第七十話 坑道のその後
さて、ついつい嬉しくて駆け足に勇者と仲良くなってしまったが、お互いの立場というものがある。
僕は冒険者。彼は勇者だ。
一介の冒険者でしかない僕があまりベラベラと話し掛けては畏れ多い。周りの目もあるしな。とは言ってもお互い日本人。縁もゆかりもないこの異世界で出会えたただ一人の同郷。積もり積もった話も愚痴もあるというのが当たり前だ。ここでお互いの連絡先とか交換出来れば良いが、そんなものは無い。
なので、僕達は一緒に泊まったこの『銀の空亭』のレストランで朝食を共にするのがここ2、3日の行事だった。
「おはよう、勇者殿」
「やーめーてーくーだーさーいーってぇ。気恥ずかしいッスわー」
僕は大人であるからして、立場というモノで線引きをしているのだが、勇者殿は気安い関係をお望みのようだ。ま、レストランで一緒に食う間や、風呂の時間では立場など気にしないのだが。安らぎの時間に上下関係などないのだ。
「んで、松本君がここに来たのって僕達が潜った坑道跡の調査だっけ?」
「そうですよ。結構ヤバかったって王都まで噂が流れてきたんで、見てこいって王様が」
「ふーん……王様っているんだな……」
「サンタクロースみたいなお髭のお爺さんッスよ」
「なにそれ見たい」
定番のモーニングセットであるベーコンエッグとトースト。果実。ミルクを飲み食いしながら団欒する。これでも松本ハーレム組も一緒なので大所帯だ。ダニエラも女子同士で会話が弾んでいるみたいで、コミュ障気味だったのが嘘のような盛り上がりを見せている。
「でな、アサギは夜も早いんだ」
「えー。それってどうなの?」
「最初はちょっと物足りなかったがな、最近は持久力もついてきたから連戦が出来るし問題無いな。ああ見えて継戦能力は目を見張るものがあるぞ」
「それやばくない? ヤスシ君も割と長持ちするけど連戦はなー」
僕達は揃って立ち上がり、モーニングセットのお代わりを頼みに行った。
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という訳で僕達は例の坑道跡にやってきていた。僕としては見るものもないので非常につまらないのだが、ギルドが僕を水先案内人に任命したので仕方なく来ている。まぁ報酬を出してくれるということで了解した形だ。本当ならダニエラと次の目的地について話し合いたかったんだがな……。まぁ、これも仕事だ。正社員である僕はお賃金の為に働くしかないのだ。社会の歯車として。
「はー、真っ暗ですね。《光源》」
松本君の指先から眩い光が生まれた。えっ、なにそれなにそれ?
「光魔法ですよ。僕の得意属性です」
うわー、勇者すげー。何だか自分が惨めになってきた。僕の魔法なんて冷たいお飲み物を出す程度のもんですわ。
「いやいや朝霧さん、僕がたまたま使えるだけですから。そんな露骨に落ち込まないでくださいよ!」
「そうだぞ。アサギはマツモトよりも凄いんだから自信を持て」
「ダニエラ……ッ!」
あぁ、愛しの彼女。やはり僕の味方はダニエラだけだ。そこの眩しいドラッグストアなんかより数倍愛おしいぜ。
ドラッグストアの光のお陰で前回よりも視界良好なので、歩みは早い。ダニエラの魔法で開けた穴を降りれば結構な深さまで降りられる。そこからまた魔法で下まで降りた。新たに穴を開けたのは松本ハーレム組の一員だ。彼女はドワーフらしく、聞いてもいないのに松本自慢を語ってくれた。
「ヤスシはね、私達が住んでいる鉱山が魔物に襲われて崩落したところを助けてくれたの! 今でも思い出すわ……目の前のサイクロプスが振り上げた棍棒を剣で防いでくれた後ろ姿……あぁ、あの時私はヤスシに惚れたの!」
誰か塩持ってたら僕の口に突っ込んでくれ。しょっぱさに埋もれたい気分だ。
ハーレム組が何かする度に松本自慢劇場が開演するので、何だか前回よりも疲れた。此奴もよくやるよ……。
「あはは……すみません……」
引きつった笑顔の松本君の脇腹を肘で突っつき、八つ当たりしながら僕達は最深部へ直行した。
道中、倒しそびれていたコボルトやホールモールを駆除しながらだったので、意外と儲かった。まぁここは勇者殿と山分けを最初に決めていたので半分こだ。
そしてやっぱり何事もなくて、新たに現れた異常進化個体や、龍脈の異常も何一つなかった。ただの深い穴だなこりゃ。
「……とまぁ、こんな感じの場所で、アサルトコボルトっつー魔物を退治したわけよ」
「なるほど……」
松本君は腕を組んでドーム広間を眺めて、一点を見つめて止まった。
「朝霧先輩。あの先は?」
そう、アサルトコボルトが現れた穴。特大の次元鉱石がある穴だ。
「あの穴の先は行き止まりだ」
「その行き止まりには何があるんですか?」
やっぱ勇者だな。能力値が高いと分かるもんなのかね?
「とある物がある。内緒にしてくれるなら案内しよう」
「お願いします」
ジッと此方を見る松本君の目は真剣そのもの。僕以上に修羅場をくぐってきた感のある目だ。これなら信用出来るかなと、ダニエラと顔を見合わせ、頷き合って案内することにした。とは言っても一本道。4、5分も歩けば目的地へ到着だ。
相も変わらず紫紺色の粒子が床から湧いて天井へと消えていく。その先の壁には大きな次元鉱石が埋まっていた。ふむ、誰かが弄った様子もなく、前と変わりない。松本君達は呆然とした顔で鉱石を見つめていた。
「これは、また……物凄いですね」
「だろう?」
別に僕が何かした訳でもないが、ふふんとドヤ顔をしてみた。うむ、気分がいい。
「ダニエラと相談してな、何か危ないから近付かないようにして黙ってようと決めたんだ」
「確かに、次元魔法は甘く見ると手痛いしっぺ返しがありますからね……その判断は流石です」
勇者でもヤバいと感じるのか。此奴を使って空間転移しようなんて思いましたとは口が裂けても言えないな。素人判断でしたとはおくびにも出せない。大人の立場というものがある。
「松本君には此奴をどうにかする力はあるんかい?」
「どうでしょう……この辺りの龍脈に次元色が濃く出てるのは感覚で分かりましたが、それが凝固されてるとは流石に……手に負えない、ってのが正直な意見ですね」
「王都にもそういう人材は?」
「伝手はあります。ですが彼女は城から動けないんですよ。宮廷魔術師ってやつなので」
宮廷魔術師、か。ラノベとかで見る超強いお抱え魔道士だな。なら迂闊に外出は出来ないか。戦術の要だものな。
「やっぱり此奴はこのまま置いておくに限るか」
「悔しいですが、それしかないですね。これを使った剣とか作れたらチート級のが出来上がりそうですが」
空間を裂くとか、空間を越えて攻撃とか、夢が広がるじゃないか……。まぁ危険を冒してでも手に入れたいものではないよな。僕にはアサルトコボルトの剣もあるし、古代エルフの剣もある。何も問題はない。
ということで、調査の結果、何も問題なし。次元鉱石の事は気になるが、報告していらんことされてもなということで終わった。空間に干渉する力程やばいものはない、と。だが放置も拙いだろうという意見も出て、ハーレムドワーフがその場で鋼鉄製の扉を生成してガッチガチに戸締まりして終わらせた。魔法なのかな? 凄かった。
それからスピリスに戻って、1週間程勇者達は滞在して王都も戻ることになった。
「じゃあそろそろ王都に戻ります。貴方に会えて良かった。同じ日本人がいると知れただけでこんなにも心強くなるとは思ってもみませんでした」
「それは僕もだよ。強盗に刺されて意識を失って、気付いたら何もない丘の上だったからな……こう見えて心細かったんだ。今はダニエラも居て元気いっぱいだけどな」
「えっ、刺されて転移したんですか?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてないですよ!」
という訳で僕の経緯を話してたら2日程過ぎてた。勇者松本は焦るように帰っていきましたとさ。めでたしめでたし。
「ところでアサギ」
「ん? 何だダニエラ」
「勇者は異世界から来たと聞いたことがあるが……」
「あぁ、王都では有名らしいな。まぁ僕は知らなかったんだけど」
「アサギも、そうなのか?」
真っ直ぐ僕を見つめるダニエラ。僕は自身の最大の秘密を話す時が来たんだなぁ、とか、まぁこれだけ話してたらそうなるよなぁとか、頭の片隅で思いながら口を開いた。
「あぁ、僕もそうだ。僕はこことは違う世界から転移してきた異世界人だ」




