第六十二話 岩場の中へ
良い天気ではあるが、昼は過ぎた。僕とダニエラは大通りを抜ける途中でで購入した屋台飯を噛りながら岩場を目指していた。
東門を出た先の風景はまぁ、平原だ。歩く為の道の整備はしてあるが、左右には膝下くらいの雑草が風に揺られて海原のように波を作っている。昔、田舎のおばあちゃんの家に行った時に似たような風景を見たことがある。あの時は平原ではなく田園だったが。平原都市とは言っても一歩外に出れば田舎も田舎だ。家一軒無ければコンビニ一つありゃしない。これを田舎と言わず、何とする。しかし、僕はこの風景が嫌いじゃなかった。
平原を抜けるとちょっとした林が広がっていた。切り拓かれた道が真ん中を分断して林道となっている。その光景にフォレストウルフに追い掛けられたのを思い出した。恐る恐る歩いていたが聞こえてくるのは鳥の鳴き声と風に葉が擦れる音だけ。平和そのものだ。気配感知には少し引っ掛かるものがあったが、ダニエラに聞くとゴブリンが数体、遊んでいるだけとのこと。ちょっと見てみたい気もするが先を急ぐ僕達はさっさと林道を抜けた。
スピリスを出て約1時間半程で僕達は岩場に到着した。茂っていた草も木も無く、あるのは岩だけ。昔は坑道なんかがあったらしいが、浅く、資源もそれ程なく早々に打ち捨てられたらしい。今じゃ、その坑道跡はコボルトを始めとした各種魔物の棲家となっているとのこと。つまり僕達はこれから坑道に入るわけだ。ヘルメットが欲しい。懐中電灯付きのやつ。
「さて、行くぞアサギ。このカンテラで照らせば中でも大丈夫だ」
「いよいよか。でもなぁ」
「どうした?」
坑道だろ? 狭く、左右は壁で天井もある。
「この装備の性能を見るのに適しているのか?」
「まずは動きやすさと防御力を見れば良いんじゃないか?」
「まぁそうなるか……」
僕としてはもっと広い場所で縦横無尽に疾風迅雷の如く、鎧袖一触と言わんばかりの活躍をしてみたかったんだが……まぁ言っても仕方ない。コボルト戦を経験するのも大事だしな。諦めて暗い暗い穴に潜るとしよう。
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「カンテラがあっても暗いな……通路の先が見えないぜ」
「仕方ないだろう。ここは打ち捨てられた坑道なのだから」
文句を言ってもしょうがない。と、頭では分かっているのだが如何せん暗くて狭いし、曲がり角もいきなり出てくるしその曲がり角の先も真っ暗でちょっと怖いのだ。何かが急に出てくるとも限らない。
「そんなに怖いならしっかり気配感知をすればいいだろう?」
「怖さが上回って気付くのが遅れた」
慌てて気配感知を広げてみる。うわ、結構いるな、これ……だが近辺にはいない。もう少し奥だ。
「分かったか? この辺りにはいないんだからもっと離れてくれ。歩き難い」
「う、すみません……」
無意識にダニエラに擦り寄って袖を掴んでいた。お化け屋敷に入った彼女か僕は。
「そういうのはもっと町を歩いてる時にしてくれないか?」
「それはそれでどうなの?」
地図が無いことがこれ程大変だとは思いもしなかった。マッピング技術もない。うねうねと曲がりくねる坑道を進み続けてかれこれ1時間程が経過していた。気配感知にはそろそろコボルトが現れそうだがこれまでも近付いては離れ、近付いては離れてばかりだったので信用出来ない。ここは入り組み過ぎだ。
「アサギ、どうやらビンゴだ。この先にいるぞ」
「えっ?」
ダニエラがそっとカンテラの光を外套で隠す。すると通路の奥に曲がり角が現れた。真っ暗なはずなのに明かりを遮って、何故現れるかと言うと、その曲がり角の先から光が漏れていたからだ。つまり、僕達以外に明かりを使っている者がいる。そして気配感知はそれが魔物であることを示していた。
そっとダニエラと角に近付く。明かりの強さ的に角のすぐ側にはいないようだ。少なくとも10メートルは離れている。気配感知でもそれが分かっているので安心して覗き込んだ。その先では子供くらいの背丈の犬頭の魔物が4匹。下を向いて何かを食らっていた。あれがコボルトなんだろう。僕の当てにならないゲーム知識のイメージと一緒だ。
「どうする? ちょっと遠いが……」
「ここはアサギの速さに頼るとしよう。全速力で駆けて瞬殺してこい。討ち漏らしは私が仕留める」
ダニエラ先輩のスパルタにより僕の突貫が決定した。先輩が尻も拭ってくれるとのことなので僕は仕方なく、腰に下げた剣を抜いた。今回、装備しているのは懐かしき原点、鉄の剣だ。鋼鉄の剣は折れちまったし、古代エルフの剣はオーバースペック過ぎる。武器屋には寄ったが、ちょうど在庫を切らしていると言われてしまった。材料が届くまで1週間。それから打って仕上げるのに1週間。つまり2週間待たなければ、鋼鉄の剣は出来上がらなかった。なので注文はしなかった。コボルトくらいなら問題ないだろうし、折れたらまた買えばいいしな……。ということでしばらくは鉄の剣での戦闘だ。今、此奴まで折れたら僕はチート剣士になってしまうので気を付けたいところだ。
「準備はいいか?」
「あぁ、いつでも」
「じゃあ……行ってこい!」
パシンと尻を叩かれた僕は大地を踏み込み、全速力で駆け出す。装備に付与された魔法、加護が発動して僕の速さは革鎧装備時とは比べ物にならない速さで坑道を駆ける。あっという間に距離を詰め、僕は逆手に持ち、後ろに引いた剣を振り抜いてコボルトの首を刎ねる。
「アサギストラッシュ、ってな!」
子供の頃に流行った必殺技だ。放つ場面を小学生の時からずっと窺っていた。そして今がその時だった。しかし余韻に浸ること無く返す刀で顔を上げたコボルトを、持ち替えて握り込んだ剣で叩き切る。襲撃に気付いたコボルトが叫びながら床においていた棍棒を手に襲ってくるのでバックステップで躱す。するとそこに音もなく矢が飛来して目の前のコボルトの頭を左から右に撃ち抜いた。流石、ダニエラ先輩。
続いて襲ってくるコボルトの棍棒を剣で払いながら動きを確かめる。アイスドラゴンの革鎧ではあるが、鱗と革の他に黒鉄が使われている。金属装備は初めてなので、戦闘に重さが影響するかの確認だ。石を削って作ったと思われる棍棒の一撃一撃を剣で往なしながら時折、ガントレットで防いでみる。ジィン、とした振動はあるが痛みはない。傷も付かない。本当に良い買い物をしたなと実感した。
続いてレガースの強度測定だ。剣で大きく棍棒を弾いて蹌踉めかせたコボルトの犬頭を蹴り抜いた。結論から言えば、レガースの防御力は問題なかった。問題があったのはコボルトの方で、蹴り抜いた場所から弾け飛んでいた。Z指定の光景と、それを作り出した自分にドン引きだった。
「いやはや、凄いものだな……」
ダニエラが歩み寄ってくる。弓を肩に引っ掛けながら拳を前に突き出してきたので、僕も拳を突き出して打ち合う。
「お疲れ、ダニエラ」
「アサギもな。さて、討伐証明の剥ぎ取りだ」
短剣を取り出したダニエラがコボルトの左手を切り落としていく。なるほど、この特徴的な4本指の左手が討伐証明になるのか。と、僕も倒したコボルトの手を切り落としていき、4匹分の手を革袋に詰めた。
「ふぅ……こんなもんか」
「大したことなかったか?」
「ぶっちゃけ雑魚だな。でもこの装備の補正が無かったらまた変わってくるだろうな。もう少し戦っておきたい」
「ふふ、アサギは勤勉だな?」
「褒めたって何も出ないぞ」
などとダラダラ喋りながら再出発の準備を終えた。もう少し奥に行けばまたコボルト共がいそうだと気配感知先生が示している。カンテラ担当のダニエラが前を歩き、僕がその後ろを歩く。逆光の中、薄ぼんやりと左右に揺れるダニエラの尻を見ながら僕達は更に奥へと歩き始めた。




