第七話 熱烈な歓迎と熱烈な歓迎
ラッセルさんに色々と話を聞く。
「さっきはガルド達と話してたみたいだが、問題はなかったか? 彼奴等、口が少し悪くてな……流れの冒険者で、悪い奴等じゃあないんだ」
「ちょっと誂われたけれど、ラッセルさんの為に動いてたのは分かったから大丈夫だよ」
変なあだ名を付けられたけど、まぁ、問題って程でもない……と、思う。
そんなことより、だ。
「町とか初めてなんだけど泊まる場所とかあるかな」
「あぁ、それならこの通りをまっすぐ行って二つ目の角を曲がってすぐに良い宿がある。俺の名前を出せばある程度融通してくれるだろう」
「へぇ、ラッセルさんって偉い人なの?」
「馬鹿野郎、俺は衛兵隊長だぞ」
普通に偉い人だった。自慢げに胸についた星型のバッジを見せてくる。これが隊長の証、なのかな。ていうか隊長が真っ先に出てきてくれたのか……有り難いな……。
「隊長さんだったんだ。ラッセルさん凄いね」
「はっは、まぁな! ところでアサギ。お前さん、どっから来たんだ? あんな格好で森を彷徨くなんて正気の沙汰じゃない。何かあったのか?」
じぃ、と見つめてくるラッセルさん。なんて答えればいいんだろうか。異世界から来ましたーなんて言って信じてもらえる気がしない。ラッセルさんには悪いけれど、ここは適当に嘘を言うしか無いな。
「結構遠くだよ。途中でゴブリンに追い掛けられて荷物は全部無くしちゃって……無我夢中で走ってて気付いたら丘にいたよ」
「丘ってーとこの辺りなら……霧ヶ丘しかないな」
霧ヶ丘?
「平原の真ん中にぽこっと出た丘があっただろ。あるんだよ。あそこは変な場所でな、冷えてもないのに朝方は霧に包まれる。丘と言えばあそこしか無いが違うか?」
「まさにそこ。気付いたら辺り一面真っ白だったよ」
「はは、やっぱりな。そこから徒歩なら結構掛かったろ。今日はゆっくり休め」
そう言ってラッセルさんが小さな布の袋を渡してくる。受け取るとチャリ、と音が鳴る。これは……開いてみると案の定、お金だった。
「ラッセルさん、受け取れないよ。助けてもらった上に服まで用意してもらって更にお金なんて……」
「馬鹿野郎、アサギ、俺が宿紹介して休めって言ってんだ。そいつが無けりゃ休めないだろう?」
「でも……」
「あぁ、勘違いするなよ? 其奴はお前さんにやるんじゃあない。貸しだ。稼いで返せよ? いつでも良い。支払える余裕が出来たら渡してくれりゃそれで良い」
「ラッセルさん…何から何まで、本当にありがとう」
「良いさ。気にすんな。ついでに冒険者登録してこい。稼げるぞ!」
ラッセルさんが言うには魔物退治や遺跡探索を生業とする冒険者という職業があるらしい。らしいとは言っても僕にしてみればよく知る話だ。ギルドへ行って冒険者登録すればそれだけで良いらしい。もちろん、例に漏れずランク制で初心者は最下位ランクのGランクから始まるようだ。Gランクは通称『石』だそうだ。そこら辺に石に変わりない程度の価値というか、強さらしい。
「掃いて捨てる程有り余ってるって意味もあるらしいけどな!」
とはラッセルさんの談である。
「しかしな、石ころの中にも宝石の『原石』ってのはある。磨けば其奴は石から立派な宝石に変わるのさ。アサギ、お前さんが宝石になれることを祈ってるぞ」
バシン、と僕の背を力強く叩く。肺の中の空気は押し出されたが、代わりに気合が沢山注入された。
「ありがとうラッセルさん。そろそろ行くよ」
「おう、行ってこい!」
僕はラッセルさんに手を振り、まずは紹介された宿へ向かった。
□ □ □ □
紹介された宿は『春風亭』という2階建てのそれなりにランクの高い宿らしい。さっきから気になってしょうがないんだが、文字が読める。言葉も通じる。まるで昔から親しんできた言語のように耳に馴染む。ラッセルさんと話してる時から何でだろうと気になっていたが答えは出ない。気にしてもしょうがないということだろう。僕は考えるのをやめた。
「すいませーん。誰かいますか?」
「はいよー。客かい?」
奥から現れたのは体格のいいおばさんだった。カウンターの向こうに立って僕を見る。
「えっと、ラッセルさんの紹介で来たんですけど」
「おや、ラッセルの紹介かい? ならサービスしないとね!」
ラッセルさんの名前を出した途端、笑顔になるおばさん。ラッセルさん効果は伊達じゃないらしい。
「あたしはマリス。あんたは?」
「アサギと言います。とりあえず1週間……このお金で足りますか?」
そう言って先程借りたお金を布袋から取り出してカウンターに並べる。そう言えばちゃんと確認してなかったが銀貨と銅貨が入っていた。どう見ても銅貨より銀貨の方が多い。ラッセルさん……。
「これだけあればお釣りが出るね。よし、アサギは2階の角に泊まりな。食事は朝昼晩と出る。そこの奥に食堂があるから行けば出してもらえるよ。食事料金はサービスだ!」
「いいんですか? 1週間だから21食分くらい浮いちゃいますよ?」
「ラッセルの紹介した客なんだから甘えときな。美味いもん食わせてやるよ!」
ラッセルさん効果は凄まじい。感謝してもしきれないな……。
「ではお言葉に甘えて……マリスさん、しばらくよろしくお願いします」
「あいよ!」
気前のいい女将さんで良かった。
僕は紹介された部屋に荷物を置いてからギルドへ向かった。ちなみに部屋は僕が住んでた部屋より広かった。
大通りに出てお上りさんよろしく、辺りをきょろきょろと眺める。やはり森の中の町ということもあってか、木造の建物が多い。通りを挟んで対面で並ぶ町並みは長閑で、とても気持ちが安らぐ。
青果店で声を張り上げるおじさん。肉を並べて腕を組む肉屋の青年。花屋なんかもある。生き生きした町だ。途中、武器屋も並んでた。男の子としてはウズウズするものがあるが、今は我慢だ。まずは冒険者にならねば。逸る気持ちを抑えてギルドへの道を進む。
ギルドは簡単に見つかった。でかい建物だ。それにちょっと荒々しい男たちが頻繁に出入りしてる。彼らが冒険者だろう。剣や槍を持っていた。
開かれた門扉を通り、屋内に入ると右手にカウンターが並ぶ。看板には『登録受付』『クエスト発行』『報酬引渡』『質問・その他』と書かれている。正面には2階へと続く階段と地下へ降りる階段。左手には併設された酒場があった。昼間にも拘らず男共が酒を飲んで騒いでいる。
「よう、見ろよ。なっさけねぇ格好の兄ちゃんが来たぜ」
「はっはぁ、良い服着てんなぁ!」
テンプレ乙。やっぱ絡まれるんだな……これに関しては言い返しても無視しても酷いことになる。目に見えている展開だ。
「いやぁ、さっき町に来たんですよ。冒険者になりたくて!」
僕はアルバイト用の外面をかぶる。
「ぁあ? んじゃあお前が黒兎か!」
なんだと?
「おい見ろよ! 噂の黒兎様が来たぜ!」
「黒髪のビビリ兎か! 俺にもよく見せてくれよ!」
「ぶははははは! なんて格好だよ! イカしてるなぁ!」
浴びせられる嘲笑。指される指。酔っぱらい共はとても機嫌が良いらしい。
どうやら僕は歓迎はされていないらしかった。