第六十九話 勇者来る
坑道跡から戻り、ギルドに報告してから3週間が過ぎた。
僕とダニエラは小さなクエストを繰り返しては稼ぎながら、日々を過ごしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
名前:上社 朝霧
種族:人間
職業:冒険者(ランク:C)
LV:53
HP:514/514
MP:485/485
STR:238 VIT:234
AGI:569 DEX:266
INT:235 LUK:25
所持スキル:器用貧乏,森狼の脚,気配感知,夜目
所持魔法:氷魔法,水魔法,火魔法
受注クエスト:なし
パーティー契約:ダニエラ=ヴィルシルフ
装備一覧:防具
頭-なし
体-氷竜の軽鎧
腕-氷竜の小手
脚-氷竜の脛当て
足-強襲狗鬼の革靴
武器-強襲狗鬼の爪牙剣
-強襲狗鬼の短爪剣
衣服-風竜のポンチョ
-風竜の腰布
-風竜のズボン
装飾-強襲狗鬼の牙のネックレス
◇ ◇ ◇ ◇
名前:ダニエラ=ヴィルシルフ
種族:白エルフ
職業:冒険者(ランク:C)
LV:70
HP:899/899
MP:573/573
STR:384 VIT:288
AGI:271 DEX:445
INT:380 LUK:31
所持スキル:新緑の眼
所持魔法:風魔法,水魔法,土魔法
受注クエスト:なし
パーティー契約:上社 朝霧
装備一覧:頭-森の民の面
体-森の民の軽鎧
腕-斑狼の小手
脚-灰鴉のレギンス
足-森蜥蜴の革靴
武器-死生樹の細剣
-死生樹の弓
装飾-森の民のケープ
-森の民のペンダント
◇ ◇ ◇ ◇
ダニエラとランクが並んだ。とは言っても線上が一緒なだけで立ち位置は端と端だ。71からはBランクだそうなので、すぐにダニエラは上のランクに行くだろう。僕も漸く追いついたので、離れないように頑張りたい。
そしてずっと暗い坑道に潜っていた所為か、『夜目』というスキルが発生した。暗いところでもちょっと良く見えるという地味なスキルだ。地味に役に立つところが実に地味だ。ダニエラには発生しなかったが、恐らく新緑の目というユニークスキルがある所為だろう。と、ダニエラが言っていた。
武器はアサルトコボルトの牙と爪を使った物を鍛えてもらった。ボルドーが紹介した鍛冶師は純血のドワーフで、名を『ベネット』と言う。
『お前さんが銀翆か』
『はい、アサギと言います。よろしくお願いします』
『この間二つ名貰ったばかりでもう俺に武器を作らせるか。生意気なもんだな? ぇえ?』
『はぁ、ギルドマスターの紹介なもんでして。気に食わないんでしたら他所に行かせてもらいますが』
『まぁ待てや。珍しいもん持ってるんだろ?』
『はい、これがそうです』
『ふむ…………ん、これは……』
『何か分かりましたか?』
『生意気だったのは俺のようだな……すまなかった。是非やらせてくれ!』
『じゃあ改めて、よろしくお願いします』
と、まぁ、話の分かる人で安心した。あのアサルトコボルトの素材を見ただけでどういう物か分かる程の目を持っているんだ。勿論、腕は確かだった。現在腰に下げている二振りの剣を見る。華美な装飾は無く、機能性だけを追求したデザインの爪牙剣は抜きやすく、握りやすく、そして軽かった。短爪剣は軽いのは勿論、爪だけだというのにとにかく頑丈だった。これなら解体作業にも使えるし、その他の加工にも使える。
この武器を鍛えるのに2週間掛かったが、出来は最高のものだった。この1週間は機能性の確認の為に草原を走り回っていた。前回のようなトラブルに巻き込まれることもなく、平穏無事。グラスウルフを倒し、解体して、また走る。それの繰り返しだった。
さてさて、ダニエラは僕の武器が完成した時点で旅に出たそうにしていたのだが、僕がずっと待ったをかけていた。何故ならば、この平原都市に勇者がやってくるからだ。
勇者、ヤスシ=マツモト。ドラッグストアみたいな名前だが彼は竜種のスタンピードを鎮圧した正真正銘の勇者だ。僕と違い、きっと素敵で華麗なチートスキルをお持ちなのだろう。と、勝手に思っているが彼がまだ転生者なのか、転移者なのかは分かってない。ただ名前が日本人っぽいからと思っているだけだしな。
彼はこの平原都市で起こりかけたスタンピードの噂を聞きつけて坑道跡を調査しに王都からやってくるのだという。その時点で僕の名前はバレてるだろうし、そして彼が日本人であれば僕が日本人でだと予想もしているだろう。酔いしれ系主人公でないことだけを切に願う。絡まれたくないしな……。
そんな勇者を待って僕とダニエラはギルドの酒場でお食事中だった。彼が来るならここだろうと予想して待機している。ダニエラが3皿目の魚の蒸し焼きに手をつけたところでギルドの扉が勢い良く開かれた。
「おい! もうすぐ勇者がやってくるぞ!」
「なに!? もう来たのか!」
「やだ、化粧直さなきゃ……」
「はぁ、どんな素敵な方なんだろう……」
「やっぱ勇者ってのは強ぇえのかな?」
「俺らとじゃ天と地の差があるだろうよ……」
ざわ…ざわ…と途端に賑やかになるギルド内にも関わらず、ダニエラ先輩はお魚に夢中だ。あぁ、もう。そんなに口元を汚してこの子はぁ。
「ん、むぅ。なんだアサギ。邪魔するな」
「子供じゃないんだからもっと綺麗に食べなさい」
「む、馬鹿にしたな? 私が本気を出せばこんな魚くらい、骨も残さず食べられるぞ!」
「骨は刺さるから食べちゃいけません!」
でも僕、骨せんべい好きだったよ。
と、気配感知にヤバいレベルの魔力反応が引っ掛かった。間違いなく勇者だろう。まっすぐここに向かっている。緊張してきた。
「ダニエラ。勇者来るぞ」
「ん、ごくん……アサギは勇者に会いたいんだったか」
「あぁ、ワクワクだぜ……」
果たして、ヤスシ=マツモトはどんな人物なのか。期待の篭った目で扉を見つめる。
そして魔力反応は、勇者はついに、扉を開けた。
「お邪魔しまーす」
ざわついていたギルドは水を打ったように静かになった。音が消えて耳が痛い。
「あれ、入っていいのかな……」
逆に戸惑う勇者マツモト。僕が見た限り、彼はやはり日本人だ。黒い髪。顔つき。雰囲気。同じ国の人間を海外で見つけたあの感覚だ。まぁ僕海外行ったことないけど。
「ん? アサギと同じ黒髪なのだな、勇者というのは」
と、静寂を破ったのは我が相方ダニエラだった。流石先輩。ほら、勇者がこっち見てるぞ。あ、やばい、凄い緊張する!
「も、もしかして貴方が銀翆ですか!?」
「い、いらっしゃいませ!」
「えっ」
「あっ……」
僕の魂に刻まれた挨拶文句が口をついて出てしまったのはきっと皆許してくれると思う。
とにかくこれが、僕と勇者の初対面だった。
□ □ □ □
「……ってなことがあったよなぁ」
「誰に話してんスか?」
「回想だよ、回想」
僕と松本君は酒場『牙と爪』で酒を飲んでいた。ここは以前、レックス達と食事をした場所だ。ちなみに今日はダニエラはお留守番だ。男と男の飲み会だ。積もる話もあるから席を外してもらった。
松本君は高校生だったそうだ。ある日の部活帰りにトラックが横転し、横滑りして巻き込まれたところでこの世界に放り出されたそうだ。死の間際……或いは死の直後、この世界に飛ばされた点は僕と同じだった。そしてやはり転移者だった。彼は赤ん坊からやり直してはいない。
彼は主人公補正が効いた異世界ライフを送ったそうで、強力なステータス、スキルで勇者の地位を得たとか。戦えば無双。歩けば惚れられ、自然とハーレムを築くその軽々しいフラグは正に主人公そのものだ。彼がギルドにやってきたあの時も、ぞろぞろとキャラの濃い女性が入ってきたっけ……。
「いやほんと、僕にハーレムを管理するような甲斐性無いんですって! 日本人スよ!? 石油王じゃないんだから!」
「その話はもう何回も聞いたって……」
トラブル体質の松本君は難事件を解決する度に増える女性との夜の生活管理が大変だと愚痴を溢す。なまじ、良い子ばかりだから突き放すことも出来ず、段々好きになっている自分に気付いて雁字搦めで今ここに至る、と。
「おじさんビックリだよ」
「アサギさんは良いですよね、一人で」
「馬鹿野郎、お前、ハーレムは夢だろうが」
「アサギさんはハーレム展開になってないからそういうことが言えるんです」
妹に幻想抱くあれと一緒か……まぁ、そうだろう。実際ハーレムとか妄想だけで十分だ。ダニエラが居てくれればそれで良いしな。十分過ぎる程に。
「君を見てると主人公じゃなくて本当に良かったと思えるよ」
「あっ! 何スかその言い方! ダニエラさんにアサギさんが『ハーレムって良いよなぁ』って言ってたって言いつけますからね!?」
「おいおい友達だろう、マツモトヤスシ!」
「マとヤにアクセントをつけないでください! ドラッグストアみたいに言わないでください!」
あぁ、やっぱ日本人って良いよなぁ。何よりもネタが通じるのがイイ。
こうして夜は更けて、そろそろお開きということで『牙と爪』を後にした。屋台街を抜ける頃には両手に串焼きを握り、それもただの串になった時点で銀の空亭に到着した。松本君にも紹介したので彼も一緒だ。彼も一緒ということは勿論、松本ハーレムも一緒ということで、入り口にはフルメンバーで待機していて、僕は尋ねられたのだ。
「貴方もハーレムに加わるの?」
と。馬鹿言っちゃいけねぇぜ。