第六十三話 坑道の奥
曲がりくねった坑道には脇道が多く、僕達はコボルトらしき気配を感知する度に目印を刻みながら奥へ奥へと潜っていく。
「ところでダニエラ。これ、今日中に帰れるのか?」
「ん……迷わなければ大丈夫だと思う」
迷わなければとか思うとかそういうのはフラグだぜ?
「心配だな……」
「まぁいざとなれば野宿すればいいじゃないか。結界の魔道具も屋台飯も虚ろの鞄に入っているんだろう?」
「まぁそうだけどさ……」
こう、暗くて狭いと圧迫感というか閉塞感というか……ぶっちゃけ森で寝たほうがマシだった。だけどまぁ、ダニエラもやる気みたいだし空気悪くするのもな……ここは僕が我慢すればいい話だ。奥に進んでコボルトを狩ろう。
ダニエラと二人で気配感知を駆使して、いくつかのコボルトの群れを潰して回る。奥に行けば行くほどコボルトの数は増えていく。もう左手でいっぱいの革袋が3つ程出来上がってしまった。それでも野宿が決定した僕達は時間を気にせず狩りを続けた。
そして満タンの左手袋が7つ目になったところで僕達は休むことにした。何だか最近、あれこれ詰めていた所為か、虚ろの鞄の容量が増えた気がする。こんなに入ったっけ……。
「魔道具は設置してきたぞ」
「あぁ、ありがとう」
通路の両端の曲がり角と、その先の交差路へ設置をお願いしていたダニエラが戻ってきた。万が一。突破されても気付けるように結界、結界、僕達、結界、結界と片面二段構えの設置だ。本来は四方に設置するものだが、ここは通路なのでこういった設置が出来る。これなら安心して休めそうだ。
その辺の岩の上に魔法で水を生んで、綺麗に洗う。そして鞄から取り出した布で拭い、綺麗な布を掛ければ立派なローテーブルの完成だ。やっぱ野営はオサレに決めていかないとな。夕飯は屋台飯だが。
「いただきます」
「いただきます」
こうして二人で並んで座って屋台飯を食うと、どうしても初めて出会った頃を思い出す。たまたまぶつかった縁だが、いつの間にかお互いに惹かれ合って、今じゃ坑道の中でも一緒だ。まったく人生というのは分からんものだな。
「アサギの方が美味しそうだな……」
「ふふん、最近お気に入りの店なんだ」
今日のご飯は鶏肉のソテーに生姜タレを掛けたものだ。虚ろの鞄は次元魔法が掛けられているので内部の時間は止まっている。つまりアツアツジューシーなまま、こんな埃臭い場所でもいただけるのだ。場所は場所だが、味は最高だ。焼き加減は最高だし、生姜の香りも鼻を通って清々しい。この世界の屋台は結構ランクの高いご飯が多いのだ。最早、文化と言っても過言ではない。勿論、レストランや大衆食堂もあるが、それらと比べても遜色が無い。
「食べるか?」
「ん、一口くれ」
そう言って口を開けるダニエラ。フォークに刺した鶏肉にタレをたっぷり絡めて入れてあげると、ゆっくり噛み締める。だんだんと頬が緩んで笑顔になっていくダニエラ。可愛い奴め。
「美味い」
「だろう?」
「もう一口」
「しょうがないなぁ」
なんて、イチャイチャしながら食事を進める。ここにスープなんかもあれば良いが、火を炊くと多分、一酸化炭素中毒になる。屋台飯のスープを買っておくべきだったと後悔しながら、食べ終えた。あとは寝るだけだ。
「さてと……じゃあ今日は僕が見張り担当だったな。先に寝てくれ」
「分かった。眠くなったら交代だ」
分かった、と頷いて敷いた布の上に転がるダニエラの頭を撫でる。目を閉じたダニエラが幸せそうに微笑みながら夢の世界に旅立つのを見送って、僕は見張りに勤しんだ。
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頬を突いてはムフムフと笑うダニエラで遊びながら気配感知を広げていると一つの気配が引っ掛かった。このままだと結界にぶち当たるコースだ。名残惜しいがダニエラの頬から離れて様子を見に行く。
カンテラの光が曲がり角から漏れているのが見える。距離はまだありそうだ。そっと角から覗くと、やはりコボルトが数匹、ワイワイガヤガヤと遠足気分でやって来た。あれくらいなら何とかなりそうだ。と、剣を抜こうとして装備性能のことを思い出す。
「氷魔法でやってみるか……」
ウィンドドラゴンの速さの確認は出来た。なら次はアイスドラゴンの氷魔法威力増加だ。そっと両手を地面に付ける。地面に魔力を流し、脳内にイメージする。《器用貧乏》が1画面で映像を流してくれるのでそれに従って、適切な魔力量を流していく。コボルトまで魔力が流れていったところで、そこに紺碧色の魔力を乗せて、氷魔法を発動させた。
「クワ……ッ!?」
先頭のコボルトが異変に気付いた。声を上げるが、気付いた時にはもう遅い。冷気は足元を抜けて列の後方まで伸びる。そこから一気に腰まで凍てついていった。
「出来るもんだな……」
足元から瞬時に凍らせるだけの簡単な魔法。ただし距離等によって魔力量は大きく変わる。多分、ノーマル装備だとここまで瞬間的に凍らせる事は出来ないだろう。これがアイスドラゴンの恩恵か……素晴らしいな。
手の平を上に向けて、柄から順に氷剣を生成する。細かい装飾や生成スピードもワイバーン戦時とは段違いだ。勿論、魔力消費量も激減だ。以前の半分以下の量でこれだけの剣が出来上がってしまう。やはり魔法に一番必要なのはイメージなんだろうな。と、下半身が凍りついて藻掻くコボルトに歩み寄り、横薙ぎに次々と首を落とす。断末魔も発することなくコボルトは肉塊と化した。
左手を切り落とした僕は氷魔法を解いて死体を一塊にしておく。これで十分だ。あとは魔力が大地に還元されて消えるか、コボルト共の餌になるかだ。素材も興味を惹かれる物がない。左手だけ取ってあとはポイ。なんだか自分が酷く無感情な人間に成り下がったような感覚になりながら、踵を返し、ダニエラが待つ野営地へと戻った。
「あぁ、アサギ……どこいってたんだ?」
「おはよ、ダニエラ。ちょっとコボルトが来てたから始末してきた。何も問題無い」
「ふぁ……んん、そうか……」
眠そうに目を擦りながら体を起こして座るダニエラの隣に座って、腰に手をそっと回す。
「ん……どした……?」
「ちょっと、な……」
そのままぎゅぅ、と抱き締め、顔を埋める。ダニエラの温もりが、僕を人間へと引き戻す感覚を与えてくれた気がした。ぽんぽんと何も言わずに頭を撫でてくれるダニエラの優しさに甘えながら、僕はゆっくりと夢の中へと落ちていった。
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翌朝……多分、朝だ。とりあえず心身共に十分休んだ僕達は荷物を片付けて出発の準備をする。
「どうする? 潜るか?」
「そうだな……帰り道は把握している。大体は覚えているし、目印も刻んである。いざとなれば土魔法で地上まで穴を開ける」
「崩落の可能性もあるぞ?」
「斜めにゆっくり開ければ問題ない。ただし、これは最終手段だ。他の人間が探索出来ないからな」
一本道だしな。
「じゃあ奥に行くか」
「そうだな。こういう探索は久し振りだから戻りたくない」
「それが本音か!」
何だかんだ言って冒険を楽しんでいるダニエラに苦笑しつつ、僕達は更に深部へと進むことにした。
それから奥へ進むこと大体2時間。コボルトの他に初めて見るモグラのような魔物が突然壁をぶち破って現れたので、ビビりながら倒した。地面に転がる異常に爪が太くて長いモグラを見ながら、あることを思い出した。
「なぁ、ダニエラ」
「うん?」
「おかしくないか?」
「おかしいって、何がだ?」
僕はこの岩場の坑道跡に赴く前にギルド員さんに尋ねたことを思い出していた。
「この坑道って、確か資源が少なくて早々に廃棄されたんだよな?」
「確かにそう言っていたな……ん、ちょっと待て、これは……」
「気付いたか?」
そう、坑道はこんなに深いはずがなかった。暗闇の中、カンテラ一つと気配感知を頼りに曲がりくねった道を進んでいて気付くのが遅くなったが、今の深度は相当なはずだ。
そして、目の前に現れた今までとは趣の違う魔物。
「此奴が掘ったんじゃないか?」
「その可能性はあるな……そして当然、この1匹だけの仕業じゃない」
何匹もいるモグラ魔物が、浅かったはずの坑道を掘り進めてダンジョン化させた?
「ダニエラ、戻っている場合じゃないぞ」
「だな……ここで魔物を間引いておかないと後々、スタンピードに繋がるぞ」
コボルトを積極的に狩る冒険者など少ないだろう。この坑道には人が入った形跡が殆どない。つまり、この坑道内はコボルトで溢れていることになる。上層部ですら、相当な数が居た。更に深い層にはもっと魔物がいるだろう。
コボルト種を始めとした各種魔物によるスタンピード。いくら最弱種の魔物とはいえ、数の暴力は洒落にならないぞ。僕達は奥へと続く坑道の先を見据えて、待ち受ける魔物の討伐を決心した。
このままではスピリスが危ない。




