第六十七話 坑道の先
何かが僕を揺さぶる感覚に釣られてゆっくりと瞼を持ち上げる。視界には暖かな火の光。ゴツゴツとした地面。その向こうにはバラバラになった魔物。……魔物?
「!!」
慌てて起き上がった。何で寝てた!? ここは洞窟最深部だっていうのに!
「起きたか?」
「……ッ! ぁあ、ダニエラか……悪い、どれくらい眠ってた?」
ビクリと肩を震わせ振り向くと、頬に血を付けたダニエラが僕を見ていた。そうだ、ダニエラに解体をお願いして、その光景を見ていたら意識が飛んだんだっけ……まったく、緊張感の無さに呆れてしまう。
「ほんの30分くらいだ。解体が終わったから起こしただけだ。もう少し休むか?」
「いや、良い。悪かったな……鞄には僕が入れるからゆっくり休んでくれ。あと……」
服の袖でダニエラの頬を拭う。これでいつもの美人だ。美人に返り血というのも何だかヴァイオレンスでサディスティックでエキゾチックだが、僕はいつものダニエラが好きだ。
ダニエラが横になれるように鞄から布を取り出して床に敷く。この布もここ何日かでボロボロになってきたので、ここでお別れだ。空いたスペースにはアサルトコボルトの素材を積み込む。
長く鋭い爪は別の布に包んで。細く鋭利な牙は纏めて革袋へ。奴が装備していた鎧はパーツ毎に分けて収納した。黒い毛皮は包んで袋に詰める。鞣していないからゴワゴワだったが虚ろの鞄には入るから問題無い。肉は……どうなんだ? 魔物の肉は食ったことがない。ダニエラは横になって目を閉じている。邪魔しちゃ悪いか……一応これも持って帰ろう。骨は骨で使えるかもしれない。こんなのまで入るんだから虚ろの鞄凄いよな。ラッセルさんには感謝してもしきれないぜ。
さて、これで全部収納出来た。ダニエラはまだ起きない。僕もちょっと脇腹痛いから横になろうかな……。と、ダニエラの隣に寝転んだ僕はまたもや数分で意識を飛ばすのだった。
□ □ □ □
「ん……あれ、眠ってしまったか……アサギ? あれ?」
起きたらアサギが居なかった。周囲を見回すが、見当たらない。慌てて立ち上がり、一歩目を踏み出して、すぐにアサギを見つけることが出来た。
「ぐぇ……」
「あっ」
私の足の下。私の隣に居たことに全然気付かなかった。こんなでも焦っていたし、疲れていたんだなと改めて実感。
「悪い、アサギ……」
「次回からはもっと優しく起こしてくれ……」
踏みつけた胸をさすりながら起き上がったアサギにごめんなさいをする。今度は優しく、か。今度があるのは良いことだ。二人で寝ることがあるというのだからな。果たしてゆっくり寝れるかは分からないが。
お互いの荷物を背負った私達はアサルトコボルトが現れた方の通路を進むことにした。これは私の我儘だ。
『もう危険もないだろうし、折角だから奥まで見ていかないか?』
と、提案した。アサギが珍しいものを見たような顔になっていたが、私だって冒険したい気持ちはある。こんな深部まで来ることなんて無いし、何よりここは龍脈の傍だ。面白い物事がありそうで
ワクワクする。見ずに帰るなんて選択肢はなかった。危険があるかもしれないが、それも冒険だ。
大ホールから入った道は別れることのない一本道だった。まるで目的地へ向かって真っ直ぐに掘り進んだかのような、そんな道だ。
それからしばらく進むに連れて、その予想が正しかったことを知った。私とアサギの気配感知に強い魔力反応を感じ取ったからだ。これは龍脈の反応で間違いない。アサギと顔を見合わせると不思議と笑みが溢れる。そこからは先を争うかのように走った。走る振動に釣られてカンテラの明かりが揺れるのも気にせずに。
そして私達は世にも不思議な光景を目の当たりにする。そこは何の変哲も無い洞窟の行き止まり。しかしその地面からは淡い紫色の光の粒子が湧き上がっている。天井まで昇った光の粒は吸い込まれるように消えていく。その奥の壁には、大きな紫色の鉱石のようなものが埋まっている。あれからも凄まじい魔力を感じる。あの鉱石と、この龍脈の反応が無関係だとは到底思えなかった。それはアサギも同じようで、頻りにあちこちを思案顔で見ている。
「なぁ、ダニエラ。あの鉱石が何か分かるか?」
「ふむ……魔力反応は相当なものだ。魔石でまず間違いないだろう。だが、あの大きさの物は見たことがない」
「問題は大きさか?」
アサギの指摘は鋭い。そう、大きさも問題ではあるが、この問題の本質はそこではない。
「あの色。濃い紫色は次元魔法の色だ」
「……」
正確には紫紺色という。この色は滅多に自然発生しない。何せ、次元に干渉することなど自然界では殆ど、いや、全くと言っていい程無いからだ。
「あれに触ったら何か影響とかあったりするか?」
「どうだろうな……次元に干渉するということは空間に干渉するということだ。この空間に入り込んだ時点で何も起きていないということは、問題ないとも言えるが……」
私も長く生きてきたが、こんな濃い次元色の鉱石は見たことがない。かつては次元鉱石を使った転移技術があったとも伝えられているが、眉唾に等しいカビの生えた御伽話だ。
だが、アサギはそうは思っていなかったようだ。
「空間……なら、あれを使えば、ここから……?」
その呟きだけで私はアサギが空間転移を行おうと考えているのが分かった。はっきり言って危険だ。五体満足に転移出来るとは限らない。
「アサギ、やめた方がいい。危険が多すぎる。四肢を失ってからでは遅いぞ」
「だよなぁ……やっぱヤバいよなぁ……」
それでも諦めきれないと顔に書いてあるが、私はアサギに五体満足でいてほしい。私も五体満足でいたい。だって手足が無かったら抱き締めることも絡みつくことも出来ないじゃないか。そんなの生きていると言えるのか? いや、言えない!
「諦めて帰るか。これが見れただけでも満足にしとこうぜ」
「あぁ、こんな深部に来る人間もいないだろう」
言ってから、頭の何処かで奪われる可能性を考えてしまっていたことに気付く。やはり私も冒険者なのだなと思ってしまう。こんなお宝を目の前にして帰るのは並の精神力では無理だ。だがアサギに勝る物など、それこそ皆無だった。
□ □ □ □
「ぐ、ぁぁぁぁああ!!」
「くそっ……! こんな、こんな……!!」
僕達はその凄まじい威力に顔を覆い、膝をつく。勝ち目なんてない。こんな、こんなにも……眩しいなんて……。
「あああああああああ、目がああああああああ」
「なんか、駄目だ。眩しすぎて逆に頭痛い」
呻く僕に、自己診断するダニエラ。
僕達は実に2週間ぶりに陽の光の下に這い出てきたのだった。
帰り道はそれはもう盛大に迷った。全く予想していない出来事に襲われたのだ。
まさかホールモールが新たに道を掘っていたとは、一体誰が予想出来ただろうか。
奴が正に帰り道の、しかも分かれ道で掘るなんて誰が予想出来ただろうか。
分かれ道の先に分かれ道を作り、しかも僕達が作ったような目印っぽい傷が偶然出来るなんて誰が予想出来ただろうか。
まったく、奴のせいでダニエラが地上までの直通階段を作る羽目になるとは一体誰が予想出来ただろうか。それもこれも全部ホールモールの所為なのだ。二度と潜りたくない。
直通通路はある程度進み、僕達が野営した跡を偶然にも発見したところで綺麗に塞いだ。とは言っても入り口だけだ。だがここを坑道跡だと思って入れば、こんな風に掘ったんだなぁ程度にしか思わないだろう。下に進んでも何の変哲もないクソみたいな分かれ道に出るだけだ。
今は何時頃だろうか。空を見ることが出来ないので明るいことしか分からない。しかし早くスピリスに戻りたい。戻ったらまずは『銀の空亭』で風呂に入りたい。この間の防具待ちの時に延長料金払ったし、まだ部屋は撤去されてないだろう……正直、日付の感覚が曖昧なので信用出来ない。ヨシュアさんの優しさに期待だ。
「さ、そろそろ帰るぞ、ダニエラ」
「あぁ……。あー……頭痛い……」




