第七十六話 復讐の奴隷
「久し振りじゃねーか、黒兎」
そう言ったのはフィラルドで僕を散々馬鹿にした結果、ラッセルさん等に鉱山送りにされたクズ冒険者の筆頭だ。名前は知らない。
僕はそれに答えることはしなかった。もう、此奴とは関係がないからだ。因縁はある。だけど、ラッセルさんがその因縁を終わらせてくれた。今、此奴を相手にするのは馬鹿のやることだ。
「てめぇ、無視とはいい度胸じゃねーか……」
ギリ、と歯ぎしりの音が聞こえる。夜目のお陰で挙動もばっちり見えるので、クズ筆頭がツルハシを強く握り、振りかぶろうとしているのが分かった。
ここは一番高い場所だ。篝火もなく、逃げ場もない。クズを挟んだ反対側の階段だけだからどうにか此奴を突破しなければいけない。が、その階段を登ってくる複数の気配を察知した。どうやら、あの時の冒険者共が僕のことを監視でもしていたらしい。鉱山奴隷の割には自由過ぎないか? 管理者は何やってるんだ?
「お前はここで死ね」
振り上げたツルハシが僕に向かって振り下ろされる。装備が無いからAGI補正はない。けれど、避けるくらいなら問題ない。僕だって装備に頼ってここまで生きてきた訳じゃない。基本的な動きくらいなら問題なく行える。クズが振り回すツルハシを横に、後ろにと避け、隙を見て潜り抜ける。
「てめぇ!」
その声に答えること無く、走る。階段の陰に隠れていた元冒険者の頭上を飛び越え、建物の壁を蹴って直角に曲がる。怒声が背後から聞こえてくるが相手はしない。そのまま僕は駆け抜け、駆け下り、大通りまで戻ってくる。ドタドタと階段を降りてくる音を聞きながら、酒場へと走った。マスターにこの町の衛兵詰所の位置を聞いて、衛兵に任せるためだ。
「どこ行った! クソ!」
僕を探す声を聞いて、この分なら奴隷の暴動として誰かが通報してくれそうだなと思った。でも安心出来ないので自分でやる。そのために酒場へと走った。
303号室の鍵で酒場の扉を開く。仕組みは分からん。扉の先にはガランと誰もいない酒場。喧騒も明かりもない、静かな場所だ。もうマスターは寝ちゃったのかな。と、探す場所を考えていると誰かが階段から降りてきた。
「あれ、お兄さんじゃん。何してんの?」
「おっぱい姉さん!」
「誰がおっぱいじゃ!」
階下のやってきたのはおっぱい姉さんだった。薄い下着だけで扇状的な格好だ。この時程夜目スキルに感謝したことはないぜ。
「ちょっと聞きたいんだが」
「その前におっぱい姉さんを訂正しろっ!」
「だって名前知らない」
「あー、そっか。じゃあリーサだ。よろしく。で?」
「僕はアサギだ。よろしく。それで、ちょっと聞きたいんだけど、衛兵の詰所ってどこにある?」
「衛兵の詰所?」
僕を訝しむように見るおっぱい姉さんことリーサ。
「奴隷に追われてるんだ」
「なんだってそんなことに……いや、言わなくていい。首を突っ込むと碌な事になんねーからな。で、詰所だな。この通りを北に真っ直ぐ行って、3つ目の角を右だ。その先にあるでけぇ建物が衛兵の詰所だぜ」
「ありがとう!」
何だかんだ親切に教えてくれるリーサに感謝して僕は回れ右で入ってきた扉を飛び出す。そして衛兵隊の詰所に向かおうとして、立ち止まった。
「よぉ、黒兎。また会ったな?」
「ちっ……」
「やっちまえ!!」
元冒険者共が店の前を囲んでいた。これじゃあ突破は難しい。各々がツルハシを手に襲い掛かってくる。避けるのにも限界だ。仕方なく『氷剣』を1本生成してツルハシの猛攻を防ぐ。
「クソ、此奴、魔法なんか使いやがって……」
「構わねぇ! 囲んじまえ!」
その声に元冒険者が僕の背後に回り込む。ギリギリと押してくるツルハシを押し返しながら目だけでそれを追う。多勢に無勢だな……でもここを突破さえすれば、どうとでもなる。と、目の前の元冒険者を押し返し、走り出そうとした時だった。
「アサギ! 危ない!」
「!?」
誰かが僕の後ろの元冒険者を突き飛ばした。ツルハシを振り上げたまま前につんのめって転がる元冒険者を見て、攻撃される寸前だったのを知る。そして、その窮地を助けてくれたのがリーサだとも。
「なんだてめぇ! 邪魔すんな!」
「っ! リーサ!」
元冒険者の一人が振り上げたツルハシをリーサに向かって投げた。あれが当たれば怪我じゃ済まない。リーサは咄嗟に顔を守るが、避ける動作までは取れない。このままじゃ危ない。
もう、こうなったら手段なんか選べない。元々、どうにかなると油断していたのが原因だ。だから、《森狼の脚》で此奴等を蹴散らす!
「ぐぁっ!」
銀翆の暴風が目の前の元冒険者を更に弾く。森狼の如き速さでリーサに迫るツルハシを追い抜き、氷剣で弾き飛ばした。
「大丈夫か、リーサ!」
「お、お前……!」
「中に入ってろ!」
「わわっ!」
背後のリーサを手で押し返してそのまま扉を閉める。中から鍵を掛ければ後は大丈夫だ。この酒場の鍵で開けないと防犯グッズが火を噴く。リーサはこれで安心だ。
「お前ら……僕に手を出すなら黙っていたが、あの時みたいに無関係な人まで巻き込むなら容赦しないぞ!」
「黒兎如きがこの人数相手に何が出来る!?」
再び僕を囲う奴隷共。申し訳ないが僕相手に人数は関係ない。何人揃えようが勝負は一瞬だ。《森狼の脚》の加速は誰にも止められない。だが、このスキルは速さだけじゃない。それは最初に《器用貧乏》で見た使い方にあった。
「邪魔するなら、突破する!」
迫ってきた奴隷の一人に蹴りを飛ばす。足刀による鎌鼬。それがこの《森狼の脚》のもう一つの力。
「ぐぁ、いっでぇ!!」
鎌鼬に切られた奴隷が血を撒き散らしながら地に沈む。それを見た奴隷共は、それでも向かってくる。激昂した猪のようだ。だけど、その振り上げたツルハシはもう当たらない。防ぐ必要もなく、《森狼の脚》の加速ですり抜け、靴すら無い剥き出しの足を氷剣で薙ぐ。腱を切り、行動不能にして地面に転がした。そうして何人かの奴隷を転がしたところで漸く頭が冷えたのか、逃げ出す奴等が現れた。だが逃がさない。問題なく追い抜き、苦し紛れに振り回すツルハシを氷剣で弾き飛ばして背後に回り、他の奴隷と同じく腱を切る。
蜘蛛の子を散らすように逃げようが、僕からは絶対に逃れられない。一人一人追い付き、逃げられないようにして次を目指す。入り組んだ場所に逃げようが空を踏んで上から探す。夜目スキルで探し、ついに後一人。クズ筆頭のみとなった。空を駆け回り、気配感知で見つけるとどうやら東の一番高い場所に逃げたようだ。そこへ《森狼の脚》で階段を無視して向かう。クズ筆頭はどこで手に入れたのか。両刃の剣を階段に向かって構えていた。
「クソ、クソクソ! なんだあいつは……ただの黒兎の分際で……クソ!」
必死に階段を睨みながら悪態をつくクズ筆頭。まるで背後の僕に気付いていない。此奴を仕留めたら終わりだ。
「こんなはずじゃなかったんだ……! あいつの所為で、あいつの……!」
「全部お前たちの所為だろう。お前たちがダニエラに手を出したからこうなったんだ」
「!?」
慌てて振り向くクズ筆頭は僕が空中にいることに驚いて声も出ないようだ。口をパクパクと魚のように動かしながら固まっている。隙だらけの手から剣を弾き飛ばす。抵抗無く飛んでいった剣は壁にぶつかって跳ね返り、僕の後ろ。つまり空中に投げ出されてそのまま下へ落ちていった。
「お、おま……っ」
「お前もこうなるんだ」
伸ばした手で胸ぐらを掴み、捻り上げる。僕の腕を掴んで抵抗するが、レベルを上げて鍛えた僕のSTRを舐めないで欲しい。そりゃダニエラよりは低いが、そこらの奴に負ける気はしない。それがクズ冒険者なら、尚更だ。
僕はくるりと立ち位置を反転し、建物の上に降りる。打って変わってクズ筆頭の足元には、何も無い。
「お前が大人しく鉱山で働いていれば10年で解放されたんだ。だが、それをふいにしたのはお前だ。お前達だ。恨むなら自分達の愚かさを恨め」
「ま、待ってくれ。俺が悪かった! だから……!」
「遅いんだよ。何もかもな」
そう言って、僕は掴んでいた手を離した。
「やめ、あ、ああああぁぁぁぁあぁあああぁぁぁぁぁぁ…………l!!!!」
安全帯無しのバンジージャンプだ。街中に響く絶叫と共にクズ筆頭は地面に向かって真っ逆さま。これだけの恐怖だ。さぞ身に沁みただろう、自分の行いの浅はかさが。
ということで僕も地面に向かって飛び出す。殺したい気持ちはあっても殺す気はない。《森狼の脚》による加速は誰よりも早い。落ちる速度に銀翆の風によるブーストで、落下する人間よりも早く地面に到達し、落ちてきたクズ筆頭を蹴り上げる。銀翆の風による衝撃で浮き上がり、クッションとしての蹴りだ。クズ筆頭は恐怖と衝撃に気絶した。がっくりと僕の足に干された其奴を地面に転がした。
これで、全員だ。僕がラッセルさんにお願いして鉱山送りにし、そして復讐の為に襲ってきた元冒険者達。全員が全員、救いようのない人間だった。僕はあの時、処刑することを躊躇った。殺さずに済むならと、鉱山送りにしてもらった。ラッセルさんは僕に『その優しさを利用されないようにな』と言ってくれた。今回、まさに僕はその優しさを利用された。
僕は散らばった奴隷共を広場に集めて、氷魔法で一人一人拘束しながら思う。
あの時の判断は、間違っていたのかと。
雑魚相手にのみチートぶるアサギ。彼が真のチーターになるのは果たしていつになるのやら……




