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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第七十一話 さようならスピリス

「そうか、うん、納得した。じゃあそろそろ次に行く場所なんだが」

「待って待って待って。え? それで終わり?」

「うん? あぁ、終わりだ。何か話すことがあるのか?」

「いやもっと、ほら、何で黙ってた、とか、異世界ってどんなところなんだ、とか」

「何で黙ってた?」

「何となく話すタイミングが無かった」

「異世界ってどんなところなんだ?」

「魔法も魔物も無い代わりに科学という技術が発展した世界だな」

「そうか、凄いな。じゃあ次は帝国に行こうかな」

「帝国ね、了解」


 愛しの彼女が凄く淡泊なんだがこれってどこに相談したらいいんだろう。


 なんて、ちょっと一世一代の告白をしたつもりがあっさりスルーされて落ち込んでいると、ダニエラが溜息交じりに僕にこう言った。


「あのな、アサギ。ああして異世界人がいたのだから他にもいるかもしれないと思うのは当たり前だろう? それがアサギだったからといって何か変わることがあるのか?」

「特に……ないけど」

「だろう? アサギが異世界人だろうが何だろうが、私の大好きな人に変わりない。異世界がどんなところだろうが私達が生きているのはここだ。話の種として聞くこともあるだろうが、今は次の旅先を話すのが目的だ。違うか?」

「ん……確かにそうだな。悪かったよ……ちょっと拗ねてしまった」


 我ながら情けないとは思うが、ダニエラの言う通りだ。勝手に期待して勝手にガッカリするだなんてまるで子供だった。と、反省していると視界が塞がれ、ダニエラの匂いが濃くなった。どうやら頭を抱き締められているようだ。ちょっと驚いてしまい、肩がビクッとなった。


「アサギ、すまない。ちょっと気持ち悪いことを言っていいか?」

「ダニエラが言うことなら何も問題ないよ」

「ん……今ちょっと、落ち込むアサギが愛おしくなってしまった。珍しいものを見たからかもしれない。可愛かった」

「ダニエラ……僕、これでもいい大人のつもりだから可愛い扱いは……」


 流石に恥ずかしいです。耳が熱い。と、敏感になっている耳にダニエラの口が寄せられボソリと囁く。


「これでも私の方が君より大人だ。甘やかさせろ」


 正直言って腰が震えた。その日一日は宿で過ごし、旅の準備は次の日に行うことになった。仕方ない仕方ない。



  □   □   □   □



 『銀の空亭』の主人、ヨシュアさんには明日、旅立つことを告げた。


「そうですか。寂しくなりますが、お客様を気持ちよく送り出すのもまた、私の仕事。生き甲斐です。またお越しの際は是非、銀の空亭をよろしくお願いします」


 短いやり取りだが、その言葉の中にヨシュアさんの人の良さが詰まっていた。この宿にして本当に良かったと、心の底から思えた。今日は明日の朝まで予定があるので、感謝の言葉と共に部屋の鍵を返した。




 宿を出た僕達は旅の準備を始めた。今回は虚ろの鞄の容量が気持ち、少し増えた気がするので食材も買って自炊してみようということになった。いつも出来合いの物というのも味気ない。ここは僕の家庭の味という物をダニエラに知らしめてメロメロにしてやらねばならない。夜勤生活が長かった僕は料理から離れていた。だがこの世界に来てからは煮る、焼く、炒めると出来ることはやってきたつもりだ。素材さえあれば何とか出来る自信がついてきたところなのでここで一気に昇華させたい。


 という訳で僕達は市場にやってきました。おじさんもおばさんも大きな声で呼び込みをしている。棚いっぱいに並ぶ色とりどりの果物、瑞々しく新鮮な野菜、そしてダニエラの好きな肉だ。


「スピリスで一番血の滴る牛肉だよ!」


 と少し頭の寂しいおじさんが声を掛けてくる。ふむ、確かに見た感じ新鮮だ。しかし本当に牛肉なのかね?

 値段を見ながら色々な店を冷やかし、ここぞという店を見つけて良い野菜と果物を、新鮮な肉を買い漁った。魚はあまり多くない。この辺りには南のアレッサ山から流れてきた川があるだけだ。それほど幅のある川でもないので漁師も殆どいない。取りたければ各自釣り竿で行けば済むのでわざわざ商売をする程のことでもないのだ。

 とは言ってもまったく居ないわけでもない。小遣い稼ぎ程度でも買う人間はいるので釣り人が売りに来るのだ。そしてそれは僕の鞄の中に入ることになる。


「魚か……骨が面倒だ」

「子供か」


 肉食なら魚肉も食べなさい! ということで何尾か購入した。


 さて、食材に関してはこれで問題無いだろう。虚ろの鞄は次元魔法の付与によって作られたものだから空間干渉、時間干渉が可能なので鞄内の時間は停止している。腐らず保存出来る。しかし次元魔法ってのは万能だな。空間干渉や時間干渉が出来ればまさに最強なんだが。


「次元魔法というのは非常に不安定な魔法だ」

「だろうな。あの次元鉱石を見るとよく分かる。手出しする勇気が無い」

「うむ。初級魔法でさえ莫大な魔力を消費するし、暴走したら手痛いしっぺ返しを食らう。空間、時間に干渉するリバウンドだ。どうなると思う?」

「あー……想像もしたくないが……前例があるのか?」


 ダニエラはちょっと怖い笑顔を浮かべて囁くように答える。


「大昔にな、若くして天才と呼ばれた宮廷魔術師がいたんだ。次元色の濃い魔術師でな。だがある日魔法実験に失敗してリバウンドが発生した。宮廷は空間干渉でごっそり削られ、魔術師は時間干渉の影響で見窄らしい老人に成り果てたそうだ」


 うっわ……なにそれ怖すぎ……。


「あの次元鉱石に触れなかったのは正解だな?」

「まったくだよ……あー恐ろしい恐ろしい」


 ゾクリと背筋が冷えたまま市場を抜け、その足で西地区衛兵隊詰所へやってきた。受付でハロルドさんを呼んでもらうと、ハロルドさんが飛んできた。


「おぉ、これはアサギ殿! 久し振りですな!」

「ハロルドさんもお元気そうで。今日はちょっとした挨拶に来ました」


 首を傾げるハロルドさん。


「実は明日、この町を発つことになりまして」

「なんと……それはまた寂しくなりますな」

「ハロルドさんには色々良くして頂いたので挨拶にと」

「そうですか! 私なんぞにわざわざ……今日という日は一生の思い出になるでしょう!」


 相変わらず熱い人だ。でも本当にお世話になった。町に滞在出来たのはハロルドさんの紹介のお陰だし、ワイバーンを討伐して帰って来た時もハロルドさんのお陰で助かった。この装備だってハロルドさんの厚意のお陰だ。本当に頭が上がらない。


「では、またいつか会いましょう、必ず!」

「えぇ! アサギ殿とダニエラ殿の旅が良きものとなりますよう!」


 綺麗な敬礼で送り出してくれたハロルドさんは目を赤くさせていた。あんなに良い人、なかなかいないよな。またスピリスに来た時は絶対に会いに来よう。




 ハロルドさんと別れてからはギルドに向かった。フィオナはともかく、ボルドーにも顔を出しておかないといけない。世話になった人への挨拶は物悲しいな。今生の別れではないと言いたいが、何があるか分からない世界だ。本当に会えなくなるかもしれないということがある。

 フィラルドでもそうだったが、町を出る時は出来る限り挨拶するようにしている。礼儀もそうだが、僕はこの異世界で誰の記憶にも残らず消えるのが寂しかったのだ。誰かの記憶の片隅にいたい、なんて情けない気持ちをちょっぴり込めてのさようならだ。


「すみません、フィオナはいますか?」


 いつもと変わりないギルドの受付でギルド員さんに声を掛けてフィオナを呼んでもらう。ダニエラと談笑しながら待っていると、いつかの応接室に通された。


「失礼します」


 僕を先頭にダニエラと入室するとフィオナと、呼んでもいないのにボルドーもそこに座っていた。まぁあとで顔出そうと思っていたから好都合なんだが。


 フィオナが微笑みながら僕を見る。


「そろそろかなと思ってギルドマスターも呼んだよ」


 どうやら全てお見通しのようだ。僕は頬を掻きながら椅子に座る。


「フィオナには前に言ったから分かっちゃうか」

「まぁね! あたしがアサギ君のことで分からないことなんてないよ?」

「それは恐ろしいな?」


 お互いに笑い合う。和やかな雰囲気だが、やはり哀愁というか、物悲しい香りが拭えなかった。ずっと黙って様子を見ていたボルドーが足を組みながらニカッと笑う。


「よぉ、次はどこへ行くんだ?」

「ダニエラと相談して、南の帝国に行こうかなと」

「ほっほぅ、なら帝国のギルドに連絡入れとかないとな!」

「そういう先回りするのやめろよ!」


 なんて、気安いやり取りをして笑い合った。ボルドーは僕とダニエラの顔を見て頷くと立ち上がり、応接室を出ていった。出る際に、


「気を付けてな。また来いよ」


 とだけ、少し鼻声で言い残して。この町の人は別れが苦手のようだ。


「また行っちゃうんだね、アサギ君達は」

「旅が目的だからな……」


 一度は別れた。でも奇跡みたいにまた会えた。でも僕達はこの町を出て行く。悲痛な沈黙。それをダニエラが崩す。


「フィオナ。必ずまた来る。アサギと一緒にな」

「ダニエラ……ううん、アサギ君だけでいいよ?」

「ほう?」


 そんなやり取りに僕はそわそわしながら二人の顔を見るが、実に楽しそうに笑っていた。親友のような、ライバルのような、気持ちの良い関係がそこにはあった。


「また来るって言っただろ? 手紙も時々出すよ」

「ふふ、期待しないで待ってる。どうせアサギ君はダニエラといちゃいちゃして忘れるもん。分かってるんだからね?」

「そうだな。アサギが他の女のことを考える暇など与えない」

「大事な友達のことくらい好きにさせてくれよ……」


 溜め息混じりに言うが、笑顔は消えない。絆も消えない。僕達はずっと友達だからな。どこに行ったって、どんなに距離があっても何も変わらない。いつか僕がこの町に帰ってくる時、そこには絶対にダニエラとフィオナがいる。これは決定事項なのだ。

 僕達はフィオナをギルドから連れ出し、予定通り『牙と爪』で夜が明けるまで話した。これまでのこと、これからのこと。別れを惜しむように、再会を楽しみにしながら。途中、どこかで僕達が旅立つことを聞きつけたレックス達やピンゾロがやってきて、それはそれは盛大な宴となった。




 そして翌朝、僕とダニエラは多くの別れの言葉を背に、スピリスを旅立った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 旅に別れは付き物とはいえやっぱり寂しいものがあるな
[良い点] スピリスで一番血の滴る牛肉だよ! Skyrimネタだ!(笑) 作者さんはSkyrim好きなんですか?
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