第六十六話 真の主
「暗くて分からなかったが、あの隅に出入り口があるみたいだな……」
ドームの端の端。少し突き出た岩の陰に僕達が通ってきたくらいの大きさの穴を見つけた。気配の方向から、この穴から現れるのでは、と予想した。
「ふむ……速いな。罠を仕掛ける暇はなさそうだ」
僕達は剣を抜き、身構える。もう、見える。
「来るぞ!」
「あぁ!」
火球の照明弾を放ち、更に身構える。穴の向こう、そこから黒い影が飛び出した。
「随分と騒がしいと思ったら人間がいたか」
黒い体毛に鎧のようなものを付けた大きなコボルトが現れて、腕を組んでそう言った。
「我が国に何のようだ?」
「我が国?」
コボルトの言葉にオウム返しに尋ねる。国とはこの坑道跡のことか?
「ここが我がコボルト王国。そして私がコボルトの王、アサルトコボルトだ」
「やっぱアサルトコボルトか……どうする、ダニエラ」
「隙がない。ここから攻めても届かない」
小声でやり取りをしながらアサルトコボルトをジッと見据える。速さに自信があるらしい此奴に油断したら瞬殺されてしまう。
「で? 貴様らは何だ?」
「ただの冒険者だ」
「ただの冒険者が何の用だ」
「この坑道にスタンピードの恐れがあると判断した。それを未然に防がせてもらう」
淡々と答える。アサルトコボルトは此方を睨みながらゆっくりと腕を解き、静かに呟いた。その声には怒気が篭っていた。
「あぁ、人間めが……そろそろ地上を攻めようとしていたところに、よくも水を差してくれたな!!」
ガァァァア!! と吠えてアサルトコボルトが走り出した。
「来るぞアサギ!」
「あぁ、返り討ちにしてやる!!」
僕とダニエラは別れて左右から攻める。見たところ、アサルトコボルトは素手で戦うようだ。振り下ろされた腕を地を這うように飛び込んで回避する。そして背後を取ったところで古代エルフの剣で斬りかかろうとして脇腹に痛みを感じた。
「ぐぅっ! 何だ!?」
痛みに顔をしかめながら距離を取って脇腹を見ると4本の切れ目が見え、その奥の皮膚が切られていた。くそ……っ! 服は普通の服なんだから防御力がない! どこに武器なんか隠してやがった!?
「アサギ!」
ダニエラが細剣で斬りかかりながら叫ぶ。
「このくらいの傷、どうってことない!」
「ガァッ!!」
「くっ……!」
再び腕を振り上げたアサルトコボルトが勢い良く振り下ろす。それを何とか剣で受け止めたダニエラが呻く。そして止まったその腕を見て目を見開いた。
「その爪か!!」
アサルトコボルトが僕の声に肩越しに振り向き、ニヤリと笑った。そう、奴の指先からは細く、長い爪が伸びていた。腕を組む時に見た奴の手にはそんな長い爪は無かった。つまり、伸縮自在の爪ということだ。あれで僕の脇腹をやったな……!
「私の武器は爪だけではないぞ!」
そう言ってダニエラに蹴りを放つコボルト。それを小手で防ぎながらも壁際まで吹き飛ばされたダニエラと交代するように僕が攻め立てる。もう片手に氷剣を生んで二刀で斬りかかる。コボルトは受けず、避けながら爪で反撃してくるが僕はそれを剣で防ぐ。
何度目かの攻防を繰り返しているとコボルトがうめき声を漏らした。
「くぅ……、人間にしてはやるではないか……!」
「舐めるな!」
「舐めてなどいないさ! 全力で戦わせてもらおう!」
その瞬間、コボルトが視界から消えた。
「え……ぐふぅぁ!!」
いきなり背中から重い一撃を食らって吹き飛ばされた。地面を無様に転がりながら、姿勢をどうにかしようと藻掻くが、再び背中側から鋭い一撃が僕を来た方向へ乱暴に戻した。
「がは……ッ!」
喉奥から胃液が込み上げてくるのを押さえつけて立ち上がる。が、足に力が入らない。防具が良く出来ていても体内へのダメージは防ぎようがない。激しく揺さぶられた頭を振って意識をはっきりさせる。そして、ピントが合った目を前に向けるとアサルトコボルトが腕を振り上げているのが見えた。伸びた爪もはっきりと見えた。くそ、防御が間に合わない!!
「死ねぇ!!」
「くそが…!」
意味はないと思いながらも腕で顔を庇う。
「ぐぁああ!!」
塞がれた視界の先でアサルトコボルトが吠えた。攻撃はやってこない。恐る恐る腕をどけると目の前には見慣れた尻があった。
「大丈夫か、アサギ!」
「ダニエラ!」
ダニエラが剣を構えてアサルトコボルトの前に立ちはだかっていた。アサルトコボルトは振り上げていた腕を押さえて物凄い形相でダニエラを睨んでいた。
「貴様ァ……よくも、よくも私の腕を……っ!!」
その声に奴の腕を見ると肘から先が無くなっていた。ダニエラとコボルトの間の地面に転がっているのは奴の腕か。
「腕の進む場所に剣を置いただけだ。切り裂かれにきたのは貴様だろう?」
「ぐぐぐ……許さんぞぉぉお!!!」
再びアサルトコボルトの姿が消える。これが奴の自慢の速さか! 先程された背後からの攻撃の正体が分かった僕は背後に氷壁を生成した。魔力も流して強度は抜群だ。と、ガァァン! と音と振動が氷壁から聞こえた。学習能力の無い奴め。
そして背後が駄目なら横だ。ダニエラを僕の側に引き寄せて左右に氷壁を生成する。すると生成した瞬間、右側の壁をコボルトが叩いた。ダニエラを更に抱き寄せ、《森狼の脚》を発動させる。こんな時でもダニエラ先輩は頬を染めるが、今は無視だ。あとで沢山愛でる。
そして予想通り、前方からの攻撃を上へと躱す。《森狼の脚》を使った僕の最速はダニエラを抱きかかえた状態でも天井にまで届き、足を着く。下を見ると氷の部屋に飛び込む黒い影がはっきりと確認出来た。
「いくぞダニエラ! 合わせろ!」
「あぁ! 任せろ!」
氷の部屋の中にアサルトコボルトが僕達がいないことに気付き、慌てて顔を上げて僕達を見つける。が、遅い。遅すぎだな。攻撃が失敗した時点で逃げるべきだったんだ。僕達は剣をアサルトコボルトに向ける。
「はぁぁぁぁああああ!!!」
そして僕とダニエラの烈帛が重なり、天井を踏み込み一直線に地面へと飛んだ。フルスロットルの《森狼の脚》で更にブーストを掛けた流星の如き僕達の一撃はアサルトコボルトを逃がすこと無く、正に一瞬でその胸に剣を突き立てる。その衝撃で氷壁が割れて飛び散った。
「はっ……がはっ」
赤黒い血を吐きながらアサルトコボルトが膝を着た。剣を引き抜きながら氷壁を分解する。
「勝負あったな……僕達の勝ちだ」
「くそ……人間に……人間に負ける、とは……」
「人間を舐めるな」
見下ろす先のコボルトは最早虫の息だ。これ以上苦しめる必要はない。僕は剣を持ち上げる。
「く、はは……私の、国は……夢と、消えたか……あぁ、私の、国……」
「眠れ、安らかに」
振り下ろした剣はアサルトコボルトの頭を体を切り離した。
「これで、終わり……」
「あぁ、終わったぞ」
「そうか……良かった」
これで全て終わった。坑道跡のコボルトの国……その王を討ったのだ。そう実感すると、疲労がドッと押し寄せてきた。何だか脇腹も痛い。でもやることがある。
「此奴の、爪と毛皮……あと牙もか。回収しておこう。何かの役に立てないと此奴が報われない」
「そうだな……アサギは休んでてくれ。私がやる」
「ん……任せた」
僕は重くなった体を引き摺り、最初にここに入った時に置いたカンテラを拾う。小さな灯火を付けてダニエラの元に戻り、側に置いて僕も座った。虚ろの鞄の中から取り出した綺麗な布を裂いて、脇腹に押し当てながらグルグルと巻いていく。これで大丈夫だろう。目の前ではダニエラも疲れているはずなのに、テキパキと動く。あっという間にアサルトコボルトの毛皮は剥がれ、伸びていた爪は根元から折られる。これらの素材は武器や防具となるだろう。コボルトの王様はこうして巡って、世界を見るのだろうか。そんなことを空想しながら、いつの間にか僕の意識は暗闇の中に沈んでいった。




