第七十三話 鉱山の町
「いやぁ、こんな所で会うとは思いませんでしたよー」
肉球防具店店員さんは馬を操りながら朗らかに言う。
「あ、そういえば自己紹介してませんでした。改めて私、肉球防具店店主のニックと言います。よろしくお願いしますね!」
店員さんは店主さんだった。まぁそうか。僕が勝手に店員だと思ってたけど一人しか居なかったら店主だものな。僕とダニエラは馬車に乗せてもらい、歩き疲れた足をマッサージしながら御者席のニックに声を掛けた。
「ニックさんこそこんな所で何してるんだ?」
「アレッサに依頼されていた服を届けに行くんですよ。あそこは鉱山の町なので服の消費が激しいんでよね。なので端材でこしらえた簡単な服を持っていくんですよ」
端材、ね。そんな粗末な服を着るのは奴隷しかいないだろう。鉱山奴隷か……。思い出すだけでちょっと気持ちが荒んできた。あまり奴等に繋がる話題はしたくなかったので露骨に話題を変える。
「そういえば服飾店の方の店主さんはなんて名前なんだ?」
「嫁の名前はキューナですよ。二人の名前を合わせてニクキュー、肉球ってなるんですよ」
「あぁ、ダジャレなのね……」
おかしいと思った。服にも鎧にも肉球のマークが入ってないんだもん。ただニックとキューナで肉球なだけかよ。
「でもお店のシンボルとしては肉球を採用してるんですよ。服や鎧に入れると主張が激しいかなと嫁と相談してやめたんですが」
そういえば馬車に挿してある旗には肉球のマークが描かれている。とは言っても可愛い丸4つの肉球ではない。爪まで描かれたライオンに手の平だ。格好良い。まぁ冒険者向けのお店だしな。可愛いマークじゃ人気は出ないか。
ガラガラと木製の車輪が揺れる度に3人で跳ねながらアレッサを目指す。段々気持ち悪くなってきてそろそろヤバいかもと思い始めた時、アレッサへと続く山間の道に入った。両側の絶壁が物凄い迫力だ。馬鹿みたいに上を見上げながら酔いも忘れて見入っていると、ダニエラが僕の肩に手を置く。
「アサギ、敵だ」
「ん……みたいだな。ニックさん、止まってくれ!」
気配感知を広げると前方上空から複数の魔物が降下してくるのが分かった。僕の声に振り返ったニックさんの隣に這い出て上空を指差す。
「魔物だ。多分、危険はないと思うけど一応離れててくれ」
「分かりました。一応僕も”水晶”なので自分の身は自分で守ります!」
へぇ、戦えるのか。いや、普通に考えたら護衛も付けずに町の外に出るはずないか。水晶ならその辺の雑魚にはやられないだろう。
納得した僕は頷いて前方の魔物を睨む。鳥型の魔物のようだ。遠目だから正確な大きさは分からないが、多分、猛禽類くらいの大きさはある。
「あれは『クリフイーグル』だな。崖の中に巣を作る大型の鳥系魔物だ」
死生樹の弓を取り出したダニエラが僕の隣で矢を番えながら解説してくれる。それを聞きながら僕も『氷矢』を生成する。メガモール戦で編み出した遠距離攻撃魔法だ。殲滅戦でもないので4、5本生成してダニエラと合わせて放つ。真っ直ぐ飛んだ矢に何匹か命中し、地面に落下して弾けるが、スイ、と避けた奴がいた。其奴は他より少し大きい魔物だ。親だろうか。
「あれがリーダーだろう」
二の矢を放ちながらダニエラが言う。親ではないのか……なら心苦しくはないな。
先程よりも速さを増したダニエラの矢がリーダーの胸を穿つ。一瞬で絶命したリーダーも、他の魔物同様に落下し、地面に衝突して弾けた。
「あんなにぐちゃぐちゃになったら討伐証明が採れないな」
「クリフイーグルの討伐証明は一番大きな羽根だ。折れていたり傷ついていなければ何とかなるだろう」
何でも無かったように御者席に戻って発進させた馬車の傍を警戒しながら歩く。すぐに落下地点に着いたので検証してみるが、何匹かは綺麗なまま羽根が採取出来た。一番大きなリーダーの羽根は期待してたのだが折れていたので諦めた。ダニエラは矢の材料にすると言って何枚か採取していた。
正面に大きな門が見えてきた。道幅いっぱいの大きな門だ。あの門の先に鉱山の町があるんだろう。今まで森の中の町、平原都市と来て次は鉱山の町だ。どんな光景が広がっているんだろう。ダニエラもこんな気持ちで旅を続けているんだろうかと、隣を歩く相棒を見る。目が合うと不思議そうに首を傾げられた。そんな仕草も愛おしかった。
門が近付いてくると警備している衛兵の姿も見えてくる。槍を手にした兵が前に進み出てくる。
「止まれ。何者だ?」
「肉球防具店の者です。依頼されていた衣類の納品に来ました」
「冒険者のアサギです」
「同じく、ダニエラだ」
そういえばこういうやり取りも初めてだ。何だかんだいつも衛兵隊に助けられながら町に転がり込んでいたからこういう職業の人達と距離が近かったんだよな。今回は普通にトラブルもなくやってきたので警戒されている。ちょっと異世界感ある。
「荷物を検めさせる。馬車から離れて壁際で待て。おい!」
衛兵の声に門を警備していた兵が走り寄ってきて馬車の荷物の蓋を開けたりして確認している。僕達は言われた通りに壁際に寄ってその光景を眺めていた。ただの服を確認するだけなので特に問題もなく数分で終わった。本当、今回は平和だなぁ。
「確認が終わった。遠路遥々よく来てくれた。アレッサへようこそ!」
全ての確認が終わったと報告を聞いた隊長がニカッと笑って門を開けさせる。重厚な音を立てながらゆっくりと門が左右に割れた。異世界お上りさんとして名を馳せている僕はそれをまたボケーッと見上げている。するとそっと尻を触られた。
「いつまで見上げているんだ。置いていくぞ?」
「尻を触るんじゃない、尻を」
先を歩いて悪戯っぽく笑うダニエラを追い掛けて、僕達は鉱山の町『アレッサ』へと到着した。
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鉱山の町というだけあって街の中の至る所を線路が走っている。鉱石を乗せたトロッコが走る為の線路だ。しかし踏切のようなものがないので危なっかしい。まぁそのトロッコを押しているのは鉱山奴隷だ。轢かれる心配はないだろう。
町並みは上に伸びている。階段、梯子、建物自体を使って、上へ上へと伸びる家屋を見上げてその圧巻の景色を堪能する。見上げてばかりで首が痛い。色々な家の煙突から煙が立ち上がっているが、聞けばそういった家々が全て鍛冶屋なのだとか。目の前の山から採れる鉱石をそのまま武器防具に変えられるのだから効率が良いんだろう。鉱山の町は鍛冶の町でもあるようだ。
ニックさんは納品の仕事があるとのことで町に入ってすぐに別れた。広いようで狭い町だ。また会うこともあるだろう。
「さて、今回は平穏無事に町に入ったから宿の紹介がない。どこが良いだろうか」
「そうだな……アサギの巻き込まれ体質がここで役に立たないのは期待はずれも甚だしいが、ここは聞き込みをするしかないか」
「誠に遺憾だがそうする他ないか。いや、本来はこれが当たり前だ。甘えるなよダニエラ」
難しい言葉を使って頭の悪い会話をしながら酒場を目指す。鉱山と言えば酒場、聞き込みと言えば酒場だ。ニックさんに聞けば良かったと今更ながらに思うが、これも旅の醍醐味だと思うことにした。
酒場らしき建物かなぁと当たりを付けてウロウロと歩き回りるがこれがなかなか見つからなかった。すれ違った鉱山関係者に酒場の場所を聞き、漸く酒場へと辿り着いた。宿の場所は聞かなかった。何故ならば、酒場で聞くことに意味があるからだ。ダニエラも当然、酒場で聞くと顔に書いてあったので何も問題ない。
途中、ピッケルを担いだ鉱山奴隷の集団に遭遇した。何人かは僕のことを見ていたが……髪も髭も伸び放題。肌も砂や垢で汚れていた所為で顔の判別がつかなかった。あのクソ冒険者達かは分からなかった。
「いらっしゃい」
胡乱げに僕達を見る店主。薄暗い店内にはポツポツと客がいる。フィラルドにもスピリスにも居なかったが、ここには娼婦もいるようだ。でかいおっぱいをアピールした服装で非常に素晴らしい。深いスリットが入ったスカートから見える足もいいね! なんてチラチラと見ていたらダニエラに尻を触られた。だから尻はやめろ尻は!
「果実酒を2つと何かつまめる物をくれ」
ダニエラがカウンター席に座って早速注文する。酒だけでいいのに軽食まで頼む辺り、流石としか言いようがなかった。溜息一つ、僕もカウンターにと向かおうしたら後ろから服を掴まれた。
「ん?」
「やぁやぁお兄さん。一緒にこっちで飲もうぜ?」
先程のおっぱい姉さんが僕の服を掴んでいた。
「や、あっちに用事あるんで」
「まぁそう言うなって! 損はさせねーぜ?」
「いや、ほんと、マジあいつキレると怖いんで勘弁してください……」
チラ、とダニエラを窺うと肩越しに此方を睨んでいた。くっそ怖いんだけど。
「あ、あんだよ……しゃーねーな……っ」
おっぱい姉さんもダニエラの睨みにやられて震え声で服を離してくれた。
「お仕事なのにほんとすんません……」
「あんたも大変だな……息抜きしたくなったらうち来いよな」
コソコソと話して苦笑し合う。そこにダニエラの咳払いが聞こえて二人して飛び上がった。ぷるんと揺れたおっぱいをしっかり目撃してから僕は小走りでダニエラの元へ向かった。




