狼食いながらひたすら歩いて木の上で寝て、大量の狼に追い掛けられて逃げ込んだ町で嘲笑されて……。
久しぶりに心がやられそうだ。どんどん冷えていくのが分かる。早くこの空間から離れたい。僕は無言でカウンターのペンに手を伸ばし、それを手の平に突き立てた。
「アサギ様!?」
ギルド員さんが声を上げる。流れ出る血をステータスカードに垂らして顔を上げる。
「これでいい?」
「は、えっ……?」
「登録」
「あ、はい……大丈夫です……」
ステータスカードの個人登録は完了した。今はただ、この空間から離れたい。
※アサギの年齢を25から22に下げました。