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第六十五話 穴の主

「ありがとう、ダニエラ。もう大丈夫」


 そう言うとずっと抱き締めてくれていたダニエラがそっと離れる。


「もう少し抱き締めていたかったんだが……」

「それはここを出てからにしようぜ」


 頬を膨らませて拗ねるダニエラの頭を撫でながら自分の中で見つけた一つの道を考える。誰かを守る為の戦い。それが今、やっていることだ。消した命一つ一つを弔うことは出来ないが、それで自分を責めるのはやめた。僕は勇者でも聖者でもない。大を取る為に小を切り捨てるなんてことは出来ないし、かと言って全てを救うことも出来ない。不殺を貫くことも出来ない。僕に出来ることなんてただ、目の前のことに全力で取り組むだけだ。


 今、ここで魔物を殺してスタンピードを防ぐ。


 それだけだ。僕に出来ることは、それだけだった。


「さて、時間も無いのに休み過ぎたな」

「いや、必要なことだった。気にするな。倍速で動けばいいんだ」


 笑いながら言うダニエラに頷いて、僕は背負っていた鞄を降ろす。何でも入る『虚ろの鞄』。その蓋を開けて、中から至高の武器、古代エルフ(エンシェントエルフ)の剣を取り出し、腰に下げる。更に古代エルフの短剣も取り出してベルトに差した。


「本気を出すんだな?」


 僕は不敵な笑みを浮かべて頷く。ここからは本気の本気。蹂躙だ。今の僕は心身共に最高状態だ。迷いはなく、側には頼れる味方がいる。


「ずっと考えてたんだ。この武器を使って僕は何が出来るんだろう、って。今、その答えが見つかったよ」

「ふふ、そうか。そいつは良かった」


 一瞬、しんみりとした穏やかな空気が辺りを包む。だが、すぐにそれは弾けて戦場のそれへと変わる。気配感知に反応があったからだ。龍脈とは違う、大きな反応。


「ダニエラ、これは……」

「ふむ、奥に隠れていた何かが、動き出したといったところか……。この先だな」


 じぃ、と暗闇の先を睨む。準備は万端、何の問題もない。隣に並び立つダニエラを見やると一つ頷き、好戦的な笑みを浮かべた。本当に頼りになる。助けられてばっかりだ。支え合う為には、僕も頑張らないとな。まずは、この先を魔物を屠る。あの綺麗な平原を踏み荒らすことなんてさせない。絶対にだ。




 通路を二人で進む。気配感知には多数の反応があるが、出会い頭に剣を一振りすればすぐに気配が一つ消える。振る度に静かになっていく。


 通路を抜けると景色が一変した。今まで2メートル程だった天井は取り払われたが、如何せん暗すぎてどれくらいあるのか分からない。ただ、カンテラの光が天井を照らさないということは、それだけの高さがあるということだ。壁もない。広い空間だ。こんな地下深くに一体何があるっていうんだ?


「気を付けろ、アサギ。先程の大きな反応はこの辺りだ」

「あぁ、まだ反応はある。来る方向さえ分かれば迎撃は出来る」


 広い空間に離れた場所にあるでかい反応。動かないということは、進むしか無いか。しかし急に現れた反応ということは向こうからやってきたということだろう? 何故動かない?


 疑問ばかり抱いても仕方ない。油断しなければどうとでもなる。ダニエラが弓に矢を番える。僕は片手剣、短剣を共に抜き放つ。淡い翡翠の輝きは僕に勇気を与えてくれる気がする。カンテラの明かりの代わりに小さな火魔法を頭上に展開する。

 ダニエラ調べによると僕は火魔法があまり得意ではないらしい。実際使ってみて普段『氷剣』を出すより魔力消費は大きいし、魔力を込めてもテニスボール程の大きさにしかならない。火魔法なのに燃費が悪いというのは何とも言えないが、やっぱり氷魔法と水魔法のスムーズな変換に役立つ程度の力しかないのだろう。しかし今は両手が塞がっているので此奴で照らすしか無い。幸いにも、多数の魔物を屠ってきたのでレベルも上がってMPも増えている……はずだ。ステータス見てないから分からないけれど、あれだけ倒せばさすがに塵も積もればで上がっているはずだ。魔法を使うようになってMPの上がりも増えているので期待できる。感覚的にもまだまだやれる。『氷剣』だけなら何本でも出せそうだ。勿論、装備の補正あってのことだが。雨のように降らせることも、《器用貧乏》が可能であることを教えてくれていた。

 と、ジリジリ進んでいたがそろそろ射程範囲内だ。ここからなら火魔法も届く。ポンチョのフードを被り、深呼吸して心を落ち着ける。心の準備が出来たらあとはやるだけだ。


「火魔法を飛ばす。敵が見えたら放ってくれ」

「了解」


 ダニエラが頷いたところで頭上の火魔法を前方、斜め上へと飛ばす。《器用貧乏》によるイメージ通りに魔力を込め、放てば火球は照明弾のように辺りを照らしながらゆっくりと下降する。その下に現れたのは大きな、それは大きなモグラだった。ホールモールの上位種だろうか。ゆっくりと頭上の火球を見上げる毛むくじゃらのモグラ。


「奴はメガモールだ! 行くぞアサギッ!」

「あぁ、僕達ならやれる!!」


 ダニエラが矢を放つ。それと同時に僕は走り出す。前方を飛ぶ矢が先にメガモールの体に突き刺さり、金切り声が空間内に響く。長い爪を器用に使って矢を掴み、引き抜く。その隙を僕は逃さない。


「はぁっ!」


 振りかぶった片手剣を振り下ろす為に軸足で地を踏みつける。すると何の抵抗もなく床が抜けた。


「な……っ!?」


 此奴……ッ! 落とし穴なんか作ってやがった!! それで動かなかったんだな!


「キィィ!」


 と、完全に油断してしまった僕はハッと顔を上げると、目の前にメガモールの爪が迫っていた。慌てて剣をクロスさせてそれを防ぐ。上から押す力に耐えているとメガモールの体に矢が刺さる。再び金切り声を上げるメガモールの力が弱まったところで《森狼の脚》を使い、空を蹴って穴から飛び出す。空を踏みながら集中し、魔力を込めた火球の照明弾を四方へ放った。空間内が照らされて、漸くそこがドーム状になっていることを知った。天井は多分、地面から10メートルくらい離れている。此奴が掘ったんだろうな……落とし穴まで作りやがって。


「ダニエラ、此奴の周りは落とし穴があるぞ!」

「なら遠距離から攻めれば問題無い!」


 熟練の業で連続して矢を放つダニエラ。確かに近寄れないなら離れたところから攻めればいいだけだ。

 剣を鞘にしまい、両手を前に突き出す。イメージするのはダニエラと同じ『矢』だ。《器用貧乏》によるイメージ補正で魔力を込めれば目の前に十数本の氷の矢が帯状に生成される。鏃の向きは全てメガモールだ。魔法名は『氷矢』でいいか。僕にネーミングセンスは無い。無難でいいんだよこんなのは!


「ハッ!」


 気合と共に生成した氷矢を放つ。右端から順に氷矢が放たれ、標的のメガモールに無慈悲に突き刺さる。響く金切り声に顔をしかめながら左端まで、全ての矢を放った。

 メガモールに動きはない。ゆっくりと風を纏いながら地面に降りて油断なく片手剣を抜いて近付く。背後でキリキリと弦が引き絞られる音がした。援護はばっちりだ。僕はうずくまったメガモールと地面の見えざる穴にだけ気を付けながら死んだか確認する。


 落とし穴と落とし穴の隙間を縫い、剣が届く距離まで近付いた。そのままメガモールの体に剣を突き立ててみる。……反応はない。何度か繰り返すが、物音一つ、身動ぎ一つしない。


 目標、完全に沈黙。僕達の勝利だ。


「ふぅ……」

「お疲れ、アサギ」

「あぁ、ダニエラもお疲れ」


 いつもの様に拳を作り、打ち付け合う……その瞬間、気配感知に突如大きな反応が引っ掛かった。


「なんだ、いきなり出たぞ!」

「分からない……でも、まるでこれは……」


 そう、覚えのある大きさの反応だ。あの時の、ベオウルフの時と同じようなレベルだ。遺跡で戦った時に感じた感覚を思い出した。


「でもそういえば奴の奇襲の時は気配感知しなかったよな……」

「恐らくだが……気配遮断のスキルレベルが高かったんだろう。加えて森での夜襲。補正は相当だろうな。だが今回の魔物はそれほど気配遮断スキルのレベルは高くないと見える。どこから現れたかは分からんがな……」

「そうだな……魔力溜まりで異常進化した上位種……」


 『奴は1段階、上の魔物じゃ』と言ったマクベルの言葉を思い出す。ここで死んでいるメガモールのような進化の仕方ではない、異常進化個体。それを思い出してじっくりと気配を探ると、薄っすらとだがコボルトの気配が垣間見えた気がした。


「多分、コボルトの異常個体だろう」

「あぁ、普通のコボルトの進化個体はコボルトウォーリアやコボルトメイジといった攻撃特化、魔法特化だ。だが此奴は確実に異常個体だな」

「前例はあるのか?」

「あぁ。アサルトコボルトというらしい。かなり俊敏で、攻撃特化の個体らしい」


 俊敏、ね……。確かにこっちに真っ直ぐ進んでくる速さは目を見張る物がある。あと数十秒もすればこのホールに辿り着くだろう。ベオウルフに続いて2体目の異常進化種。さて、僕とどっちが速いか……腕が鳴る。

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