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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第六十四話 今、気付いたこと

 ただの装備性能の確認にやってきた坑道跡。資源も少なく早々に廃棄されたはずのそこは、魔物が縦横無尽に掘り進みダンジョン化した場所だった。訪れる人も少なく、内部は進めば進むほど魔物の遭遇率が上がる。このままではスタンピードが発生し、スピリスに甚大な被害が起こることは想像に難くなかった。今この場にいるのは僕達だけ。なら、未然に防ぐのは僕達の役目だ。


「装備の点検も終わった。腹も満たした。準備は万端だな?」

「あぁ、いつでも行けるぞ」


 ダニエラに答えて立ち上がる。これより僕達は最深部を目指す。どれくらい深いか分からないが、気合を入れて進むとしよう。そして鉄の剣は鞄にしまった。これからは氷剣で戦おう。勿論これは装備性能の確認も含んでいる。元々、目的はそれだしな。そして鉄の剣より保つ。大事な剣だから折れたら泣く。

 丸腰で進む僕にダニエラは何も言わない。僕がどう戦うか知っているからだ。なのでダニエラは死生樹の弓を手に、僕のバックアップに勤めてくれる。阿吽の呼吸とはまさにこのことだな。流石は僕の嫁だ。安心して後ろを任せられるぜ。


「この先に反応がある。コボルトではない」

「ならモグラか。さっさと始末しよう」


 下り坂になった道を進んでいくと僕の範囲にも魔物らしき気配が見えた。ちょっと大きめの反応が一つ。十中八九、モグラだろう。右手に氷剣を生成してそっと近付く。奥からガリガリと壁を削る音が聞こえてくる。暗闇に目を凝らして覗いてみると、モグラが僕達に背を向けて一心不乱に壁を掘っているのが見えた。この距離なら僕の攻撃範囲内だ。振り向く隙もなく一刀両断だ。


「行ってくる」

「了解」


 短いやり取りで走り出す。瞬く間に距離を詰め、モグラの背後から氷剣を袈裟懸けに振り下ろす。断末魔をあげる暇なく、モグラは異世界へと旅立った。

 ところで此奴のことを『モグラ』と呼んでいるが正式名称とかあるのかな。討伐証明とかもあれば回収するんだが……。


「あぁ、此奴の名は『ホールモール』だ。討伐証明は爪だな。3本あれば良い」


 なるほど、ホールモール……穴モグラね。まんまやん。と、心の中でツッコみながら爪を根元から折って回収する。正直もう手持ちはいっぱいなんだが、金になるなら持って帰るしか無い。持てる限りはな。そして再び僕達は奥へと歩き始めた。



  □   □   □   □



 最初のホールモールを倒してから、かなり経過した。進んだ深さはもう分からない。曲がりくねり、上って下りて、また曲がって……もう感覚が全然ない。目印だけは忘れずに付けているが、見逃せば僕達はここに住むことになるだろう。

 空腹に鳴く腹に屋台飯を詰めながら進み、本日3回目の食事を今、終えた。つまり夕食だ。もう外は夜になっているだろう。


 倒した魔物の数は相当数だ。もう討伐証明も回収しきれない。野ざらしにした魔物は帰り道の目印の下に集めた。コボルト、ホールモールの他に、生意気にも土魔法を使うミミズ型の魔物『ホールワーム』。超音波攻撃をしてきたコウモリ型の魔物『ブラッドバット』。そして岩が多数くっついた人型の魔物『ロックハンター』だ。ロックハンターはゴーレムとは違うらしい。ゴーレムは魔術的な創造物らしい。このロックハンターは岩に寄生した小さな虫が寄り集まって出来た魔物らしい。


 どんどん殺して、奥へと進む。


「結界の魔道具、置いてくるわ」

「進まないのか?」

「休憩しないと倒れるぞ」

「それもそうか……引き止めて悪かった」


 魔道具を抱えて通路を進む。このまま進んでも疲労の蓄積は減らない。ただでさえこんな洞窟で休んでいるんだ。完全回復とはいかない。なので、先程からこまめな休憩は取っている。しかしここらで一気に休まなくては支障が出てしまうだろう。


 と、魔道具を設置して屈んでいた姿勢を伸ばして体のコリを解していると、妙な気配を感じた。この結界の先からだ。ダニエラなら分かるだろうか? ゆっくりと音を立てずに戻る。


「ダニエラ」

「うん?」


 休息のための布を広げていたダニエラが振り返る。


「何だか妙な気配を感じるんだが……」

「ん……あぁ、アサギもそこまで分かるようになったのか」


 と、うんうんと嬉しそうに頷くダニエラ。僕の頭の上にはクエスチョンマークが量産されていく。


「それは魔力の流れだ。この私達が住む大地の下には水脈と同じように魔力が流れ、巡っている。これを古くから伝わる言葉で龍脈という。先程、その流れの中に片足を突っ込んだんだ」

「なら、僕達は今、その流れの中にいるってことか?」

「そうだな。本流からは離れているだろうが、支流には近付いている。そんな感じだ」


 ふむふむ、龍脈か。大地に流れる気の流れ、的なやつね。名付けたのは誰だろうか。異世界である日本でも聞いた名だが……まさか、な。


「その中にいる僕達に影響はないのか?」

「そうだな。長く浸かれば何かしらの影響はあるだろうな」

「魔力溜まりみたいなものか?」

「いや、違う。魔力溜まりは龍脈の淀みとして地表に吹き上がったものだ。淀み。つまり負の力だ。そしてこの龍脈は正の力。すぐに悪影響はないはずだ」

「なるほどな……薬は量を間違えれば毒にもなる。長居は無用、だな」


 しかしかと言って休憩を怠れば本末転倒だ。ここはしっかり休んで、明日こそ底まで辿り着いてある程度の間引きを完了させなければいけない。ダニエラが見張る中、僕は先に眠りについた。



  □   □   □   □



 ダニエラに起こされて後半の見張りをしていた。だが特に異変もなく、ダニエラが起きるまで何事もなかった。朝食に屋台飯を食べて、二人で奥へと進む。気配感知の中に龍脈の反応も混ざり、慣れないうちは魔物の気配と混同してしまっていたが、数時間もすれば慣れた。


 その日も、大量の魔物を屠りながら突き進む。本当にこれ以上増えたら溢れ出すんじゃないかと戦慄する。倒した魔物を通路の端に転がして先へ進む。思う所があるが、スピリスを危機に晒す訳にはいかない。今はただひたすら奥へ、奥へと潜っていく。




 そしてふと気付いた。気付いてしまった。僕は魔物を殺しながら、奥へ進むことを楽しんでいることを。

 スタンピードを防ぐ為。スピリスを危機から救う為、なんて言いながら僕は、今楽しんでいる。そう思ってしまったら、足が止まってしまった。


「どうしたアサギ。敵か?」

「なぁ、ダニエラ……僕っておかしいのかな」

「ん?」


 ダニエラが僕の前に進んで顔を覗き込む。見ないで欲しい。こんな時に楽しんでいる人間の顔など、見られたくない。そう思い、顔を逸らした。


「アサギ?」

「なぁダニエラ……僕は、今ちょっと楽しいって思ってるんだ。こんな時に、こんな場所で。魔物を殺しながら、楽しんでいる自分がいるんだ。最初の夜、コボルトが野営地に歩いてきたんだ。それを僕は、魔法で固めて、殺した。そして死体をその場に捨てて……何の感情も浮かばなかったんだ。とても自分が酷い人間なんじゃないかと思ってしまった」


 ダニエラは静かに僕の話を聞く。


「そして今日だ。何の感情も浮かばなかった僕が、今じゃ楽しいと思っているんだ。性能の良い装備を手に入れて、強い武器で殺して進む……。この洞窟の中で壊れてしまったんじゃないかって思うくらいに……殺して、奥に進むのが、楽しいんだ」


 言い終えた僕は恐る恐るダニエラの顔を見る。どんな表情をしているのだろう。軽蔑されただろうか……。


 しかしダニエラは、優しく、微笑んでいた。


「アサギは、優しい人だ。私の人生の中で一番優しい人間だ。殺した魔物に心を砕くアサギは優しい人だ」


 そう言うダニエラを見つめる。ダニエラの言葉が耳に届くが、現状の自分には当てはまらない言葉だ。俄には信じられない。


「そしてアサギは冒険者に相応しい人間だ。私と同じく、な」

「同じ……?」

「あぁ、私も楽しいと思っている。奥に進むのが楽しい。今、こうして魔物を倒すことで世話になった町のためになっていることが嬉しい。そして、こんな血生臭い中でも自分を失わず、ちゃんと心を見つめられ、私に告白してくれるアサギのことが愛おしい」


 ぎゅっとダニエラが僕を抱き締める。返り血に汚れた僕を優しく包んでくれる。


「なぁ、アサギ。私達がしているのは殺しだ。魔物だろうが関係ない。これは紛れも無く、大量殺戮だ。だが必要なことだ。多くの人が住む町を守るために、武器を持つ人がしなければいけないことだ。アサギは今まで冒険者じゃなかったから、そのことに疑問を覚えるのも仕方ない。冒険者になってからも、必要な分だけ殺してきた。自身の為にだ。だから、自身の為ではなく、目に見えない誰かの為に何かを殺すことに疑問を抱くのも仕方ない。」


 僕の頭をゆっくりと撫でる手の感触に、僕の心が震える。


「楽しいと思うのは、冒険者の性だ。この先に何があるんだろう。もっと強い奴と戦ってみたい。そう思うのは冒険者をやっていれば当然沸いてくる感情だ。だから、私もアサギも、今を楽しんでいるんだ。楽しんで当たり前だ。この先には、絶対に面白いことがある。言ったろう? 帰りたくないと。私は今、楽しくて仕方がない」


 クスクスと笑うダニエラ。震えた心が溶かされていくのを感じた。


「だからと言って、殺すことに快感を覚えてはいけない。必要のない殺しは悪だ。私の大好きなアサギはそんな奴じゃないだろう?」

「当たり前、だろ……ダニエラが好きな奴は、そんな奴じゃない」

「ふふ、良かった。大好きだぞ、アサギ」


 ギュゥッと力強く抱きしめられる。僕は一昨日の夜に感じた自分の心の冷たさを恐れた。無感情で、冷たい人間になってしまったのかと。でも、ダニエラが温めてくれた。僕を優しい人だと言ってくれた。ただ無闇矢鱈に殺していたわけじゃない、と。その言葉に僕は救われた気がする。

 よく分からない感情が渦巻いて、行き場のない気持ちが目から溢れてくる。その気持ちを知るため、溢さないように、僕は歪んだ天井をジッと見つめていた。

誤字修正しました。指摘ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ダニエラが良い嫁さん過ぎる···素敵な人と添い遂げられて良かったなぁアサギ。
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