表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/403

第七十四話 湯けむりナントカ事件

 カウンター席で頬杖をついて不機嫌アピールをしているダニエラの隣に座る。


「あ、すいません僕も何か適当につまめるものください」


 マスターがチラ、と此方を見たので聞こえているだろう。出てこなかったら抗議してやる。


 ダニエラと二人でボーッと待っていると先に果実酒が来た。ゴトン! と勢い良くカウンターに乗せられた薄い黄色の果実酒に手を伸ばす。


「ダニエラ、乾杯しようぜ、乾杯」

「何にするんだ?」

「ダニエラの美しさに」

「ばばば馬鹿者っ」


 木製のジョッキを打ち付けてグイッと流し込む。爽やかな味で僕好みだ。いいね。ダニエラは頬を朱に染めながらちびちびと飲みながら僕を睨む。実にチョロい。しかしそんなに見られると穴が開きそうだな。


「はいよ」


 見つめ合っているとマスターが焼いた肉を出してくれた。いい匂いがする。ナイフで切って口に放り込む。ジューシーで非常に美味。これ猪かな。昔食ったことがある。


「美味しいです」


 ガチャガチャと調理器の掃除をしているマスターに声を掛ける。またチラッと此方を見てすぐに掃除に戻る。随分連れない人だ。照れ屋さんか?


「ところでマスター。この辺に宿がないか探してるんだが」


 おぉ、珍しくダニエラが斬り込んだ。いつもなら食うのに忙しいのに……と思って皿を見ると既に空だった。良く噛んでんのか?


「宿ならある。うちだ」

「ここは酒場ではないのか?」

「酒場兼宿屋だ」

「ふむ……」


 ダニエラが腕を組んで考える。僕は肉を食うのに忙しい。今回はダニエラに任せてみよう。何だかんだ旅の先輩だし、こういうのは慣れたもんだろう。多分。


「一晩いくらになる?」

「銀貨3枚」

「アサギ、私はここにしようと思うんだが」


 値段的にはOKらしい。でも此奴、絶対肉の味で選んでると思う。


「もぐもぐ……僕もここで良いと思うよ。肉も旨いし……」

「よしマスター。二部屋を一晩頼む」

「はいよ」


 さり気なくダニエラの背中を押してやった僕はきっと出来る男だろう。掃除を中断したマスターが棚から鍵を2つ持ってくる。一つずつ僕達の前に出して宿の説明をしてくれた。


「部屋は3階と4階。女の方が4階だ。トイレは1階。風呂はない。西側の崖の中に温泉が湧いている場所があるからそこに行け」


 温泉! 日本人としては外せないな。後でダニエラと行こう。肉を食べ終えて食事代を払い、ダニエラと一緒に階段を上がる。ギシギシと鳴る階段は結構怖い。でも侵入者とか来たらすぐ分かるな。


「ダニエラ、後で温泉行こうぜ」

「良いな。じゃあ荷物を部屋に置いたら着替えを持って行こう」


 じゃあ10分後に、と約束してから3階の部屋に向かう。鍵には『303』と書いてあるので303号室が僕の部屋だ。廊下を歩いて部屋へ向かう。途中の窓から外を見るともう暗くなっていた。所々に篝火が出されて火の明かりが町を照らしていた。おかしいな。まだ日暮れには……と少し考えて納得した。ここは山間の町で東西に山があるからすぐに影になるんだ。昔、友達の安田と山間の廃村に探検に行った時に驚くほど早く暗くなって焦って逃げ帰ったことがある。あれと同じ感覚だろう。でもそうなるとこの町って明るい時間凄く少ないな……天辺に昇った時くらいしか日が差さないぞ。

 ……っと、部屋に向かわなくては。303号室を目指して歩く。しかし目指す程の距離はなく、すぐに着いた。鍵を差し込んで捻り、扉を開く。中はまぁ、綺麗かどうかで言えば綺麗だ。綺麗と言うよりは汚れていないって言った方が正しいか。鉱山の町と言うからには砂埃とか凄そうだと勝手に思い込んでいたがそうでもなかった。変な調度品とか、前の町でも見た明かりの魔道具なんかもあって良い感じ。街自体が暗くなってきたので部屋に入る前に明かりを付ける。うお、眩しい。

 装備を外し、虚ろの鞄にしまい、代わりに着替えを出す。着替えを出して、少し悩む。


「んー…………」


 不安だな。酒場の宿。鉱山の町。鉱山奴隷。んー、単語だけ並べるとこれ絶対治安悪いよな。温泉行って戻ってきたら荷物ありませんでした。なんて笑えない。必死こいて買った装備や旅道具が無くなったら泣くぞ。泣きながらこの町を氷漬けにして犯人を捕まえるぞ。


「やっぱり持っていこう」


 装備は外すが荷物は持っていくことにした。鞄を背負って、そしてまた少し悩む。


「温泉ってことは服脱ぐよな……荷物置くよな……」


 全裸。無防備。これ絶対治安……いや、そこまで神経質になるのは良くないか。これじゃまるで外国に旅行に来た日本人だ。いや間違ってないんだけど。

 まぁ、こうして警戒しない日本人はもれなく被害に遭うんだけどな……安田もそういうことあったって言ってたし。安田が言うなら間違いないだろう。

 よし、良いこと考えた。服脱いだら鞄を氷漬けにして固定しよう。ガッチガチに凍らせて触れると手が引っ付くくらい低温にして……うむ、いい考えだな。これで行こう。そうとなればさっさとダニエラと行こう。


 ということで僕は普段着に着替えて鞄を背負い、明かりを消して部屋を後にした。



  □   □   □   □



 ダニエラと宿の前で待ち合わせして温泉へと向かう。道中、ダニエラに荷物のことを聞かれ、治安悪そうだし、と答えると笑われた。


「部屋には防犯の魔道具があったじゃないか。見てなかったのか?」

「そんなもんあったか? あ、もしかして、あの変な調度品?」

「そうだ。あれが防犯の魔道具だ。鍵を使わずに部屋に押し入るとあれが作動して犯人の動きを封じるんだ」

「なんだー……そんな効果があったのか……」


 完全に空回りだ。先に言っといて欲しかった。


「防犯なら僕、荷物置いてくるわ」

「先に行ってるぞ」


 ダニエラに手を振ってAGI全力で宿まで戻って荷物を置いて温泉まで走った。温泉に入る前に軽く汗を搔いてしまったが、逆に期待値が上がったのは僥倖……なのだろうか?




 温泉の脱衣所にやってきた。入り口は男女に別れていたのでダニエラとは別れた。べ、別に混浴とか期待してないんだからね……!

 手荷物が減ったので安心して全裸になる。清々しい。この清々しい姿で外に出たらもっと気持ちよくなれるだろうか。なんて馬鹿なことを考えながら温泉に続く扉を開いた。中は濛々と湯気が上がっていて殆ど前が見えない。逆に怖いんだけど……そーっと前に進んで、なんかバッシャンバッシャンと派手な音が近付いてきたところで温泉が見えた。そっと手を入れてみるとちょっと熱い。源泉掛け流し的なアレかな? 何となく温泉の位置が分かったので次は洗い場を探す。数分ウロウロして漸く見つけたそこで軽く体を洗い、ウロウロした所為で位置が分からなくなった温泉を再び探す。さっきみたいにバッシャンバッシャンと音がしてないので見つけにくい。てことは誰かいたってことか。全然気付かなかったな……と、温泉の端に辿り着いたので中へ入る。


「ふはぁぁ……気持ち良い……けどあっついな……前も見えねぇ……」


 足を伸ばして脱力する。相変わらず湯気は凄いが崖の中ってことは洞窟風呂みたいになってるんだろうか。ちょっと見たかったが……この湯気じゃ無理だな。


「ダニエラの風魔法があれば湯気もどうにか出来るか……」

「おぉ、その手があったな。ちょっと待て」


 ちょっと待て、何故ダニエラの声が聞こえる? 僕の疑問に答える者はなく、爽やかな風が頬を撫でて冷やしながら湯気が後方へと流れていった。湯気が消えて辺りの景色が見えてくる。風呂場は予想通り洞窟風呂で、壁際には明かりの魔道具が置いてあったが湯気が酷くて何の意味もなかった。お湯はにごり湯で肌がスベスベになりそうだ。風呂場全体としては結構な広さだ。湯船と入り口が割と遠い。そして入り口が2つ(・・)あった。


「何で2つあるんだよ……」

「脱衣所を分ける為じゃないか?」

「脱衣所を分けても風呂場が1つじゃ意味が無いんだよ?」


 前で寛ぐダニエラに説くが、湯に揺蕩う者に説法は右から左だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ